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三冊目+第三章:規約

長く更新できずにいたことをお詫び申し上げます。

またしばらく間が開いてしまうかもしれませんが、少しずつ執筆していきたいと思いますので、お付き合い頂ければ幸いです。

薄暗い店内に、また同じく暗くはあるものの、明かりが灯った。

店主は本棚から本を一冊取り出し、カウンターの中にあるイスに座った。その手に持たれた本は、およそ300ページほどであろう。黒いハードカバーに、白抜きで「自殺とは」と書かれた表紙。作者名や出版社は書かれておらず、シンプルすぎるほどの本である。

少女はただ黙ったまま男が話し始めるのを待った。

「さて、まずはこの店の説明を致しましょう。この店の名前は、自殺屋。先ほども言ったように自殺を考える方に、自殺とはなんなのか知っていただくための店です。ご覧のとおり、多くの書物を置いています。すべて自殺に関する本ですが、これらをあなたに貸出しいたします」

「貸し出す?」

「はい、本の貸し出し規則については、また次にお話しいたしますね。この店をあなたに貸し出します。あなたが借りている間、この店はあなただけのものです。好きなだけ時間をかけてくださって構いません。ですが、必ずすべての本を読みきってください」

そこまで聞いて、少女はふと店の奥を見遣った。電気の点っていない暗闇の奥に、どれだけの本が置いてあるのか、想像もつかない。

だがおそらく、見えないすぐそこで終わっているはずはないだろう。

「もしも、読みきらない時はどうなるんですか?」

「人間に永遠の時間はありません。読みきらずにあなたの寿命がくるか、もしくは」

それまで表情を変えなかった男の顔が、わずかに笑う。

「あなたが自殺をするかです」

ぞくりと体を寒気が襲った。そんな風に言われて、なくなりかけていた不安が一気に増してくる。

「先ほども言ったように、ここに置いてある本はすべて自殺に関する本です。これらを読んで、あなたが自殺を考え直すか、それとも影響を受けて自殺をしてしまうか。それは私にもわかりません」

無責任な、と少女は一瞬思った。しかし考えてみれば、誰かがいつか自殺をするかもしれない、ということ、つまり人の未来など誰にもわかるはずなどないのだ。

店主はさらに話を続ける。

「しかし、ここにある本を読み続けることで、少しはあなたの気も紛れるのではないですか?それと同時に自殺についても知って頂ける。あなたがしようとした行為が、どんなことなのか」

指さされて治療をされた手首を見る。そこがじん、と熱くなる感じがした。

自殺というものが、どういうことなのか。それをすることで、いったい世界はどう変わるのか。否、変わるはずがない、と少女は小さく首を振った。

誰にも必要とされていない、むしろ邪魔にされている自分がいなくなったところで、この世界は変わるはずはない。

時間が止まるわけでもなく、世界中の人間が泣いて悲しんでくれるわけでもなく。何も、変わらないのだ。ただ、自分がいなくなるだけ。何億という中から、たった一人が、消えるだけなのだ。

「死にプラスは有りません」

その一言に、少女はゆっくりと再び店主を見た。目深に被った帽子から、漆黒の瞳がこちらを見つめる。

「誰かがこの世界から消えること、死でプラスは生まれません。生み出されるものは、悲しみと、絶望、そして後悔のみです」

そこで微笑んだ男の表情が、少女には哀しく見えた。

「もう少し知ってはみませんか。あなたが進もうとしている道は、どんなものなのか。私はそのお手伝いを致します」

少女は店主の手に持たれた本を見つめた後、店主に視線を戻し、静かに頷いた。


「まずは本を借りるときの注意を致しましょう。たくさんありますが、覚えて帰ってくださいね。まず、本は必ず棚の左上から順に借りて読んでいってください。一冊も飛ばしてはいけません。また、本を読むときも、一文字も飛ばさずに読んでください。本は一度に何冊借りていただいても構いません。好きなだけ借りていってください。返却期限はございません。何年、何十年でも借りていて構いません。ですが、必ず返却してください。もしも本を借りたままあなたが亡くなられたときには、私が回収に伺います」

少女は店主の話を聞き、素直に頷いた。いくつか疑問に思ったこともあったが、それがこの店のルールである以上、従うしかないのだと自然に受け入れた。店主は再び口を開く。

「次に店自体を借りることに関しての注意です。この店については、絶対に誰にも話さないこと。自殺屋の本を他人に見せないこと。この二点を必ず守ってください。おっと、それから」

忘れていた、と笑いながら、店主はカウンターの引き出しから白いカードを一枚取り出した。真っ白なそれの真ん中に、黒枠で四角が描いてある。来るように言われて、少女は立ち上がり、カウンターをはさんで店主の真向かいに立った。

「これに触れて、あなたの名前を思い浮かべてください」

言われた通りにすると、カードの黒枠の中に少女の名前が浮かび上がった。思いがけない出来事に、思わず一度手を離す。

「これでこの店はあなたのものです。このカードは紛失しないでください。折ったりしてもダメですよ。さて、説明が長くなりましたが、注意事項はこれで以上です。今話したことを、ひとつでも破ったとき、あなたの身の保障は致しません。ご了承ください」

淡々と説明を終えると、店主は立ち上がり、少女の手を取ってカードを握らせた。ひやりと冷たいカードの感触が、手の平から腕を伝って、脳まで届く。少女は絆創膏の貼られた手でカードを握りしめ、ごくりと唾を飲みこんだ。

「さあ、とりあえず今日はお帰りなさい。きっとあなたのご両親が心配していますよ」

にこりと微笑んだ店主の顔を最後に、少女の意識はぷつりと途切れた。

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