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最終篇 流幻夢

その一


 龍玉もいくなら、と長元も同じくそれに続いた。

「あなた」

「おう」

 空路と南三零の夫妻も、せめてもの思いで秦覇もとめて門を出た。門内では鈴秀が残り兵をまとめ、雪崩れ込む天軍に立ち向かい続けていた。

 せめての思いで秦覇を目指す江湖の侠客たちではあったが、地を埋め尽くす天軍百万の鉄甲の壁は厚く、十歩ゆくのもままならない。

 秦覇それを知り、

「その勇戦まこと天晴れ。せめてもの情け、雑兵に討たせるのは惜しい」

 と、司馬良と劉晶に向かい、

「あやつらを討て」

 と命じるとともに、他は龍玉と長元に、空路と南三零を討つなと厳命し、もし誤りでも斬首と触れ回した。

 天帝の命は徹底され、誰しもが道を開け。そこに劉晶と、竜馬と化した司馬良が向かった。

「雑魚はおどき!」

 と龍玉は必殺技の昇龍女を放ったが、劉晶なんなくこれをかわし、すかさず接近して剣を振い龍玉の大薙刀相手に数合を重ねた。その向こうで、昇龍女の竜巻に巻き込まれた不幸な者たちが吹き飛ばされてゆく。

 竜馬には、

「来いデカブツ! 岡豊山こうほうざんの大旋風を知らないか」

 と長元が当たり、死闘を繰り広げた。

 任せたぞとばかりに、空路と南三零は秦覇に向かった。これを見て慕蓉麗は、

「我が夫よ。あのふたりは、わたくしめに。どうか、わがままを許したまえ」

 と言って秦覇の許しを求めた。仮にも天帝の妻、天后である身なのだが、慕蓉麗もそれを自覚しつつも腕が鳴るのを禁じえなかった。また空路と南三零ほどの者なら、刃を汚すこともないだろうと思ってのことだった。

 ういやつ、と言いたげに秦覇は笑みをたたえ、

「いいだろう」

 と言うや、慕蓉麗は馬を降り空路と南三零向かって駆け出し、またたく間に慕蓉麗の刃は盾と火花を散らす。

 この激闘三つ、秦覇の命なくとも邪魔立てする隙なく天軍や郭政城兵の別なく円になり取り囲んでゆくすえを見守った。

 長元の方天画戟うなりを上げて風を切り、空より急降下する竜馬の吐く炎をまっぷたつに割ると、かわって爪が襲い来たり。それをかわしざま、長元高く跳躍し竜馬の鼻先目掛けて方天画戟をぶうんと振う。さすればすかさず、竜馬は勢いよく回れ右し、その尾で長元の胴を叩き、砕こうとする。

 が、長元もさるもの。

「うおお!」

 と雷喝一声、とっさに尾の正面向かい方天画戟を振り下ろせば。竜馬の尾と方天画激烈しくぶつかり、刃は尾に食い込んだ。そこから赤い血が、と思いきや。尾は吸い付けるように方天画戟を放さず、長元は己の得物を離せず、竜馬の尾に強く振り回される。

 それでもねばって強く得物を握りしめるも、その勢い強くまるで風にたたきつけられているようだ。それでもねばる長元であったが、尾は突然方天画戟を放し長元を放り投げた。

「おお」

 叫んで宙を飛び、地に叩き付けられるかと思いきや存外上手い具合に受け身をとって背中から着地し、ごろりと回りながら急いで立ち上がる。しかし、激しい痛みが背中を駆け巡るのはいかんともしがたい。

 竜馬は己の筋肉を自在に操り、方天画戟の食い込みを都合よく使い、とっさにそれを挟み込んで長元をもてあそんだのであった。

「ふん。雑草がねばりおるわ」

「へん。俺は、雑草は雑草でも、夏草だッ!」

 と負け惜しみを叫んで、言ったとおりの、灼熱の太陽に向かい勢いよく伸びる夏草のごとく、長元方天画戟を掲げだっと駆け出せば。おう、とその意気に応え、司馬良・竜馬もゆく。

