第三篇 慕蓉四天王
その一
龍玉と虎碧が滝のそばで修練をはじめて、半月が過ぎた。その半月の間、滝のそばで修練に励み。夜はあの街の安宿で過ごした。
代金は、その安宿で働いて稼いだ。
といっても、その身をもって客をもてなすわけではないのは言うまでもない。主は最初こそ迷惑顔だったが、どんな雑用も真面目にこなす虎碧と、自慢の容姿をもって客(無論男)をそそのかして、強引に安宿に泊まらせ開店以来大幅な売り上げの向上に貢献した龍玉の働きっぷりには、最後は心から感心し。
「どうだ、ずっとここにいないか」
とまで言ってくれた。その恩情は嬉しいが、ふたりにはやることがある。
「お気持ちだけを」
と惜しまれながら、ふたりは安宿を後にした。
行くも地獄、逃げるも地獄。ならば、自ら地獄に行いて、己と剣で切り開くより他はなし。
この半月、滝のそばで修練を積み。剣を交えるふたりに降りそそがれる滝の飛沫と汗にその身がぬれて、重みを増しもなお剣を振るい技を磨きあい。陽光もまたふたりを照らし、剣はきらりと光り輝き。あるいは灰色の空より降りそそぐ雨や白い霧があたりを覆うとも、剣と剣の響きと、ふたりの掛け声はやむことはなかった。
「さて」
修練のしめに、ふたりは互いの技を確かめ合い。うなずき合って蜘蛛巣教のある明山に向かい、旅立へと宿を出た。
それは、死出の旅となるか。あるいは、己と剣で、新たな道を開くか。
「あーそれにしても腹がへったねえ。景気づけに、なんか食おうよ」
歩きながら背伸びをすると、つぎに腹をさすって空腹をうったえるあたりいかにも龍玉らしい。虎碧はくすりと微笑んで。
「そうね、何か美味しいものでも食べて、門出を祝いましょう」
「おや、まあ。珍しくあたしみたいなこと言うじゃないか」
「こういうときこそ、龍お姉さんを見習わなきゃ」
「あっははは。あたしみたいになったら、男が逃げるよ」
「そお? こんなにきれいなのに」
「きれいすぎると、かえって逃げられちまうんだよ。美しきは罪つくり、とはよく言ったものさ」
「じゃ、わたしも駄目ね……」
最後の虎碧の言葉に、龍玉はぷっと吹き出し。大爆笑。
しかし腹がへったのはほんとうのことなので、どこかの店で何か食べようとした。が、町に入ると妙にざわざわと騒々しく、慌しくなってくる。
「殺しだ、殺しだ」
と住人たちは騒いでいる。
えっ、と驚き野次馬の集まるほうへと行ってみるが。行くうちに、嫌な胸騒ぎがする。あの、ふたりが泊まった安宿が、殺しの現場のようで。
その嫌な予感は当たった。
安宿を住人たちが取り囲んで。宿の中には、役人たちが出たり入ったり。ふたりはそれを遠目から眺め呆然としていた。
「宿屋の曹さん、ケチだけど悪い人じゃなかったのに」
「いったい、誰がやったんだろうねえ。奥さんも子供さんも、一家皆殺しなんて、ひどいことを」
耳に飛び込む声。
さらに、
「蜘蛛巣教の仕業らしいぜ。宿屋の壁に、血で蜘蛛の巣が書かれてたってよ」
(慕蓉麗!)
全身から血の気が引く思いだった。
おそらく本人自ら手は下してはいまいが、信者が慕蓉麗の命を受けて一家を殺害したのだろう。手を出したのは、ふたりが宿を出た直後だろう。ということは、ずっと見張っていたということか。そんな気配は全然しなかったのに。
(しまった! なんて迂闊だったんだろう)
相手は邪教。こういうこともありえたろうに、その予測が全然立たず無関係な者を巻き込んでしまったとは。
龍玉は口元を引き締め、真っ青な顔の虎碧に目配せすると、
「町を出よう」
と現場を離れて歩き出し。虎碧も後につづく。嫌な予感はまだ終わらない。と、すると、案の定。
「昨夜まで、なんか新入りの女ふたりが働いてたぜ。あいつらも怪しいな」
という声までが聞こえた。
心外にも、ふたりも蜘蛛巣教の信者ではないのか、と怪しまれているのだ。冗談ではない、こっちも被害者だというのに。と憤ったところで、人の疑いはそうたやすく解かれるわけでもなし。面倒なことにならないうちに、町を出たほうが得策だった。
ふたりは無言でひたすら歩き、町を出てからもしばらくの間は口も聞かなかった。口を開くのもおっくうになるほど、心が重かった。
(どうしてこんなことに)
