第六篇 魔神
その一
慕蓉武時の不気味な笑い声がひびき。慕蓉四天王に華と慧と兎や、信徒たちもそれから不気味な気が発せられているのを察した。ことに慕蓉四天王は、身震いし胆の凍える思いをした。
(妖術か)
自分たちを人間から人ならぬものにした慕蓉武時が、その妖術をもっていかにこの危機を切り開こうとするのか。妖術による人間改造は他人事ではない四天王は、気が気でなかった。
気がつけば、慕蓉武時の側近ふたりの姿がない、と思ったら奥から大斧を持ってきた。ふたりでようやくかかえるというほどの、大きな斧だ。
「よくもわしを散々こけにしてくれたな! 見せてやろう、わしの本当の力を!」
風はますます激しさをまし、おののく信徒数人が吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。運の悪い者は頭から壁に激突し、頭蓋を砕かれ即死する有様。
ぎゃあ、とうい悲鳴がとどろく。恐怖に耐えられなくなって、大広間からひとり、またひとりと逃げ出すと、あとは雪崩を打ったようにどっとほとんどの者が大広間から逃げ出した。
それほどまでに慕蓉無事の発する気は凄まじい。
さすがに慕蓉麗も心身を引き締めざるをえない。が、秦覇はますます瞳を輝かせ、慕蓉武時を、鳳鳴剣を見つめていた。
すると、慕蓉武時は突然鳳鳴剣で、己の首を断ち切ったではないか。
こけおどしで、自害したのか、と慕蓉麗に劉晶、四天王らは思ったが。違った。
ごろりと、不気味な笑みの慕蓉武時の首が床に落ちたとともに、その身体は服を中から引き裂くほどに厚みを増し、鍛え抜かれた肉体があらわになった。
「……、お、おお!」
一同驚愕の叫びを上げた。
首のない、慕蓉武時の鍛え抜かれた肉体。その胸には爛々と光る目があり、腹には牙も鋭い口があった。
「妖術、刑天!」
腹の口が声高に叫ぶ。
それは神話に伝わる刑天という魔神そのものの姿であった。慕蓉武時の妖術ここに最高峰に達し、自らの身を刑天としたのだ。
「お、おそろしや。よもや慕蓉武時様の妖術ここまでとは」
慕蓉狗が恐ろしげにつぶやいた。慕蓉武時には、究極の妖術があると聞いてはいたが、それは最終手段でもあるという。それがどんなものか教えられなかったが、まさか自ら首を刎ねてまで、我が身を魔神にかえる妖術であったなど、どうして思い至ろう。
華と慧と兎は、恐怖のあまり、
「きゃあ」
と悲鳴を上げて慕蓉瞑の後ろに隠れるも、主の慕蓉瞑までが恐怖に打ちのめされているようで、金縛り状態となっていて。胸に絶望が広がる。
さっきまで散々慕蓉武時をこけにした慕蓉摩も、慕蓉栖も、身動きできぬ有様。
「摩よ、うぬに手をださなんだのは、わしの人間としての最後の『わきまえ』であった。しかし、もうそのような馬鹿馬鹿しいものは、不要となった。邪魔者を始末したあとで、摩よ、うぬをとくと味あわせてもらおう」
鳳鳴剣を床に突き立て、側近にから大斧を受け取ると、刑天・慕蓉武時はまず秦覇に挑みかかった。
「面白し!」
秦覇も吼えて、刑天・慕蓉武時に挑みかかった。
慕蓉武時が刑天にかわるのを、恐怖どころか歓喜で眺め。
「持つものに絶大な力を与えるという、魔剣、鳳鳴剣。さすが、とうい他はない。俺はますます鳳鳴剣がほしくなったぞ!」
魔神となった刑天・慕蓉武時に挑みながら、まるで童のように嬉々としている。さすがに得物はさっきの赤い布ではなく、背に負っていた剣を抜きはなち、これを繰り出す。