 その一方、また一方で、龍玉と劉晶、慕蓉麗に空路、南三零の闘い合数重ねて、それに伴い烈しさも増してゆく。

 龍玉の薙刀まさに竜巻のように、また竜巻を起こして劉晶を巻き込もうとするも、さすが慕蓉麗が認め侍女として仕えさせただけに、それらの攻めをすべてなんなくかわしてゆく。が、主と違うのは、減らず口を叩かず、淡々と冷静に攻めを受け流していることだった。

 きらりと、その瞳は氷の冷たさを思わせるように光っていた。

「えやあ!」

 という掛け声のもと、薙刀は相手の脳天に叩き落されようとするが。劉晶すかさず前へ駆け出しながら、左手で薙刀の柄を掴んだ。

「くっ」

 と薙刀を引き戻そうとするが、劉晶相手の得物を奪わず引かれるに任せそのまま前へ踏み込み、ぐいと柄を押せば。思わぬ力が龍玉に働き、後ろへつんのめりそうになり体勢を崩し。そこへ鋭い剣の刺突が迫る。

 やむなしと、そのまま後ろに倒れて、鼻先を剣が風きり風の破片の冷たさを感じながらどうにか刺突をかわす。が、ただ倒れるに終わらず、半ばやけくそで劉晶の腹めがけて蹴りを見舞えば、狙いはそれたものの、意外にも右脚に蹴りが決まった。

「あっ」

 と劉晶はたまらず転び、急いで立ち上がったときには龍玉も薙刀を構えて仁王立ちしていた。よもや相手がそのまま後ろに倒れようとは思い至らず。己の未熟さを痛感するのと蹴られた悔しさをないまぜにして、さっきまでの冷たさにかわり紅蓮の炎燃える憎悪の眼差しを龍玉に向けた。 

「まだまだだな」

 と慕蓉麗は侍女の未熟さに愛嬌をもおぼえつつ、くすりと笑う。

 入れ替わり迫る青と赤の盾をかわしながらも、よそ見をする余裕をたっぷりと空路と南三零に見せ付ける。

「ふ、飛剣術ならぬ飛盾術というものか。面白い」

 修練を積み、気をもってものを飛ばす術を体得し、それを剣術に応用したのが飛剣術ならば、空路と南三零はそれを盾に応用していた。剣が突く斬る攻めの戦具なのに対し、盾は防御用ながらその縁を鋭く磨くことにより鋭利な丸い刃と化して相手を斬ることができ、また本来の守における使用も可なりで、この技を磨くことにより攻守双方に威力を発揮していた。

 空路と南三零のふたりは慕蓉麗のいわくありげな一言に、一旦盾を手元に戻し、攻めに備え身動きせず隙なく構えていた。


その二


 慕蓉麗は冷たく笑い、まず空路の盾目掛けて鋭い刺突を繰り出した。

 鉄仮面の下で「むっ」とうなり、気をもって盾を飛ばせば。慕蓉麗の背後から南三零の青い盾がその背中目掛けて飛んだ。

 赤い盾目掛けて駆けたその脚は、途端に地を蹴り後ろ向けに跳躍しざま、後ろ向けにくるりと宙返りをするや。背中目掛けて飛んできた青い盾の上に、慕蓉麗は見事着地した。

「え」 

 と驚く間もなく、青い盾は踏みつけられまっすぐに地面に落ち。その上に慕蓉麗は仁王立ちする。迫り来る赤い盾は、咄嗟に空路のもとへと帰ろうとするが、それへ向かいすかさず慕蓉麗駆け出しながら、剣を振い、

「やあッ!」

 という大喝のもと、剣は風を切り、赤い盾をも真っ二つに切った。

 二つに分かれた赤い盾は、音を立てて地面に落ちた。取り残された青い盾に、南三零は気を送り再び飛ばそうとするも、盾は大きくへこんで。そうかと思えば途端に亀裂が走り、宙で粉々に砕け。破片がばらばらと地に落ちてゆく。