あれから、慕蓉麗が信者に命じてふたりを着けさせていた。しかし、まさか無関係な人間まで手にかけようとは。なんて、結局ふたりがお人好し過ぎるのか。
「許せない」
ぽそりと虎碧はつぶやいた。慕蓉麗も、己の迂闊さも。なにもかもが許せなかった。
今まで誰かに対し、強くそう思ったことはなかった。それまでは行きずりの悪人で、その場その場で始末がついたが。慕蓉麗と蜘蛛巣教に関しては、そうは問屋が卸さなかった。
「逃げられないぞ」
宿屋の一家殺害は、そういう警告でもあろうし。また蜘蛛巣教に楯突いた人間はこうなる、という見せしめでもあろうし。
明山へと向かう道中を、ふたりは怒りに身を爆発させそうになりながら足早に歩を進めた。明山は大陸の中原より遠く北東にある、険しい岩山だ。
教の開祖、慕蓉七侍はこの山で武芸を磨き。のみならず毒蜘蛛の毒をもって毒薬を調合し。ついには蜘蛛巣教という宗派を打ち立てるにいたった。
それからおよそ百年。冷酷非情な殺しの集団として、江湖に名を馳せる邪教になるまでにいたった、という。
ともあれ、たったふたりでそんな大教団に勝てるのだろうか。ほとんど勝ち目などなさそうだ。
「英傑、この一瞬に生きる」
龍玉がぽそりと空に向かいつぶやいた。
「え?」
なんだろう、と虎碧は不思議そうに龍玉の横顔を眺める。女性にしては背の高い龍玉、虎碧から見れば、その横顔を見上げるといった感じだった。
そのとき、一頭の馬に乗った若者と、後につづく二名従者の一向が前からやってくるが。ふたりは構わず話をつづける。
「英傑、この一瞬に生きる。って言ったのさ。昔、まだあたしが堅気の娘だったころ、師匠だった尼さんに教えてもらったんだ」
「尼僧、さま? お師匠?」
「まあね。孤児だったあたしを育ててくれて、龍玉って名前をつけてくれたんだ。八つのときに、龍女は仏様に膳を施し人々を救うと約束して、その証しに龍の玉をささげて成仏できた、って聞いた。あたしの名前はそこから来てるんだよ」
「あ、仏の教えに出る、龍女の女人成仏ね」
「あたり。八つの時に名前のいわれを教えてくれたのも、龍女が成仏したのが八つのときだからさ。あれからはや十数年。まだ成仏できる境涯じゃなまま大きくなっちゃったけどね。あたしにあだ名をつけるなら、そうだねえ、龍女というにゃ年取ってるから、さしずめ大龍女ってところかねえ」
「ふうん、そうだったんだ。龍お姉さんが大龍女なら、わたしは小虎女ね」
「あ、いいねえ、それ。これから大龍女、小虎女で江湖に売り出そうか」
とかなんとか言っていると、すれ違おうとした若者はおもむろに下馬し、ふたりに振り向き。
「失礼だが、面白い話をしているようだ。ひとつ、わたしにも聞かせてもらえないか」
と言った。
その二
龍玉と虎碧はぎくりとして、すぐに剣を抜けるよう身構えたが。
「いや、あやしいものではない。わたしの名は周鷲。庸州太守、周思の嫡男。と言えば、安心してもらえるかな」
若者はふたりの警戒を解くため、馬を下りてやや頭を下げて抱拳礼をとる。後ろの従者であるふたりの中年男も、周鷲につづく。
「遠くから、英傑一瞬に生きる、と聞こえた。なかなか面白い、いやよいことを言うと思って、ぜひお話をお伺いしたい」
だがふたりは呆然としている。
「え、庸州太守、周思さまの……」
「御曹子!?」
ふたりは若者の言葉にあっけにとられ、若者をまじまじとみやる。と、周鷲は、ふたりのまなざしが痛いか、顔を紅くする。
(あれま)
女性に見られて顔を紅くするなんて、初心ねえ。と龍玉は周鷲のことを面白いと思った。が、虎碧は周鷲と顔が合うや、ふたりして、「あっ」と驚く。
(あ、虎碧の碧い目)
周鷲やその従者はどう思うだろうか。と心配したが、周鷲はにこりと微笑み意に介そうとしない。
(はるか遠くに、目の色も皮膚の色も違う人民の国があるというが、この娘はその血を引いているのか)
そこはやはり太守の御曹子だけあって、見識も広く、虎碧の碧い目にさほどの驚きを見せない。が、好奇心からか、やけにまじまじと見て。かえって虎碧が今度は顔を紅くしていた。
(そんなに見つめられたら……)
恥ずかしい。