大斧唸りを上げ風を巻き起こし、秦覇を打ち砕かんと襲い掛かる。秦覇これをかわしつつ、隙を見つけて己の得物をその首なしの肉体に突き立てようと試みるが、なかなかうまくはかどらない。
「助太刀!」
たまらず慕蓉麗が加勢しようとするが、
「来るな!」
と秦覇は叫んで突き返した。
「天下に大望を抱く者、なんで魔神など恐れよう」
と秦覇は言う。
天下に大望。世は辰帝国が治めているのだが、その丞相の御曹子がその言葉を口にしようとは。つまりは、辰帝国に代わって秦覇がこの大陸の覇者になるということか。
「他の者も同じである。一切の手出しは無用」
秦覇は、ひとりで刑天・慕蓉武時を斃そうとするつもりだ。
(こいつは、馬鹿か)
小僧ひとり、何ほどのものがあろう。と、刑天・慕蓉武時はあざけり、大斧を振るいながら思いっきり秦覇を馬鹿にして、ののしった。
「天下に大望。笑わせるな! そういうのを妄言と言うのじゃ、うぬはまこと世間知らずな餓鬼よ」
「小人烈風を逃れ谷底にこもりて安逸をむさぼり、天駆ける大鳳を笑う。それ賢きに似て、翼なき我が身を隠して装い、密かに大鳳を妬む」
「それが世間知らずと言うのじゃ! 何事も分別というものがある、それを知らぬうぬはまさにわっぱという」
「ふん、それほどまでの妖術を体得しておきながら、谷にこもって一邪教の教主の座に満足していたのはどういうわけだ。それが分別というのか」
痛いところを突かれた。さらに秦覇はまくしたてる。
「さながら天下無敵と言わんがばかりだが、天下とは、この谷のことを言うのか。それで世間を知っているというのか。なぜ鳳鳴剣とその妖術をもってして、もっと広い世界を望まぬ」
「ええい、うるさい、うるさい」
「鳳鳴剣といえど進まざる者の手にかかれば何の意味もなさぬ。勿体無や勿体無や」
「小僧! うぬは舌でこの斧を砕けると思っておるのか!」
もとより秦覇とて、口で刑天・慕蓉武時を言い負かせても意味がないことをわかっている。この大広間狭しと、大斧は秦覇を追い。大斧は柱や壁を打ち砕いてゆく。このまま刑天・慕蓉武時が暴れまわれば、大広間は天井から崩れることは必至であった。
「ここは狭い。外で雌雄を決しよう」
「おう」
秦覇はだっと大広間から出て、刑天・慕蓉武時が追って続き。さらに慕蓉麗に劉晶、四天王と三人娘。また側近ふたり、赤康に城彦が互いに顔を見合わせおののきながら続いて外に出た。
で、外に出て、
「それ、逃げろや逃げろ!」
と、まさに脱兎のごとく赤康と城彦は遠くへ駆けて逃げ出すという、だらしない背中を見せた。が、誰もふたりの臆病者など気にもかけなかった。
その二
鳳鳴谷に暗雲たちこめ、風雲吹きすさぶ。
騒ぎをききつけた谷の住人たちはこぞって館を取り囲み、遠巻きに野次馬をしては、わいわいがやがや。
ことに教主が、あらぬ姿に変貌を遂げていることに、驚きを隠せない。
その中の、古老のひとりが、忌々しげに舌打ちをして、
「腐っておる、早すぎじゃ」
とひとりごちた。
これなん古老、名を司馬良という。齢八十を過ぎ髪も眉も髭も白くなってはいるがその白髪白眉に白い髭、むしろ白光りするほどつややかな白さ。歳を感じさせない壮健さをほこっている。さらに、蜘蛛巣教の信徒であるとともに、慕蓉武時の妖術の師匠でもあった。
しかし……。
ふん、と荒く鼻息を吐くと、館を取り巻く信徒たちをかえりみて。
「慕蓉武時はもうおしまいじゃ! こんなくそったれの治める邪教など、捨ててしまえ!」
と喚きだす。
激闘数合、必死の戦いを繰り広げていた慕蓉武時と秦覇であったが。この古老の喚きを聞き、慕蓉武時はびびった。
(な、なに。師匠は突然何を言い出すのだ!)