 それを見た天軍の軍兵らから歓声が上がった。

 慕蓉麗は青い盾を踏みつけるとともに気を送り込んでこれを破壊したのだった。南三零は得物を失い柳眉をひそめ、無手の拳法の構えをとる。

 空路は真っ二つに分かれた盾を気をもって宙に浮かし、己の手元へ戻し。もろ手で半円の盾を扇を持つようにして持って構えた。

「盾変じて鉄扇となれりか」

 と慕蓉麗は空路を冷笑した。

(なんという女だ)

 さすが日を産む夫婦でさえ、慕蓉麗には冷や汗をかき舌を巻く思いだった。盾とてなまくらではなく、鍛えに鍛えぬいた鋼鉄をもって造られたものではあったのが、これが慕蓉麗においては木か紙のように簡単に破壊される羽目を見た。

 秦覇は満足そうに、三様の闘いを見守っていた。

 が、城門のあたりがにわかに騒がしくなったのに気付き、何事かそこを見やれば。かすかながら、碧い目の娘という言葉が聞こえもした。

(碧い目の娘だと……)

 我知らず、鳳鳴剣を飛剣術を持って飛ばしたかと思えば。何を思ってか、慕蓉麗向けて剣が飛ぶ。

「あっ」

 と慕蓉麗は、まさか秦覇の鳳鳴剣がこちら向かって飛んでくるなど夢にも思わず。咄嗟に気付いたものの、あまりのことに気が動転し、身動きままならず。

「なんだと!」

 と空路も驚きのあまり、咄嗟に半円となった盾二つを鳳鳴剣目掛けて飛ばせば。慕蓉麗の目の前で、鳳鳴剣は赤い半円の盾を二枚貫き、その抵抗のため速度が鈍った。

 慕蓉麗はらしくもなく悲鳴を上げながらも、盾のおかげで速度の鈍った鳳鳴剣をかわしたが、そのまま地面に倒れこんでしまった。

「ど、どうして……」

 空路、鉄仮面の下で忌々しく舌打ちし、慕蓉麗へと駆け南三零も非常に驚き慕蓉麗のもとへ駆けつける。

「なぜ秦覇様は……」

 ぶるぶると、横たわりながら震える慕蓉麗の秀麗な顔は恐怖に引きつり、蒼白となっている。両の目から涙がとめどもなく流れ落ちていた。そこへ侍女劉晶も駆けつける。

 龍玉は一騎打ちの最中ながら、まさかの事態に驚くあまり身動きとれず。それは長元に司馬良・竜馬も一緒で、戦いの手を休め、まさかの事態の、成り行きを我知らず見守っていた。