心の中で、羞恥心を感じて、そっと顔を下げる。男性からこんなに見つめられるなんて、生まれて初めてで、どうしたらよいのかわからず。やけに心悸ばかりがはやる。
周鷲は肌の色は陽に焼けたようにやや褐色気味ではある。が、やはり太守の御曹子と育ちがよいせいか、すっきりとした端正な顔立ちをし。旅装も簡潔ながらきちんと着こなし、腰に佩く剣も様になっている。
おそらく、ひとたび剣を抜けばかなりの働きをするであろうことは、すぐにわかって。彼が世に言うぼんぼんではないということは、ほのかに立ち上る剣気でも察しがついた。
人間的には、ふたりに礼儀正しいことで好漢といってもよく。褐色の肌とあいまって、かなり活発的な印象も受けた。
それだけに虎碧はどうしようともじもじしている。で、もじもじされて、周鷲もなんでかもじもじして。その後ろで、従者が顔を見合わせて戸惑っている。
それを見た龍玉。
「若様、申し訳ありませんが、訳あって急ぎの旅をしております。これにて御免」
一礼すると虎碧の手を引いて足早に立ち去ろうとする。
引かれる虎碧も周鷲らに目をやったが、止むを得ないと一緒に歩き出す。あの宿屋の家族は、ふたりに関わったために殺されてしまったではないか。となれば、同じように周鷲らも同じ目に遭うかもしれない。
無関係な人間を巻き込まないためには、無駄に人と関わらないようにするしかない。
ことに太守の御曹子となるとなおさらだ。周思といえば、世に名君として名高い高徳の人ではないか。こんな話がある。庸州が飢饉に襲われたとき、太守は迷わず城の蔵を開き、自分の分を減らしてまで人民に食べ物を分け与えたというし。また贅沢を嫌い、太守の身でありながら質素な生活を心がけているという。
その他、庸州の人民のみならず、他州の者も周思とその名を聞けば「名君だ!」と親指を立てて喝采し、慕うといった話は多い。
(それ以前に、ほんとうに御曹子なのかしら)
手を引かれながら虎碧はそんな素朴な疑問を思い浮かべる。江湖、この世の中、人の名をかたる偽者は多い。もしかしたら、この若者も周鷲の名をかたる偽者とも限らない。
若者、周鷲は遠ざかるふたりを眺めながら、そのまま突っ立ている。そういえば、ふたりともやけにそわそわしていた。それに、あの言葉も気になる。
(何があるんだろう。困ったことがあるのだろうか。なら、力になれないだろうか)
従者が呆然と主を見つめる中、周鷲の右手がすうと空に浮くように上がったかと思えば。
「待ってくれ。何か困ったことがあるのか。力になる」
と言って追いかけだす。あれ、と驚いた従者は馬の手綱を引きながら主を追う。それを察したふたりは、さらに歩みを速め出し、ついには駆け足で逃げ出そうとする。無論周鷲を怪しむ、という気持ちもあったがそれ以上に巻き添えにしないためでもある。
(だけど、もしほんとうに好意があるなら)
甘んじて受けたい。しかし、それも許されない自分たちの宿業が恨めしかった。
「待ってくれ。英傑一瞬に生きる、という言葉と関係があるのか。もしや、何かの敵討ちかなにかで……」
大敵と闘うのか。
と声を出そうとしたが、ふたりの巧みな駆け足になかなか追いつけない。そこから、周鷲は龍玉と虎碧に武芸のたしなみがあることを確信した。ならば脚では追いつけない。
「馬を!」
と言う間に従者から手綱をひったくり、愛馬に打ち跨って追いかける。
蹄の駆ける音を聞き、逃げられないとふたりは観念して立ち止まる。
(ああもう、なんで……)
龍玉は歯軋りし、この成り行きを激しく恨んだ。行き場なく江湖をさまよいつづけ、邪教と闘って死ぬかもしれないのに。そこへ来て、無関係な者を巻き添えにして。
結局、我らの行く先行く先で、屍を築かざるを得ないのか。江湖の流れ者のさだめといえばさだめだが、いざそれが現実となるとやりきれない。
(師匠を信じられなくなって、逃げ出したオチが、これか)
惨めだった。
「龍お姉さん」
鋭い視線を地に投げ打ちながらうつむく龍玉の気配を察し、虎碧はその肩にそっと手を差し伸べる。
そのときであった。
背筋に走る殺気を感じ、龍玉と虎碧に、周鷲もその従者もとっさに身構える。すると、きらりと何かが光ったかと思うと、皆さっとそれをかわし。地には針が突き刺さって。
「あっ」
と声が上がる。
(蜘蛛巣教!)