すると秦覇、にやりと笑う。
「気付かないのか、お前身体が腐っているぞ」
「なにを、でたらめを」
「ふん。ならよけないから、俺をその大斧で叩き斬ってみろ!」
突然秦覇は構えを解き、無防備に両手をぶらさげる。屈辱を感じた慕蓉武時、大斧握るもろ手を振り上げた。
その時。
大斧の重みに引っ張られ、大斧握るもろ手はぶちりとちぎれ、ぶうんと宙高く舞って、どすんと地に落ちた。
わあ、と大喚声があがる。教主のあらぬ姿にも驚いたが、その身体が腐って得物の重みのためにもろ手が引き千切られようなど、こんな無様な姿もないものであった。
「な、なに!」
途端にもろ手と得物を失った慕蓉武時の狼狽はなはだしいことこの上ない。刑天になって、自分は最強になったと思っていただけに、その衝撃は計り知れなかった。
「言わぬことではない。お前の妖術はまだ未熟じゃから、よくよくわきまえて修行せよとあれほど申したではないか」
「ぬ、ぬぬ……」
「ことに妖術・刑天は生半な修行では、かえって身を滅ぼすと、きつく言っておいたはずじゃ」
「……」
慕蓉武時、言葉も出ず、腹の口をぱくぱくさせるのみ。何か言おうとして声を出そうとしているようだが、声が出ない。
「姿を変えてから肉に血かよわず、五臓六腑も用をなさず。あとは腐り果てて、朽ちるのみじゃ」
言うと司馬良はため息をつき、首を横に振った。
「その昔おぬしに会ったときは、意気壮健にして、光るものがあった。ゆえにわしも教に入って、おぬしに教えられることを教えた。しかし、教主になった途端に我欲に負けて、首を引っ込めた亀のように、座にしがみつくばかり。嗚呼、我誤りて、悪しき弟子を持ちたり」
言い終えて、司馬良は背中を見せて、どこかへと行く。もうこの谷を出る決意をして、あとは風まかせ、野となれ山となれであった。
それを、
「お待ち下さい!」
と慕蓉麗が止めに入る。秦覇はちらりと慕蓉武時をながめると、知らぬ顔して慕蓉麗につづき司馬良のもとへゆく。
侍女劉晶も主がゆくのでついてゆく。
四天王と三人娘は、互いに顔を見合わせるとうんとうなずき合って、秦覇の後ろにしたがって。
一同司馬良の前に進み出て、うやうやしく抱拳礼をとる。
「司馬良ご老、どうか思いとどまってくださり、我らに教えをたれたまえ」
「なんじゃと」
先頭の秦覇は一同を代表して言う。
「我大望をいだくものなれど、いまだ未熟にして大空を目指す雛鳥そのものでございます。その雛鳥が鳳凰となれるよう、どうかご老のお力添えをいただきたく存じます」
言い終え、どうかと跪く秦覇。
跪きながらも五体気力みなぎり、みずみずしくもたくましき威厳溢れるその容貌、司馬良も一目は置いていた。だが妖術はともかく人を見る目に、心配があった。
(わしもそれほどのものでもないのう)
と苦りつつ、秦覇に興味をそそられているのも事実であった。
慕蓉武時といえば、置き去りにされてから寂しく腐り朽ち果てようとしていた。
どろどろと、身体が溶けるように果ててゆく。声も出せず、師匠の言葉を心で反芻しながら、無念を噛みしめ。やがては五体すべてが溶け果てて、地にしみこんで、消えていった。
「……」
信徒たちは、あれほど威厳高々であった教主の無残な最期に言葉もない。この世に恐れるものなどない、江湖を震わす蜘蛛巣教の教主が。またその教主の下につけば、得になると思って入教したのに。
