三冊目+第十二章:的
違和感が、あった。
羽嶋が少女をいじめなくなり、一月が経った。
先頭に立って少女をいじめていた羽嶋が少女と仲良くするようになり、いじめに加わっていた同級生たちの一部は、羽嶋と距離を置くようになっていた。
あからさまにではないが、伝わってくる。休み時間でも、授業中でも、どこか同級生たちの視線が冷たいままなことに、少女は気づいていた。
そして、その冷たい目が少女だけでなく、羽嶋に向いていることも。
二人の間に何が起こり、ある日突然仲直りをしたのか知らない同級生ばかりなのだ。
普通は、そういう反応をされるのかもしれない。
「3年になり、いじめをしていることが進学に響くから態度を変えたのだ」
そう羽嶋のことを噂している同級生が多いことを、少女は知っている。
羽嶋は気づいているのかいないのか、べったりと仲良くではないにしろ、普通に友人として少女と接してくれていた。
少女は、悩んでいた。
自分のせいで今度は羽嶋がいじめの標的になるのではないのかと不安だった。
あんなことがあったあとに、素直に謝ってくれた羽嶋を、少女は憎んでなどいない。
確かに中学時代の半分以上を暗い気持ちで過ごさなければいけなかった原因が
彼女であることには間違いない。
それでも、全て謝ってくれたのも確かで、今となっては誰よりも自分を気にかけてくれている彼女に
感謝をしているくらいだった。
「素直な方なんですね」
店主の言葉に少女は黙ってその目を見つめた。
羽嶋と仲直りしてからしばらくの間、自殺屋に言って話すのは大抵羽嶋のことか、家族のことだった。
直接いじめる人間はいなくなったが、特別みんなと仲良くなったわけではない。
友人と呼べる相手は、羽嶋くらいしかいなかったのだ。自然と羽嶋の話題が増えていた。
そんなある日、いつもは黙って聞いていた店主がふとそんな言葉を口にしたのだった。
「素直って…羽嶋さんのことですか?」
「ええ。大抵の人間は、自分が直接いじめてきた人間に素直に謝ることもできませんし、まして仲良くするなど非常に難しいことだと思いますよ。それを、面と向かって謝って今こうして貴女と交友関係を持っているのですから。稀にみる素直な方だと思いまして」
たしかにそうかもしれない。仮に自分が羽嶋の立場だったとして、自分と関わりたくはないだろう。
まして、あんな不可解なことがあったあとで、自分なら怖くて近寄ることすらできなくなる。
「……最近、同級生の目が冷たいのがわかるんです。私じゃなくて、羽嶋さんに対して」
「そうですねえ…ですが貴女が負い目を感じることはないのではないですか」
店主はそういってくれたが、少女はどうしても自分のせいで羽嶋が孤立してしまうのではないかと、不安だった。
「羽嶋さん」
ある日の放課後。誰もいない教室で、何かを見つめて立っている羽嶋に、少女は声をかけた。
弾かれるように少女のほうを見て、羽嶋は手に持っていた何かを隠した。
手紙のようにみえた。
「どうしたの」
「なんでもないよ。あんたこそこんな時間まで残ってたの?」
「うん、委員会の仕事が残ってたから…何見てたの?」
なんでもないって、と羽嶋は笑ってみせた。くしゃくしゃになった紙の切れ端が、彼女のポケットから見えている。
一緒に帰ろうと言いかけた羽嶋のポケットに手を伸ばして、その紙を奪い取った。
反射的に少女の手を掴んだ彼女の力は強く、少し痛かったが、なんとか振り払ってその紙を広げた。
そこに書かれていた、心無い辛辣な言葉。
少女に優しくする羽嶋に向けられた、悪意に満ちた嫌がらせだった。
「これ…」
「気にしなくていいよ、そんなの」
そう言われて、少女は首を横に振った。良いわけがない。少女の不安が、形になってしまった。
近頃では露骨に羽嶋を避ける同級生が増えてきた。
自分と関わっているばかりに、彼女にまでつらい思いをさせてしまっているのだと、少女は自分自身を責めた。
「ごめんなさい…」
「なんであんたが謝るの?別に殴られてるわけでもないんだからなんともないし」
帰ろう、と羽嶋は少女の手から手紙を奪い、丸めてゴミ箱に放り込んだ。
空いた手を引いて、教室を出る。
先を行って見えない羽嶋の表情が、悲しみに満ちている気がして仕方がなかった。