龍玉と虎碧はさっと剣を抜き去り、背中合わせに敵の襲来にそなえ。周鷲も剣を抜き、周囲を見回し馬上で敵に警戒すると。従者は腰の刀を抜き放ち構える。
「おのれ、蜘蛛巣教か! せせこましい真似をしやがって、堂々と出て来やがれっ!」
剣をかかげ大喝一声する周鷲の言葉に、「えっ」と驚く龍玉、虎碧。
「なんて言葉遣いの悪い若様だろうねえ」
「驚くところがちがうって、御曹子も蜘蛛巣教って言ったわよ」
「あ、そうだ。じゃ若様も?」
蜘蛛巣教となんらかの仇があるのか。と思えば、山の陰草葉の陰からぬっとあらわれる怪しい者たち。女五人に男二人。
いずれも喪服のような白服を身にまとい、まるで葬式か何かで集まったかのようだ。が、もちろんそうではない。
ひとりはやけに艶のよい長い黒髪と右目の下の泣きぼくろが印象的な美女で、何を思ってか変に虎碧にばかり目をやって。虎碧は薄気味悪さを感じてぞっとする。
もうひとりはやけに毛深い男で、まるで人と何かの獣があわさったかのような印象だ。さらにもうひとりは、まるで岩石のような筋肉質の巨漢で、怪力無双ではあるのだろうが。額と首に縫い目のあとがあり、一同を見る目も何処かうつろだ。
そしてひとり、これもまたかなりな色白の美人だが、髪には毒草のトリカブトをかんざしのように挿している。そのうえ、やけにゆがんだ笑顔を見せて。その美しさにもかかわらず、そのせいで第一に嫌悪感を感じざるを得ない。少し後ろに、三人の少女が控えている。三人とも愛らしい少女ではあるが、冷たい笑みを一同に向けている。歪んだ笑顔の美女に付き従う下僕であろうか。
合わせて七人。それらが一同を取り囲む。
「お言葉通り、我ら慕蓉四天王、堂々と惨状つかまつりまして候」
と艶のよい長い黒髪の美女がうたうように言った。
その三
毛深い男もそれに続き、
「今日こそそのお命を頂戴いたしたく」
とうたうように言い。さらに縫い目のある巨漢が、
「我ら技に研きをかけ給い」
と続ければ。最後、歪んだ笑顔の美女が
「神妙になされ給え周御曹子どの」
と締めくくり。
そんな喋り方をしながら、白衣のものらは、幽鬼のようにゆるりと迫ってくる。その薄気味悪さ、さすが邪教の信者であった。三人の少女たちは、歪んだ笑顔の美女の少し後ろで、冷たい笑みを漏らしながら静かに控えている。一見すればその愛らしさにこちらも笑顔になりそうだが、そこはやはり邪教の信者。冷たい笑みで、見るものの心を凍りつかせる。
背筋にぞっとするものを感じながら、龍玉と虎碧は事の成り行きと相手の出方をうかがっていると。毛深い男がふたりをねめつけ。
「あいやあいや、面白きことをば思いつけたり」
とうたうように言う。そうすれば、
「なんぞなんぞ」
と白衣のものたちが囃し立てる。毛深い男は得意になって、続ける。
「御曹子をば責め殺したてまつりて、その罪、そこなおなごにかぶせつること。まこと面白きこととおぼしき候」
「あら面白や」
「あら面白や」
不気味な唄に、周鷲は驚きふたりを見る。自分を殺し、罪をふたりになすりつけるとは、なんたる悪行。
ふざけやがって、と周鷲は剣を握る手に、さらに力を込める。
(ていうか、ほんとうに御曹子だったんだ)
信者たちは若者を確かに御曹子として殺そうとしていることで、彼の正体が明けた。何があったか知らないが、ふたりと関わらなくても、どの道蜘蛛巣教と事を構えなければならないようだったことがわかって。
ふたりは、すこしほっとした。
しかし、なんでこの御曹子こと周鷲はわずかの供と旅をしていて、蜘蛛巣教と関わったのだろう。
(しかし、相手は慕蓉四天王。初っ端からまずいのに当たったね)
龍玉は白い四天王をねめつけ、舌打ちする。すると、四人は顔を見合わせ、途端に自己紹介をはじめた。
まず艶のよい黒髪の女から、毛深い男、歪んだ笑顔の女、巨漢、という順に。
「我が名は慕蓉摩」
「我が名は慕蓉狗」
「我が名は慕蓉瞑」
「我が名は慕蓉栖」
と名乗りをあげる。
すると、四人それぞれが息を合わせ拳法の型をとって演武を披露したかと思うと。これまたぴたりと息を合わせて、ぴたりと演武の動きをとめて。
「我ら蜘蛛巣教にその人ありと恐れられる、慕蓉四天王!」
と大喝し。少女たちは笑顔と喚声と拍手で囃し立てた。
一同はぽかんとしている。まるで旅芸人みたいな真似をするもので、おかしみもあった。しかし、そのままそのおかしさに笑ってはいられない。
「慕蓉四天王。あんたらが噂のきもい四人組かい」
地に唾するように龍玉は言った。虎碧はどん引きだ。
周鷲は馬上からきっと四人を睨みつけて、従者二人も隙なく身構えて四人に睨みを効かせている。
「きもい。きもいとな?」
「ひどい、それはひどい」