「俺はこんな奴を教主と崇めていたのか!」
この声を皮切りに、騙された! などなど異口同音に、慕蓉武時をなじる信徒たち。
その声を聞いていた慕蓉麗は、司馬良に「御免」と言ってから立ち上がり、兎の持っていた籠をひったくると。高々とかかげて、
「お前たち!」
と信徒たちに呼びかけて言う。
「もう蜘蛛巣教は、ない! 終わりだ!」
この慕蓉麗の言葉に、ざわざわと信徒たちはざわめく。慕蓉武時はだめだったが、次の慕蓉麗は頼れそうなのに。それが、教が終わりとは、これはどういうことなのか。
慕蓉麗はざわめく信徒たちなど構わず、途端に籠を地に放り捨てると、剣で蜘蛛を刺し殺した。蜘蛛は黒い体液をちらしながら、八本の足をばたつかせて、やがて動かなくなって死んだ。
慕蓉麗は、神蜘蛛をただの蜘蛛だと言った。いかに猛毒があろうとも、である。
「私は秦覇さまについてゆく。蜘蛛巣教など狭い世界に閉じこもらず、秦覇さまとともに天下に大望をいだき生きてゆく」
いかな猛毒を使いこなし、それを神格化し邪教を立ち上げ江湖を震え上がらせ、美味い思いをしようとも。天下に大望をいだく、という生き方に比べればみみっちいものと慕蓉麗は思えた。
それを教えてくれたのは秦覇であった。秦覇とともに生きて、天下を眺めることが、慕蓉麗の夢であった。
だから、教を捨てたのであった。
「ふむ……」
司馬良は白髭覆うあごをなでながら、物思いにふけっていたようであったが。
「では、秦覇殿よ、鳳鳴剣をおとりなさい」
と言う。秦覇言われるままに、館に入って剣を取ってくる。それを見て、司馬良きりりと襟を正して言う。
「では、わしとひと勝負といたそう。わしに勝てば、力を貸そう」
かっ、と目を見開くや、その古老の姿が途端に光りに包まれたかと思うと。その姿は、竜と馬を掛け合わせた姿の魔神、竜馬となった。
その三
あまりにも急展開なことの進みよう。
信徒たちは「どうなっているんだ!?」と狼狽することはなはだしい。
ことに、新教主となった慕蓉麗自らが神蜘蛛を刺し殺して、蜘蛛巣教の解散を宣言したのである。居場所を失った邪教徒たちの驚愕推して知るべしである。
四天王はもちろん、籠を持っていた兎も呆然自失の態だ。
「静まれ!」
驚愕を押し潰す、透き通る声。慕蓉麗であった。袖はためかせながら右手を高々とかかげ、威風堂々。そのよく澄みわたる声は百斤の重みがあり、皆頭を抑えられたように押し黙った。
それ以上の言葉はなかったが、信徒たちを見据える目もまた威厳に溢れ、見るものを釘付けにせずにはおかなかった。
(秦覇さまと竜馬の決闘を見よ!)
とその目は語っていて。群雄たちは、黙って固唾を飲んで闘いを見守ることにした。
自ら光りを発した司馬良は、竜と馬を掛け合わせたような姿の魔神、竜馬と姿を変え。天高く飛んで、地上の鳳鳴剣を携える秦覇と対峙する。
竜馬は、威嚇の雄叫びを上げた。その雄叫び天空を震わし、五臓六腑にまで叩きつけられそうであった。見守る群雄の中には、その雄叫びに怖じて、「うわっ」と声をあげ、腰を抜かすものまであった。
しかしさすがは秦覇である。静かに隙なく鳳鳴剣を構え、相手の出方をうかがっている。
ほう、と心の中で感心しながら、竜馬はまたひと吼えして言った。
