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三冊目+第五章:紙片

毎回更新が遅く申し訳ありません。

途中で執筆をやめるつもりはありませんので時間はかかるかもしれませんが完結までお付き合いいただければ幸いです。

冷たい雨が静かに降り続いていた。

店のガラス戸は雨で濡れ、時折吹く風でかたかたと音をたてる。店主は少しだけ戸を開けて顔を出し、灰色の空を見上げた。

「……今日は寒いですね」

足元にすり寄ってきた小さな黒猫。全身雨に濡れて震えている。

店主はその猫を抱きあげ、店の中に戻った。


日が沈み辺りが暗くなってきた頃、店主はカウンターに向かい半分ほど残っている蝋燭に火を点けた。蛍光灯とは違う、ゆらゆらと揺れる不安定な明かりが、カウンターの周囲と店主を照らす。その明かりをカウンターの角にずらし、静かに椅子に腰かけた。

炎が、揺れる。

こつん

店主がカウンターの引き出しを開けると、中で一つのガラス玉が転がった。

少しの光を反射して、透明に光る。それを取ろうと手を伸ばしたとき、店の入り口が静かに開いた。

入ってきたのは、少女。

「おや、いらっしゃいませ」

店主は言いながら蝋燭をふっと吹いた。蝋燭はゆらりと揺れて名残惜しそうに煙だけを残して消える。

本を手に抱えて入ってきた少女は少し首を傾げた。

「消してしまったら何も見えないですよ」

確かにいきなり明かりを失った店内は少しの光も持たない暗闇である。しかし店主は椅子に腰かけたままで動かない。

「ええ、すぐにつきますから」

店主が静かにそう言うと、自然と店内に明かりが灯った。天井についている蛍光灯だが、それは一般の建物のものとは違い、あまり明るくない。しかしそれが丁度いい雰囲気を出している。

「今日は来られないのかと思いました。こんな夕方に出かけて大丈夫ですか?」

店主が笑ってそう言うと、少女はカウンターに近づきながらつられて控え目に笑ってみせた。

「実は来ようと思ってなかったんですけど、気がついたらこれを持って家を出ていたんです」

言いながら、手に持っている本の束を少し掲げてみせる。

それを聞いた店主はまた柔らかく笑って、一度頷いた。そしてカウンターの向いのソファを示す。

「どうぞ座ってください。今次の本を持ってきますね」

「あ、あの、その前にひとつ聞いてもいいですか」

椅子から立ち上がろうとしていたのを少女の声で止め、店主は上げかけた腰を椅子におろした。きしりと軋む。

「いいですよ。なんでしょう」

少女は黙ってカウンターに本を置き、一冊の表紙を開いた。そこに挟まっているのは、一枚の古びた紙片。

「これ……この本に挟まっていたんです。なんの紙なんでしょうか。人の名前が書いてあるみたいなんですけど」

店主は少女から紙片を受け取りしばらく見つめてから、ああ、と声を上げた。

「ずいぶん懐かしいものが出てきましたね。これはもう30年ほど前に店を借りた方のお名前です」

「30年前?そんなに前からこのお店ってあるんですか」

少女の問いに、店主はただ静かに笑って応えた。少女は何か聞いてはいけない事を聞いてしまったのかと、口を噤んだ。

蛍光灯の光がカチカチッと音を立てて揺らぐ。店の扉が風に吹かれてひと際大きく鳴った。

「…この方はご病気でした」

「病気?」

「ええ、脳の障害で……ほんの数時間前のことを忘れてしまうのです」

言いながら店主はカウンターの椅子から立ち上がり、本棚に向かって歩を進めた。こつこつと靴の音がメトロノームのように一定のリズムで鳴る。その音が棚の前でぴたり、と止まり、代わりに店主の低い声が店内に響き始めた。

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