三冊目+第十四章:憎
年が明け、静かな毎日だった。
少女が店に現れることはなく、店主は誰も立ち寄らない店の前を、一人掃除していた。
吹き抜ける冷たい風に乗せられて、小さな雪の結晶が降ってくる。
重くよどんだ空を見上げて、ふとついたため息は、白く立ち上り、風にかき消された。
受験勉強など、手につかなかった。
羽嶋が同級生たちから迫害されてしまったのは自分のせいだと、少女は近頃さらに塞ぎこんでしまった。
日に日に食欲もなくなり、気持ちが重く沈んでいく。
ふと、以前自殺屋の店主から聞いた男の話を思い出した。
数時間で、記憶の消えてしまう男のこと。彼のように、辛いことも楽しいことも、全て忘れてしまえたらいいのにと、そう思った。
こんな辛い思いをするのなら、あのまま自分だけがいじめられていれば良かったと、何度思ったことか。
羽嶋が優しくしてくれる度に、少女は自分を責めた。
徐々に元気のなくなっていく自分を母親も父親も心配してくれたが、何を悩んでいるのかは相談しなかった。
相談したところで、母親たちに何ができるだろうか。卒業も差し迫った今、親が学校へ何を言おうと、現状は変わるとは思えない。
何より、この先が不安だった。
羽嶋は引越し、少女のそばからいなくなってしまう。少女は、唯一仲良くなってくれた羽嶋のいない、同級生たちの進む学校へ通い続けなければならないのだ。
確かに暴力を振るわれることもなくなり、以前よりは平穏になった。
しかし、今も羽嶋以外に少女に話しかけてくれる同級生はいないのだ。
これから先の学校生活で、また孤立しなければならないのかと思うと、気持ちは沈むばかりだ。
急に
彼女が憎くなった。
そもそも事の発端は彼女だ。
自分が孤立する状況を生み出した張本人が
自分も立場がまずくなったからといって逃げ出すのだと思うと
急に、憎悪が湧き出てきた。
少女ははっとして自分の胸に手を当てた。
あの事件以来、羽嶋を憎いと思うことなどなかった。
むしろ感謝し、一緒にいてくれることが嬉しいと思っていたはずだった。
それなのに、今。なぜかふと、彼女を殺したいほど憎い気持ちが、少女の心の片隅を支配しかけていた。
ぱきん
店主は、読んでいた本から目を上げ、音のした方向を見た。
机の上に置かれていた、一枚のカードが音を立てて半分に割れた。
もともとヒビの入っていた場所から、真っ二つに。
「……やはり、手遅れでしたか」
ぽつりと哀しそうにつぶやきそのカードを拾い上げると、それを手に店主は店の奥へと姿を消した。