「我が妖術の奥義、魔神変。受けてみよ!」
魔神変。これこそが司馬良の妖術の奥義であった。身命を極限にまで鍛え上げ、己の姿を魔神そのものに変える。失敗すればさきほどの慕蓉武時のようになる。
途端にその大きく開けられた口から、火炎が飛んだ。
秦覇すかさず避けるも、火炎後を追い、相手を紅蓮の炎につつもうとする。
「さすがでございます! 貴方こそ私が求めるお方だ!」
「ほざけ! おべっかを言ったところで、手加減はせんぞ!」
「とんでもござらぬ。心にもない世辞を言うは、私は嫌いです」
「ならばうぬの命はないものと思え」
竜馬の火炎しつこく秦覇を追い掛け回す。
秦覇の足のついたところは、次々と火がともりめらめらと燃え出す。その後を目で追っていた慕蓉麗と侍女の劉晶は、
「あっ!」
と声を上げる。
秦覇の足のついていたところに、火が残っているのだが、それは北斗七星のかたちに並んでいた。火炎を避けつつも、さりげに余裕と茶目っ気を見せた秦覇であった。
それに気づいた司馬良の竜馬、
「やるのう」
と思わず声を漏らす。が、その声はどこか弾んでいるようにも感じられた。
「逃げるばかりもご老に失礼でござろう。ここで私の手並みをお見せいたす!」
きらりと閃く鳳鳴剣。秦覇は火炎を避けつつも、深呼吸をし、はっと大きく息を、意気を吐き出せば。迫る火炎、秦覇を包み込むように見えて、さっとひと振りされた鳳鳴剣によって、まるで竜馬の開かれた口を真似るように大きく口を開いた。
ととも、大風巻き起こって口開く火炎はまたたく間に渦を巻き、ひるがえって竜馬に襲い掛かる。
なんの! と竜馬尾を振りかぶり火炎の渦を叩き消す。
「されば鳳鳴剣我れを主と認めるか否か、今ここでしかと見よ!」
秦覇鳳鳴剣に高らかに呼びかけると、力強く跳躍し竜馬に迫る。こしゃくな、と竜馬鋭い牙をもってこれを噛み砕こうとする。
無論それにやられる秦覇にあらず、迫る牙に鳳鳴剣を閃かせると。がっきとぶつかり合う音観衆の耳を劈き(つんざき)、激しく火花が散ったとともに、きらりと光るものが宙を舞う。
それは竜馬の鋭い牙の破片であった。
鳳鳴剣さらに閃き、今度は鼻先に剣先鋭く迫る。これを右前脚で振り払い、危機を脱した竜馬であったが、秦覇呼吸を整え空歩術をもって風に乗る羽毛のごとく空を駆け、逃がさじと追いすがる。
地上で瞳を輝かせ、慕蓉麗はじっと秦覇の闘いぶりに見入っている。
そこには容赦はなかった。
秦覇とて司馬良を見込んだからこそ本気で挑んでいる。ここで手を抜けば、失礼に当たろう。たとえ力が入りすぎて、殺してしまったとしても……。
司馬良の竜馬に秦覇は、まさに風雲を駆け抜け雌雄を決しようとしていた。
鳳鳴剣閃いてやまず。また竜馬の牙に爪、ときに火炎、魔神の威をしめし鳳鳴剣と激してまじえ。空の激闘、数十合に達せんとしていた。
なによりも、秦覇人の身で魔神と渡り合うを見た群雄たちは度肝が喉より飛び出しそうなのをかろうじて抑えて、その魂闘いに惹かれてゆくを否めなかった。
剣の閃きもさることながら、それを振るう秦覇の顔の輝き。司馬良の竜馬は、激闘の最中においても後光と見て取れることもままあった。
妖術を極め魔神となっても、秦覇一歩も引かず。
(これは、わしはよい引き立て役じゃ!)