「その顔、ずたずたに引き裂き、うぬもきもくしてくれん」
「あいや顔のみならず、その身体すべてずたずたにしてくれようず」
きもいと言われ四天王は湯気を出さんがばかりに顔を真っ赤にして、赤い口を開けて怒りをあらわにしている。が龍玉はお構い梨に四人をなじる。
「はっは、そんなことしたらあたしらに御曹子殺しの濡れ衣を着せられないんじゃないの? 強そうなご家来もいるのに、傷だらけの女に殺されるなんて、あると思う?」
という言葉を聞き、四天王はにわかに慌てる。
「や、や、それは盲点であった」
「されば女に手出しは出来んぞなもし」
「あなくやし、あなくやし」
「さりとて、見逃すわけにもいかず。やれいかがいたしたものか」
そのふざけっぷり、どう見ても真面目にやってない。からかわれていると思ったか、周鷲と従者二人はは身体中をぶるぶると震わせている。ことに従者のひとり、鈴秀はさっと刀を抜き去り、
「えおう」
と裂帛の気合をこめて、大喝一声し。周囲の空気は、びしっと張り詰められる。そうすれば、相方の木吉も刀を抜き、
「とおう」
とこれも裂帛の気合をこめて、大喝一声。ともに小柄だが刀を構えるその姿はかなり様になっており、相当の遣い手のようだ。
「うぬら黙っておれば図に乗りおって。もう許せん」
ふたりの大喝に、慕蓉四天王は身を硬くていたが。艶のよい長い黒髪の女、慕蓉摩は虎碧をじろりとねめつけ、変に息が荒かった。かと思えば。もうしんぼうたまらん、とばかりにだっと駆け出し、掌を振るって襲い掛かる。
「きゃっ」
慌てた虎碧は剣を構えて、迎え撃つが。相手の動き素早く、剣を一閃させるも慕蓉摩の魔手が揺れる髪を数本つかみそのまま引き抜いた。
ぷちり、と髪の毛が抜ける感触がして。そばでは龍玉が咄嗟の蹴りを入れるも、慕蓉摩は髪の毛をつかんでにこりと笑いながら後ろへ下がるや。
虎碧の髪の毛を、笑顔で舌なめずりする。
「おいしい」
美しくも、心胆凍りつきそうな、微笑であった。慕蓉摩は虎碧の髪を舌でぺろぺろと、ほんとうに美味しそうに舐めると、口の中に含んで丹念に味わっている。その顔は、恍惚とうっとりとしている。
(な、なにこの人。気持ち悪い)
「吸血鬼め。この子を餌食になんかさせないよ」
龍玉が叫ぶ。周鷲に鈴秀、木吉は「吸血鬼」と呼ばれた慕蓉摩を嫌悪感たっぷりに睨んでいる。
「お黙り! 生娘でないあんたには用はないよ。あたしがほしいのは、この子。だってあたしは『吸血鬼』慕蓉摩。うふふ。あなた、私好みの美少女ね。さぞその血も美味しいんでしょうね」
(い、いやあ~~)
あまりの不気味さに、虎碧は思わず全身の力が抜け、よろめきそうになる。
慕蓉四天王。龍玉がいつか話したことがあった。
慕蓉摩は、さっき言ったとおりあだ名を「吸血鬼」といい、実際は五十を過ぎているはずなのだがそれに似合わぬ美貌の持ち主。で、その美貌はどうやって保っているのかというと、なんと処女の生き血を吸って保っているという。どうすれば、そんなことになるというのか。
ともかくも、それからのことを思い起こそうとした、そのときであった。殺気が立ちこめ、ついに四天王が一斉に襲い掛かってきた。四天王四人とも無手の拳法使いだが、その拳、脚のひと振りのたびに風はうなり、かわしても余力が後から追いかけてくるような威圧感と勢いがあった。
おかげで得物を使うこちらが苦戦する有様で、四人はやはりかなりの手練であった。
無論(?)、慕蓉摩はひたすら虎碧ばかり急襲だ。
龍玉も助太刀に回ってやりたいが、いかんせんこちらはトリカブトを挿した歪んだ笑みの女、慕蓉瞑とその下僕に襲われ守るのが精一杯。幸い鈴秀が刀を振るって助太刀に回ってくれるが、それでも苦戦は免れない。
その鈴秀の若い主周鷲には、毛深い慕蓉狗が襲い掛かる。徒歩立ちで騎乗の者を相手にという不利さを、その俊敏な動きで補うばかりか、狼のような獰猛さをもってして人馬を翻弄する。
木吉を襲う、つぎはぎのある慕蓉栖の奇妙な動き。もろ手を前に突き出してぴょんぴょん飛び跳ねる、しかもこれがまた一見緩慢そうなのに、すんでのところで相手の攻めを避け刀はかすりもせず、隙を見つけては、突き出した手を相手に突き刺さんがばかりに、繰り出してくる。
(な、なんだこいつ)
奇妙な動きをしつつ、目はよどみ生気がない。
「彊屍!」
はっと、四天王の慕蓉栖のあだ名「六屍合体」を思い出した。そいつは六つの屍をつなぎ合わせた彊屍であるという。蜘蛛巣教が毒のみならず、最近は妖術にも手を染め。屍をよみがえらせて、それを意のままに操っていると聞いたが。その噂は本当であったか。
彊屍、慕蓉栖の遣う技は「活死人指」と名づけられ、江湖の侠客たちの身体を幾度も貫き通したか、数知れず葬り、恐怖を振りまいたのは、伊達ではない。