 どうして、秦覇は慕蓉麗を殺そうとしたのか。空路が咄嗟に盾を飛ばさねば、鳳鳴剣が貫くのは慕蓉麗の胸、心臓であった。

 慕蓉麗は気が動転して、あわあわと言葉にならぬ言葉を吐き。身を縮め震えるしか出来ないでいた。

 秦覇は舌打ちし、半円の盾二枚を貫く我が剣を手元に戻すと、気を込めて剣に伝え、盾を粉砕した。破片は示し合わせたように、秦覇を避けて、ぱらぱらと地面に落ちてゆく。

「天帝よ、なぜ后にむごい仕打ちをする」

 という空路に、秦覇は冷笑して応えた。

「もう、その女に用はない」

「なんですって」

 聞き間違えたかと思ってしまうほど、南三零は驚きつつ。慕蓉麗をいたわりながら、秦覇を睨んだ。

「決めた。我が後継者は、碧い目の娘に生ませる」

 その言葉に、そこにいた全ての人間が驚愕の声を上げてどよめいた。劉晶は、秦覇の無慈悲さに怒りに震え秦覇を睨み据えていた。

「そんな、気まぐれで我が主を捨てるのですか。我が主は、もてあそばれたのですか」

 と、血を吐くように叫んだ。秦覇をまさに天帝と敬っていただけに、衝撃は大きかった。なにより、慕蓉麗は秦覇を愛しすべてをささげた。にもかかわらず。

「我が后になりたくば、それに相応しい女になることだ。麗児は、哀れ我が后には相応しくなかったということだ」

 司馬良は長元のそばにもかかわらず、元の姿にもどり。唖然と秦覇の言葉を聞いている。長元も、呆気にとられ司馬良とともに、事態の成り行きを見守っていた。

「あ、あなたの子供が、わたしの中に……」

 目から涙を流しながら、闇から秦覇をさぐるように慕蓉麗はうめいた。

「あなた、子供がいたの!」

 そんな身体でよく自分たちの相手をする気になったものだ、と南三零こそ言葉が無い。だがそれだけ無理をしてでも、慕蓉麗は秦覇から愛情を引き出そうとしていたのか。

「左様か」

 秦覇は冷然と応えるのみ。そればかりか。

「ならば、父としての慈悲をもって、母と子ともども、生の苦しみから解き放ってやろう」

 と鳳鳴剣を慕蓉麗に向けた。

 皮肉なことに、さっきまで命のやりとりをしていた者が、あらぬ事態から一体感をもって秦覇の鳳鳴剣に備えて身構えている。長元と司馬良はおろか、龍玉でさえ、薙刀を構え慕蓉麗をかばっていた。

 その慕蓉麗はいま劉晶の腕の中で、子供のように震えていた。

「麗お嬢さま、どうかしっかりなさいまし……」

 美しく威厳のあった慕蓉麗の、今の様子に、その心の痛みは、いかほどのものであろうかと思うと劉晶は、心が締め付けられそうだった。

 それに、呼び方は、それまで天后だったのが、麗お嬢さまに戻っていた。


その三


 それは秦覇の傘下から抜けたことを意味していた。

 天軍の軍兵は、この場をどうしてよいのかわからず、石のようにかたまったままだった。が、慕蓉麗をかばうさっきまでの敵に、「侠」を感じていたのは確かだった。

「なにが天帝だよ、このくそったれが。ただの浮気な男じゃないか」

 と龍玉はわめいた。やっていることは、市井のやくざ男となんら変わらない。相手を定めず、女をとっかえひっかえしては、使い捨て。こんなのが天帝と名乗ることに、滑稽さをいやほど覚えずにはいられなかった。

「市井の男がやればやくざで汚い、貴族がやれば物語できれい。へん、馬鹿みたいだね!」

 それまで大嫌いであった慕蓉麗ではあったが、その哀れさに龍玉深く胸を打たれ、心変わりして今はこれをかばった。

 司馬良は、身動きせずにたたずんでいたが、つかつかと慕蓉麗のもとまで歩み寄ると懐から小瓶を取り出し。

「薬じゃ」

 と劉晶に手渡すと、どっかと地面に腰をおろし、はあ、とふかくため息をついた。司馬良は医術に特別通じているわけではないが、やはり年の功というもので、あらゆる状況において服用できる薬を常に携えていた。

 劉晶は小瓶の蓋を開けると、中から小さな白いい丸薬が出て。それを慕蓉麗に飲ませた。

 薬の効果か、身体の震えはおさまりつつあるようだが、目は悲しみの色をたたえながら秦覇をとらえて離さない。

 だがその瞳に映る秦覇は、冷たい眼差しを慕蓉麗に向けていたのが、もう知らぬとばかりにそっぽを向いた。

「まあよいわ。うぬらの始末など、あとからでも出来ること」

 と、言うと、自分に構える者たちなど無視し虎碧もとめて愛馬を走らせようとする。しかし、天軍の様子がおかしい。それまで城に向けられていた殺気は、今は秦覇に向けられていた。それは空路に南三零らも感じていたし、なにより秦覇もわかっていた。