ふっと気付くこと。
にもかかわらず、会心の気持ちが湧き上がる。覇気溢れる若者の、鳳鳴剣をものにするその雄姿。
「敵ながら天晴れ!」
雄叫びがあがり、祝福の火炎を吐く。
「お言葉もったいない!」
秦覇の返答につづく鳳鳴剣の閃き。颯っと風起こし火炎を吹き飛ばす。
「見事、見事! その力、もっとわしに見せよ!」
「言われるまでもござらぬ!」
ともに命果てるとも知れぬ激闘を繰り広げるも、その姿は見る者には輝いて見えた。
秦覇と司馬良、ふたりは忘我の域に達し周囲など目に入らないようで。そこには、ただ存分に我が力を揮う喜びだけがあった。
天下に大望がある。
ふたりは闘いながらも、それを脳裏に浮かび上がらせ。
翌日、翌年の自分の姿を思い浮かべたりしていた。
まさにそのために、今の激闘があるのだから。
その四
竜馬、かっと大口開けて火炎吐き出し。鳳鳴剣ひらめき火炎を掻き消す。
その次の刹那、竜尾うなりをあげて秦覇の身体を砕かんと力強く振るわれる。
「!!」
咄嗟に気付いた秦覇は、「はっ!」と気合の一声をあげて空歩術を駆使し急降下し、つばめ返しに急上昇、鳳鳴剣をかかげ竜馬の前脚を串刺しにしようとする。
させるか、と竜馬、むしろ空にありながら秦覇を踏み潰そうとするように、避けるどころかその頭上向かって前脚を思いっきり伸ばしてくる。これでは串刺しに出来ても、引き換えに足の裏からすさまじい圧力をかけられ頭蓋をも打ち砕かれてしまいかねない。
「ちぃ」
さすが、と感心しつつ舌打ちし慌てて後ろに逃れこれを避けつつも。途端に鳳鳴剣を手放し、竜馬に投げつける。
よもや勝てぬと早とちりし、やけになったのか、と旧信徒どもは思った。が、慕蓉麗はまさかと思い成り行きを見ていれば。
秦覇もろ手を前に突き出しそれぞれの手と指、なにやら印を結ぶようにして折れたり伸びたりしている。
すると、鳳鳴剣はまるで意志ある鳥のように、途端に速さを増して竜馬に切っ先向けて突っ込んでくる。
「おお、鳳鳴剣をもって飛剣術をこなすか!」
さっと剣をかわすも、剣はくるりと向きを変えてまた竜馬に迫ってくる。
その剣もかわしたその時、全身粟立つような殺気を感じるとともに、前へとでんぐり返るようにして身をかわせば。
秦覇の拳、剛毅の気をふんだんに含んでうろこをかすめて、前後にすれちがった。
「やりますな。もし後ろに下がれば連続攻撃にあっていましたろう」
「ほざけ」
大喝とともに火炎迸る。秦覇またも印を結び鳳鳴剣を飛ばし、火炎を掻き消す。だがこれは竜馬も心得たこと、鳳鳴剣に火炎通じぬこと百も承知。
いや、空飛ぶ鳳鳴剣火炎につつまれながらこれを掻き消すと同時に、がっしと剣を握りしめる鋭い爪。
「おおぅ!」
いかに秦覇とて、まさか竜馬が相手の得物を奪い取るなど思いも寄らなかったようで、これには心から感嘆した。
印を結び、剣を操ろうとするもさすが妖術使いの司馬良が化けた竜馬、おいそれとは逃がしてくれない。
慕蓉麗、いとしの秦覇が危機に陥ったと胆を冷やす。だが秦覇のその怜悧で不適な面構えはかわらず、むしろ剣を奪った司馬良・竜馬に感心している模様。
「剣なくば、徒手空拳で挑むのみ」
拳法の構えをとって、さっと竜馬に迫る秦覇。生身の人間ながら魔神に挑むこと、そこには恐れなど微塵もなく。拳法の構えをとり、はっとひと息言葉通りの徒手空拳で挑みかかる。
それを見た竜馬、
「ほれ、返すぞい」
と途端に剣を秦覇向かって放り投げた。己の気を送り込み、さっきの秦覇と同じく飛剣術をもって相手を串刺しにするはらだ。
「なんの」
迫りくる鳳鳴剣、今度は相手の得物となって襲い来る。だがひるみを見せず、喜悦引っ込むどころかまるで犬の散歩とでもいうように剣を引きつれ縦横無尽に空を、地を飛びまわり走り回る。
剣が秦覇を追うところ竜馬もこの気に乗じ、二手となって襲いかかる。
すると何を思ったか秦覇、心得たり! と会心の笑みを浮かべたかと思うと地に足を踏みしめ、竜馬にはかまわず自分を襲う鳳鳴剣めがけて走り出す。