「冗談じゃない。とっくに死んでいるやつを、どうやって斃せというのだ!」
木吉は刀を攻めよりも盾のように守り一徹に使い、もてあそばれるがまま。それを慕蓉瞑と下僕の少女たちが龍玉を攻め立てながら嘲笑う。
「あたしたち四天王の怖さは、こんなもんじゃないよ。慕蓉狗、見せておやり!」
と慕蓉瞑が叫ぶ。下僕の少女たちも、
「見せろ! 見せろ!」
と鈴を激しく揺らすような声音で囃し立てれば。人馬を翻弄する慕蓉狗は、「心得たり!」と叫んで、ふふふと不気味に笑う。すると、毛深い顔から途端にまた毛が生えだした、と思いきや、顔のかたちもみるみるうちに変わっていって、なんと狼の顔そのものになってしまったではないか。
その間、周鷲は呆気に取られ身動きも出来なかった。
顔と一緒に手まで剛毛で覆われ、しかも拳からは骨なのかなんなのか、鋭い刀のような爪まで生える始末。
「『人狼』慕蓉狗とは、俺のことさ。受けよ、我が妙技、『狼爪刀』!」
拳からの爪が風を切り、馬の首筋を凪いだ。よける間もなかった周鷲は、崩れ落ちる馬から咄嗟に飛び降り受身を取って着地する。
その四
そこへ、すかざす爪の急襲。
周鷲は相手に毒づきながらも、逃げの一手から逆転に転じられない。龍玉を下僕たちに任せ、慕蓉瞑は腕を組んで余裕しゃくしゃく、女だてらに鼻息も荒く、
「そしてあたしが『太陰魔女』慕蓉瞑!」
と声高に名乗りを上げる。
「で、慕蓉瞑さまに仕えるわたしは、華!」
「お次のわたしは慧!」
「そして最後わたしは、兎!」
主に続き、下僕の少女たちも鈴を乱打するような声音で名乗りを上げた。その愛らしい顔たっぷりに、相手への冷徹さをこめて。
この慕蓉四天王。もとは違う姓であったが、その腕を見込んだ今の教主慕蓉武時から、慕蓉姓を賜り。妖術も仕込んでもらい、四天王として蜘蛛巣教の幹部として活躍しているという次第。
ともかく、龍玉と虎碧、周鷲と鈴秀、木吉は慕蓉四天王に足して慕蓉瞑の下僕の三人娘に防戦一方でひたすらてこずっていた。
馬をやられた周鷲は、「人狼」慕蓉狗の繰り出す「狼爪刀」をかわすのが精一杯であったが。虎碧の生き血を求める「吸血鬼」慕蓉摩が、ついに虎碧の、剣を持つ右手をつかんで舌なめずりをするのを目にするや、
「やばい!」
と叫んで、狼爪刀をかわしざまにだっと駆け出し、
「貴様の相手は俺だ!」
と追いすがる慕蓉狗を引きつれ、虎碧を捕らえる慕蓉摩へと突っ走ってゆく。龍玉は三人娘にてこずり、虎碧の危機を目にしても助けに行けないで、舌打ちしながら相手の攻めをかわすことしか出来なかった。鈴秀も龍玉を虎碧のもとへと行かせたいが、三人娘は見た目の若さに合わぬ手練れで、なかなか手ごわい。隙を見つけても、すかさず慕蓉瞑が割って入るので事態を打開できない。
が、周鷲が慕蓉狗を引き連れ突っ走るのを目にして、目を丸くして驚く。
「あら、若様あの碧い目の娘さんにぞっこんみたいよ」
「ほんとだ、さっき会ったばかりなのに、一目惚れってやつ?」
「ひと目あったその時から、恋の花咲くこともある。まあ、なんて素敵なのでしょう!」
龍玉への攻めの手はゆるめず、華と慧と兎が周鷲をからかい囃し立て。
「若様、わたしたちも怖いおばさんに襲われてるの。助けて、助けて!」
と一斉に声をそろえて言う。
「だ、誰がおばさんよ!」
「あらあなたのことよ、大龍女さま」
「姑姑(ここ・若い未婚の叔母を敬う呼び方)っていうか、老姑娘(ラオクー二ャン=オールドミス)って感じー」
「あはは、姑姑、じゃない。老姑娘、老姑娘」
「ええい、あたしはまだそんな歳じゃない! それに襲ってるのはあんたらでしょうが!」
顔を真っ赤にして、龍玉はキレまくり、剣をぶんぶん振り回すも。その間に虎碧の腕に、あろうことか慕蓉摩ががぶりと噛み付いてしまった。
「いやあ!」
袖越しに歯が肌に食い込でくる嫌な感触がし、激痛が走り、剣をぽとりと落としてしまう。そこへ、周鷲の鋭い蹴りが慕蓉摩の横顔目掛けて飛んでくる。
が、何のことはなさそうに、軽く片手で脚を止め、つかみ。ぽいっとゴミでも捨てるように、慕蓉狗の方へと投げ捨てる。
「うおぉ!」
どさり! と背中を地面にしたたかに打ちつけ、目の前で星がちかちか光って飛び回る。そこに飛び込む狼爪刀。はっとして地面を転がりかわし様に、どんと手で地面を突き立ち上がり、ふたたび虎碧を助けに行こうとしたが、今度は慕蓉狗のやつもなかなか行かせてくれない。
「龍お姉さん、あれよ、滝のそばで編み出した技を!」
虎碧は叫ぶ。
腕に激痛が走る。慕蓉摩の歯が虎碧の腕をかみ破り、そこから滲み出す血を、うっとりした面持ちですっている。
「離して、離してよ! この変態、変態!」