「遠慮することはない。俺が嫌いなら、かかって来い」

 と、秦覇は天軍の軍兵らに向かって叫んだ。その声は天地を震わせどこまでも轟き渡るかと思えるほどに響いた。

「言ったはずだ、天帝の治める世の、たった一つの法。それは、望むがままに生きよ、である。我こそ天帝たらんと欲すれば、いつでも来よ。俺は逃げも隠れもせぬ」

 と鳳鳴剣を掲げて叫んだ。たいした自信と、威厳であった。

(なんという男だ)

 と空路や司馬良は身を固めながら天帝・秦覇を凝視していた。

 后でさえ簡単に捨てて殺そうとするその無慈悲さ(秦覇は慈悲というが)を見せ付けられれば、懸命に戦っても、何かあれば簡単に捨てられると配下の者たちの忠誠心が一気になくなるのだが。秦覇はそれも全て承知の上であった。

 だが、天軍の軍兵たちは誰も動かない。いや、動けないというか。皆、秦覇の鋭い眼力に縛られ金縛りにあったようだった。

(こ、こんな餓鬼大将に!)

 怒り心頭に達するも。あろうことか、龍玉でさえ、身動きが出来なかった。身体の芯から、胆の奥底から、秦覇を怖れている気持ちが全身ににじみ出て、染まったようだった。

 同じように天軍の軍兵一人ひとりに、畏怖は伝わり。戦意は漏れるように失せていった。その異変は郭政を飲み込もうとする怒涛の勢いを鈍らせるのに十分で。

 それまで略奪に殺戮、暴行に血眼になっていたのが、後続の様子がおかしいのと、天軍を裂くように突き進む虎碧により一気に夢から覚まされたように、はっとして身体の動きを止め。

「何事だ」

 と不安そうに皆首を振り振り今の状況を把握しようと精一杯のようだった。

 なにか、この世界全体が夢であって、その夢が流れ去ったような感覚だった。

 虎碧も異変を察しながら駆けてゆき、城門にさしかかろうとする時、強い何かを感じた。

「……」

 秦覇が、自分を求めてこちらにやって来ている。口をつぐみ無言で駆けながら、己の剣を飛剣術をもって飛ばせば、対して鳳鳴剣もこちら目掛けて飛んでくる。

 知らないうちに周囲は修羅場から一転し、潮が引いてゆくように怒涛はやんで静かになっていっていた。誰もが、

「ここはどこで、自分は誰なんだ?」 

 と言いたそうに、夢幻の中にいるのかそれとも夢から覚めたのかわからずに、ぽかんとしていた。ただ、殺戮の痕は消えず。まさに悪夢そのものが、全てを包み込んでいたのは変わらない。それでも、今己を包む悪夢の光景すら、自分たちがつくり上げたのも、にわかには信じられないようだった。

 それもかまわず、秦覇は馬を駆けさせながら印を結び、鳳鳴剣を虎碧に向けた。

 が、致命傷を与え命まで奪い取るつもりはなく。たとえ抗い身を捧げることを拒んだとて、手足の筋を断ち切り嫌でも種を植え付けられるようにするつもりであった。

「碧い目の娘よ、我が後継者を生め!」

 という叫び。宙で火花散らす二剣。

 虎碧は何のつもりで秦覇が自分を求めているのか、などどうでもよさそうに淡々と剣を操った。慕蓉麗はどうしたのだろう、ということも心の外であった。

(もっと早くこうすればよかった)

 宙で二剣交わるうちに虎碧城の外まで駆け、これを迎え撃つ秦覇は馬上にて裂帛の気を込めて鳳鳴剣を操る。

「天帝と、碧い目の娘が……」

 よもや一騎打ちをするなど夢にも思わず、悪夢に包まれながら、周囲は固唾を飲んで事態を見守る。

 後ろから、周父子が追いつき周鷲と周菊は剣を握りしめ虎碧に助太刀しようとする。しかし、咄嗟に内なるもう一人の自分が、それを止め、身体の動きが止まる。

 父も同じようだった。静かに闘いを見守っていた。

 虎碧の碧い瞳は輝く。

 さすれば、剣も輝く。

 その輝き、鳳鳴剣にも乗り移ったか。その剣、さらに光を増した。

 碧い瞳が秦覇をとらえて放さず、虎碧は右手を高々と掲げ、天になにか合図を送るのかそれとも巫女となって神意を受け取るかのように、右手の五本の指は様々な印を結び。

「破ッ!」

 と雷喝一声、丹田から脳天まで突き抜けるように気を込めて二剣に放ち、秦覇向かい指差せば。あろうことか鳳鳴剣は秦覇の意に逆らい虎碧の剣とともに、主向かって飛んでくる。