このままでは胸板を串刺しだ。
が、秦覇かまわず走り続ける。
「秦覇さま!」
と叫びそうなのをかろうじてこらえ、慕蓉麗は目を見開き想い人を凝視する。できればありったけの声で叫びたかった。しかし、己の立場を思えばそれは許されなかった。
(勝てぬとさとり、剣で自害なされるおつもりか)
足が、身代わりになろうとして走り出しそうになる。だが剣と秦覇の差はあっという間につまり、わずか、拳が間に入るかはいらないか。間に合わない。それでも、慕蓉麗の足は、いまにも駆け出しそうだった。
(こやつ)
驚いたのは司馬良の竜馬も同じだった。慌てて、鳳鳴剣の向きを変える。そのときであった。
まさにこれを狙っていたとばかりに、さっと素早く秦覇の手が伸び剣の柄を握りしめ。自分に従うように司馬良の気を払い己の気を注入する。
わっと旧教徒たちは驚きの声を上げる。
それに答えるように、秦覇は空歩術で空に昇ると、鳳鳴剣の切っ先を天に向けて高々とかかげた。
「あっ」
それにつられたわけではないだろうが、知らずに慕蓉麗までが声を上げた。曇天覆う空に、ぽっかりと穴が開いて青空がちらりと覗けた。それから、太陽の光りが曇天の穴か漏れ始めてくると、雲がさらに追い払われるようにして穴は広がり、ついには谷の空には澄み切った青空が広がり。
太陽も誇らしげに光り輝く。
まるで秦覇と司馬良・竜馬の闘いを天すら見たがっているように。
「これは」
天の思し召しなのか、考えられないほど二転三転するこの展開に驚きながら空を仰ぎ。次に口をつむぎ、じっと固唾を飲んで成り行きを見守るしかなかった。
この谷に、こんな晴天が広がるなどめったにあることではない。
鳳鳴剣、陽光を受けてきらりと輝く。
その輝きは、想い人に出会った乙女のような、はつらつさをも感じさせた。
「待った!」
司馬良・竜馬は、さっと後ろに下がって秦覇に言う。
いよいよこれから、と意気込んでいた秦覇は攻めの手を少し休め、司馬良・竜馬の様子をうかがう。
ともに空歩術を駆使し、空にありながら地を踏みしめるかのようにたたずみ、互いに隙なく視線を交わす
すると、
「わしの負けじゃ」
と司馬良・竜馬は言い、すう、と地に降り立つと魔神変化を解いて、もとの白髪白髭の翁の姿に戻った。
つづき秦覇も地に降り立ち、鳳鳴剣を鞘に戻し。抱拳礼をとり、片膝を地に着け、
「ありがたし!」
と大喝して、礼を述べる。
司馬良慌ててひれ伏し、額を地につける。
「なんの! わしは良き君を、道を得た。鳳鳴剣に愛される真の戦士にめぐり合えた喜び、言葉にもならぬ。それほどまでの者には、さすがのわしも勝てぬ」
「もったいなきお言葉、かたじけない。それがしも、魔神変を心得た司馬ご老のご助力を得られること、この喜びは尽きぬ」
「いやいや、主に片膝つかせたままではわしも心苦しい。どうか、お立ち下され。そして、この老骨、役に立つならどうぞお使い下さい」
司馬良さらに力を込めて地に額をおしつける。秦覇言われたとおり立ち上がると、司馬良の肘をとり立ち上がらせるとき。いまにも駆け出しそうだった慕蓉麗、今度は違う目的で足をほんとうに駆けさせれば劉晶や慕蓉四天王をはじめ旧教徒ら一斉に慕蓉麗に続いて秦覇のそばまで駆けて、跪いた。
それを横目に秦覇厳かにうなずき。つぎに司馬良を真正面から見据える。
「では。……司馬良、今後ともよろしく頼むぞ」
「は、仰せの通りに」
立ち上がってもなお白髪白髭の翁、若き秦覇を敬うこと尽きるを知らず。また慕蓉麗ら旧教徒らも同じく。
ここに、雲払われた蒼天の下、主従の誓いが立てられた。
司馬良は思った。
(魔神変を会得したとて、なんになろう)
姿が魔神に変わろうとも、人間であることは変えられない。だが魔剣・鳳鳴剣を得た秦覇は、まるで天すらも従えたようで。
司馬良や慕蓉麗にとっては、まさに人を超えた、魔神のような存在に等しく感じられたのであった。
第六篇 魔神 了
第七篇 心いずこに飛ばんとするか に続く