空いたもう片方の手で、わき腹や腰を掌で打ち付けるも、効き目なし。右手はがっちりとつかまれて、逃げ出すことかなわず。そこへ舌先が腕の傷口を這い血をなめ、いっそう胆の冷える思いをする。
しかも慕蓉摩は異様に恍惚としてゆき。虎碧の血をすすることで、さっきよりも肌のきめがこまやかになり、髪も艶やかに光りだしているようだ。
「まあ慕蓉摩さまったら、うっとしりちゃって」
「でも、おきれいですわ」
「処女の生き血をすするのは、何よりの美容法ですわね」
と三人娘が囃し立てるそのそばで、龍玉の目がきらりと光った。周辺の空気も揺れたようで、それを察した慕蓉瞑は慌てて離れて。
「気をつけろ!」
と叫ぶと同時に。
「昇龍女!」
龍玉の叫びとともに、突然どわっと昇り龍のごとく天目掛けて巻き上がる竜巻が起こり。三人娘は、「きゃあ」と喚きながらぶっ飛んでいっき。どすんどすんと立て続けに尻餅をつく。
これぞ滝のそばで修練を積んでいたときに編み出した必殺技、「昇龍女」。剣に気をこもらせ、ぶうんと激しく全身を竜巻のごとく回転させるとともに剣にこめた気を発散させ乱気流を引き起こし、まさに昇り龍のような竜巻を引き起こして相手にぶつけて吹っ飛ばす。
これからのことを思案しながら滝を見つめているとき、鯉が苦心して滝を昇って龍になったという、龍門の滝の故事をふと思い出し、そこからこの技を編み出したのであった。
「な、なんだと」
これに驚いた慕蓉摩。三人娘をふっ飛ばし、龍女というよりも羅刹女のような形相で剣をかかげて突っ込む龍玉に胆をつぶし。咄嗟に虎碧の腕から口を離し、さっと後ずさる。
虎碧はどうにか持ちこたえて剣を拾い構えをとるにはとるが、いかんせん慕蓉摩に噛まれ血をすすられた衝撃小さからず。ぶるぶる震えて、立つのがやっとの状況だ。右腕は袖に破れ目が走り、そこから赤い血がたらたらと滴っている。慕蓉摩はその血をすすって悦んでいたのだ。
「鬼畜め!」
龍玉の怒り心頭に達し、凄まじいまでの勢いで慕蓉摩を追いつめる。必殺技は、なるべく手の内を見せたくなかったので使いたくなかったが、こんなことになってしまえば止むを得ない。よもや気丈でしっかりものの虎碧からその技をもって助けを求められようとは思いもしなかった。が、それは蜘蛛巣教がいかに強敵であるかということでもあった。
その五
この龍玉の昇龍女から攻守逆転なるか、と一同は淡い期待を胸に抱いたが。やはりそうは問屋が卸さない。木吉の相手する「六屍合体」の彊屍、慕蓉栖は腕を突き出した変な姿勢でびょんびょん飛び跳ね、相手を翻弄すること間断ない。
「太陰魔女」慕蓉瞑は三人娘をひと目睨んで、「ふん」と唸る。華と慧と兎は主に睨まれ、いてて、と腰をさすって立ち上がりながら、胆を冷やし。気を取り直して傷を負った虎碧に襲い掛かる。
「御曹子、人狼はそれがしに任せ、碧眼の少女を!」
鈴秀が叫んで刀を振るい慕蓉狗に攻めかかる。あうんの呼吸で周鷲は「心得た」と三人娘に立ちはだかり、入れ替わりに鈴秀が慕蓉狗を相手取る。
慕蓉瞑は何を思ったか、腕を組んでこれらの戦いを眺めて手出しを控えている。その胸の中に、何を秘めているのであろうか。
「まあ若様、この子の前でいいかっこしたいんですの?」
「そんな小娘よりも、わたくしたちの方がおいしゅうございますよ」
「蜘蛛巣教に入れば、わたしたちが毎夜毎夜お相手してさしあげて、楽しい日々を過ごせますものを」
「ええい、黙れ黙れ! くだらん世迷言をほざくな!」
傷ついた虎碧をかばい、三人娘に剣を振るう周鷲に向けられた言葉。龍玉と虎碧は心中唖然とする。この若様、蜘蛛巣教に入るよう勧誘されていたのか。しかしそれを断ったために、命を狙われているのだろうか。
ともあれ、虎碧は助けてもらったことに感謝の念を禁じえず。ぶるぶる震えつつも、ぽそっと、
「若様、すいません」
と丁寧に言った。
「なんの。それより若様はやめてくれ。同世代だから、兄貴でいい」
兄貴!? うら若き少女にそう呼べなど、戦いの最中とはいえ、周鷲はどこか外れたところがあるようだ。虎碧は内心驚き微笑む思いで、
「はい、お兄さま。ありがとうございます」
と呼んだ。お兄さまもまた丁寧すぎるところもあるが、相手が高徳の名君子の御曹子であることを思うと、お兄さんと龍玉のように軽い感じで呼ぶのははばかられた。
で、お兄さまと呼ばれた周鷲は、心なしか顔が朱に染まるのを禁じえなかった。三人娘は敏感にそれおを察し、顔も真っ赤に赤い口をおっぴろげて
「お兄さまですって? まあ、周鷲さまったら。こんな小娘に」
「わたくしたちというものがありながら」
「にくい、くやしい。どうしてくれましょう」