「馬鹿な」

 と唸り気を込めれども、鳳鳴剣は秦覇の意など知らず。 

 二剣は碧い瞳とともに輝き、風を切りつつ風となって、秦覇に迫れば。

 秦覇これをとめることも避けることもならず、二剣は、その胸を貫いた。

 どっと天地を割って吹き出たような叫びがこだました。

 秦覇は目を見開き、二剣を胸に貫かせた姿のまま、馬上より落ち。地に突っ伏し、ぴくりとも動かない。

 ここに、天帝こと秦覇は斃れ。

 それは、あまりにも、あっけなかった。


その四


 天軍の軍兵らは、

「天帝斃る」

 とわめきながら、恐慌を来たして我先にと逃げ出し。怒涛は逆流となって郭政から引いていった。が、中には、このあまりにもあっけないことに唖然として声も出ず。逆流の中、呆然と秦覇のなきがらを見据えていた。

 周鷲や龍玉ですら、そうだった。

 虎碧は身動き一つせずに、じっと静かにたたずんでいた。

 誰も声をかけられなかった。

 鈴秀は戦局が大きく変わったことを素早く察し、

「天軍どもを追い払うは今ぞ!」

 と声を大にして叫び、城兵らを叱咤し自らも天軍の軍兵を追った。

 形勢は完全に逆転していた。

 ただ、笑顔は見られなかった。

 殺戮の痕はあまりにも深く、誰も笑わず復讐の鬼となって、逃げる天軍の軍兵の背中に怒号を浴びせ刃を振り下ろしていた。

 その凶刃は慕蓉麗に劉晶、司馬良にも向けられようとしたが。

「手を出すな!」

 と周思は慌てて言い、空路に南三零、長元に龍玉らが周囲を固めて鉄壁の守りを敷いていた。そのおかげで、誰も手を出さなかった。

「我らに構うな。遠慮なく、斬れ」

 と司馬良はいった。

 慕蓉武時といい、秦覇といい、仕える者を二度も誤った。

 秦覇こそ、己を生かし、世に新風を送り新しき世を拓くように思われたが。何のことはない、ただ喧嘩が強いだけの餓鬼大将でしかなかった。己の持ちうる力をもって、やりたい放題したいだけの、餓鬼大将。

 大人の汚さなど、ただの言い訳にしかならず。むしろそれを口実にして、暴虐の限りを尽くそうとしていた。

 ただ、その力があまりにも大きすぎた。

 己の人をみる目のなさに、司馬良は失望しきりだったが、長元は首を横に振り。

「無用の殺生はしねえよ」

 とこたえた。

 これらを斬ったところで、死んだ者が生き返るわけでもなし。必要以上に、己を血で汚すのも気が引けた。もう散々、血で汚れているのだし。

「左様か」

 司馬良はそうこたえ、死にそこなった悲しみに打たれ。己の命を、これから何に使うべきかと考えたとき、ふと、これらのことを史書として書きとどめて、後世への戒めにしようという決意が生まれ。後に書を残すことになる。

 慕蓉麗は劉晶の腕の中で、魂が抜けたように呆けているだけだった。

 さすがの龍玉も皮肉の一つも言う気にはなれなかった。が、ふたりにもう危険はないとわかると、つかつかと、虎碧のもとへと歩み寄りながら、

「虎妹……」

 とつぶやいた。

 いま、自分が生きているのも、全ては虎碧との出会いがあったればこそ。だがまさか、虎碧の秘める力がそこまで大きいことには、驚きを禁じえなかった。それでも、声をかけずにいられなかった。