と喚きたてる。虎碧はぽかんとしてしまう。彼女らの自分を見る目、明らかに単純な敵意ではない。なにか、言い知れない感情も入り交じっているようで。それが、嫉妬だの恋敵だのというところまでは、虎碧はわからなかったが。わけもわからないうちに、三人娘から恋敵にされてしまったのは確かだった。
が、しかし、三人娘の振るう拳に掌、脚は手心を少しも加えず本気で周鷲に打ちかかっている。言うことと内心は違うのか、はたまた周鷲の腕前を承知の上でのことなのか。
「周鷲様、今ならまだ間に合いますわ。いかがです? 蜘蛛巣教に入り、我らとともに覇道の道を歩まれるのも、これもまた男の夢ではございませぬか?」
慕蓉瞑だ。相変わらず腕を組んで戦況を見守り、あまり動かない。龍玉と虎碧はそれを耳にして、周鷲が蜘蛛巣教から誘いを受けていたことがわかった。思えば一州の太守の御曹子が、わずかな共を連れて旅をしているなどありえないが、それも蜘蛛巣教と関係があるのだろうか。
「五月蠅い! 俺を秦覇のキザ野郎と一緒にするな!」
吼える周鷲。虎碧をかばい、ひたすら剣を振るう。しかし、その口から出た名。秦覇と言った。
「ほほ。畏れ多くも丞相の御曹子をキザ野郎などと。大胆でございますこと」
「うるせえ、邪教に肩入れするようなやつなんざ御曹子でもなんでもねえ。挙句にゃ俺まで誘って、ことわりゃ命まで狙ってきやがる。そこで返り討ちと明山に出向きゃてめらが邪魔して全然近づけねえうえに、か弱い娘をいたぶりやがって。まったくどこまでも汚えやつらなんだ!」
「ふん。まったくおきれいごとのお好きなおぼっちゃまでございますこと」
「おお、なんとでも言え。愚人に褒められるは、第一の恥ってな!」
慕蓉瞑は口元をゆがませ、にやりと笑って言った。
「若様は殺さず。他は皆殺しにせよ!」
「なに!?」
すると、周鷲の相手をしていた華と慧はさっと虎碧に襲い掛かる。虎碧ははっとして剣でもって迎え撃つが、いかんせん右手は傷つき本領を発揮できずまたたく間に苦境に陥る。
周鷲も虎碧を助けに行こうとするが、
「どこへゆかれます? 兎を置いていかないで下さい」
と冷たく哀願する兎に阻まれて動くに動けない。
「虎妹!」
これはいかんと、龍玉は慕蓉摩に咄嗟の蹴りを入れてふっ飛ばすと、だっと駆け出し剣を振るって華と慧に攻めかかる。幸い慕蓉摩はさきほどの昇龍女にひるんで、技に精彩を欠いていたのでわけもなかった。
鈴秀と木吉は、それぞれが慕蓉狗と慕蓉栖を相手どり。一進一退の戦いを繰り広げている。が、押され気味のようで玉のような汗を流し、攻めよりも防ぎが多い。
「またあんたなの、おばさん」
「一度勝ったからっていい気になってんじゃないわよ、おばさん」
けらけらと笑いながら、華と慧は虎碧の助太刀にまわった龍玉をからかえば。案の定目をいからせ、剣には気がこめられようとして小刻みに震え。周囲の空をごうと轟かせ、剣を大振りに振るい「昇龍女!」と大喝一声、竜巻を起こす。
だが華と慧はあははと笑い、掌を勢い良く突き出せば、掌より気が放たれて竜巻とぶつかれば、ぱっと弾けるように竜巻は消える。さっき三人娘を吹っ飛ばした竜巻だったが、今度は小ぶりでふたりの掌力でもっていとも簡単に掻き消されてしまった。
「龍お姉さん。気を集中させないと。編み出したばかりの技なんだから」
手傷を負いながらも指摘は忘れないあたり、やはりしっかり者の虎碧であった。
「おっほほほほ。口ほどにもない。さあ、茶番は終わりにしましょう」
一旦は龍玉の昇龍女に驚いた慕蓉瞑だったが、編み出したばかりの技で満足に使いこなせていないとわかり安堵して、周鷲以外の者たちにとどめを刺せと指図するように、右手を軽く振るう。と、その足元で土煙が上がり、小さな穴が穿たれていた。
さりげなく、自分の力量を一同に見せつけた、といったところか。そうする間に、慕蓉摩も回復し戦列に加わる。
一同、周囲を取り巻く殺気がいやがうえにも上がったのを感じ、ぞっと背筋が凍りつきそうなのをかろうじて抑えていた。
(畜生! 慕蓉麗のあばずれ娘とやりあう前に、こんなところで)
龍玉はぎっと歯を食いしばる。
慕蓉摩、狗、瞑、栖、の四天王と、華、慧、兎の三人娘は周鷲以外の者をしとめようとその猛攻に凄味が加わり拳掌、脚の巻き起こす風も尋常ではない。ことに華と慧の、虎碧をねめつけるその視線、心をうずかせるほどに嫉妬の炎に燃えている。
虎碧もまた、ここで果てるかと思わずにはいられなかった。がここにいたり、華と慧と兎の、自分に投げつけるものが何かをさとって、慄然とする。
(な、なんで。そんなわけないでしょ)
しかしそれでも、しとめられようとしてるのは変わらない。
第三篇 慕蓉四天王 了
第四篇 日を産むめおと に続く