 同じように、周鷲も虎碧のもとへと歩み寄ろうとしていた。

 その時だった。

 逆流となって郭政から逃げ出しているはずの天軍の中にあって、意気盛んに、

「天帝は斃れた。今こそ我らが天下を統べる好機」

 と逃げる兵をまとめ、再びの攻勢に出ようとしている一団があった。

 秦覇のもとにつどった百万、中に虎視眈々と玉座を狙う群雄がいたとして、何の不思議があろう。ましてや、まことの人として望むままに生きることを是とするならば。

 その将軍、羅巽らそんはまさに秦覇に面従腹背し、あわよくば、という野心を抱いていたが。よもやその好機がこうも早く訪れようとは。

 望外の喜びをあらわに、秦覇より預かっていた兵卒のほか、逃走する者たちを捕まえては自軍に組み入れて、その数をどんどんと増やし、その数は十万にもとどかんとしていた。

 また羅巽自身もその野心を持つに相応しい器量と度量の豪傑然とした人物で、自ら蛇矛を振い軍の先頭に立ち立ちはだかる者を片っ端からなぎ倒していった。

 一旦は逆流となって引いてゆくかに見えた怒涛から、また新たな第二波が押し寄せようとし。ただでさえ打ちのめされていた郭政の城兵らは、覚めるのかと思われた悪夢はまだ続くのかと思うと、身体の芯からどうしようもない疲労を覚えずにいられなかった。

「死するはいとわず、だが……」

 いいかたちで死ぬことは、出来ないことか。己だけならまだしも、多くの民草までがそんな目に遭ってしまうのはどうしようもないほど、無念だった。

 周思は歯軋りし、最後の決戦に挑もうとしていた。周鷲も周菊も、空路も南三零も、龍玉も長元も、心ある者たちは、第二波との戦いを最後にするため、自らの身命を賭して、敵を完膚なきまでに粉砕せねばならぬと、悲壮な決意を固めていた。

 それから無視されていたのが、秦覇のなきがらであった。が、怨み骨髄に達す者たちはせめてもの復讐に、どさくさに紛れて秦覇のなきがらを運び去り、滅多打ちにしながらこれを五体ばらばらに引き裂き、火をかけて燃やしながら、天に昇る煙にまで罵倒し石つぶてを放っていた。

 身体を貫く二剣も、粉々に打ち砕かれた。

 慕蓉麗は、あわあわと言葉にならぬ言葉を発し、その様子を見てもがき。劉晶は必死の思いでこれを抱きとめていた。目からは、とめどなく涙か溢れていた。

「おのれ」

 周鷲は剣を手に駆け出そうとしたが、それより先に虎碧が前に立ちはだかったかと思うと、周鷲の唇に、人目もはばからずに接吻をした。

 突然のことに驚く周鷲と周囲をよそに、虎碧は微笑み。

 羅巽の軍勢目掛けて駆け出した。

「虎妹!」

 龍玉慌てて後を追い、「女を頼んだぜ」と司馬良に頼むと長元もこれを追い、空路に南三零もお互いに頷き合って後に続く。


最終話


 修羅場は再び炎を上げて、両軍烈しく激突していた。だが後方にあって力を温存していた羅巽の軍勢に比べ、先に秦覇の天軍との戦いで疲労著しい郭政の城兵の不利は明らか。結局は落城を免れぬかと思われた。

「他愛もない。天は我に味方したぞ」 

 と羅巽大いに喜び、蛇矛振って周思の首を挙げんと血気も盛ん。

 周思に周鷲、周菊も最後の決意をもってこれに立ち向かおうとしていた。なによりも、虎碧が案じられてならなかった。周思ははじめて、周鷲と虎碧の仲を知り、もし生きながらえればふたりの婚礼も挙げようと思っていた。

 が、花嫁になる虎碧は風のように駆けて、小さくなってゆくばかり。ついには、修羅場の中に紛れ込んで消えてゆき、その姿を消した。

 それと時を同じくして、羅巽勢の兵卒らが途端にどよめいたかと思えば、その得物であったはずの剣が無数に浮き上がり竜巻となって、さえぎる者を斬り払い吹き飛ばしてゆくではないか。

「あれはなんだ」

 とさすがの羅巽も驚きを禁じえなかった。秦覇が碧い目の娘に討たれた、というのは知っていたが、小娘に討たれるなど、本当はたいしたことのないやつだった、と秦覇を見くびっていた。が、その娘の持つ力は本物で、秦覇を超えるものであったのか。

 とはいえ、今さら引くこともならず。

「ままよ、死ねばもろとも。こうなれば存分に暴れてやれ」

 と怖じるどころか、開きなおり、

「ものども、死ねや」

 と他は相手にせず、十万を一斉に、碧い目の娘に当たらせたのであった。

「虎妹、虎妹!」

「虎碧さん、虎碧さん!」

 龍玉と周鷲は必死の思いで、修羅場の中を戦い虎碧を捜し求めた。無数に宙に上がる剣は竜巻となって、修羅場を駆け巡る。そこに虎碧がいるのはわかっていても、分厚い壁に隔てられ近づくことは容易でなかった。

「竜巻ならあたしだって、負けはしないよ」

 と必殺技の昇龍女を放ち邪魔者を吹き飛ばすが、先の戦いで力を消耗しまっていたために、その勢いは分厚い壁を砕くにいたらない。

 そうするうちにも、十万のほとんどが剣の竜巻に迫りそれを押し潰そうとする。

「もう、馬鹿! なんであんた、わざわざ貧乏くじひくんだよ!」

 龍玉は血を吐くように叫んだものの、剣の竜巻は聞こえぬと遠ざかってゆくばかり。それも、さすがに十万の軍勢に一斉にかかられてか次第に小さくなってゆく。ということは……。

「虎碧さん、やめろ、やめるんだ!」

 周鷲は気が狂いそうな思いに駆られた。虎碧が、あの剣の竜巻の中にいて、ひとりで十万の軍勢を相手にして、傷ついてゆく。

 それでも、蛇矛を振う将軍に迫りとどまることはなかった。

(あいつが大将か)

 やつさえ討てば、と龍玉は蛇矛を目印にして羅巽を討とうとするも、やはり分厚い壁にはばまれ近づけない。

 その羅巽、竜巻が小さくなってゆくのを見て、得たりと勇み立ち。

「どけどけ。碧い目の娘は、俺が討ち取ってやる」

 と猛然と馬を駆けさせ、蛇矛を振い、虎碧に迫った。

 蛇矛が剣の竜巻に迫るのが、龍玉と周鷲にも見えた。

(あ、あれは羅巽か)

 辰朝廷内でも、得物の蛇矛を振えば鬼神も道をあけるとまで言われた猛将であった。またそれに仕える士卒もよく訓練され、大将と同じく勇猛で命知らずであり戦って死ぬことを喜びとしている風さえあった、そのため羅巽率いる軍は朝廷内において「喜捨命軍」の二つ名で呼ばれていた。

 それとともに、どこかひと癖もふた癖もありそうな人物であったが、この機会にその本性をついに顕したと見える。

 秦覇なきあと、己こそが天下人よという野心が、その血塗られた蛇矛を振うさまからいやでも感じられるのであった。

 皮肉なことに百万の軍勢は秦覇の信条が信条だっただけに、数を頼みにするしかなく、まとまりのない烏合の衆となっていたのが。数が減りこれをまとめやすくなり、また勇猛な大将に率いられることにより、先とは打って変わりまさに二つ名の通りの「喜捨命軍」となって、天軍よりも手ごわい敵となっていた。

 また大将の羅巽も天下を狙うだけあり、命を賭けて戦うこと秦覇以上の意気込みがあった。それだけに、その意気は士気を大いに盛り上げ、より引き締まったものとなっていた。

 兵卒らも、己の非道を振り返り、もう今さら後戻りする気もなく、羅巽とともに、勝って天下を取るか負けて死ぬかのふたつにひとつだった。それが、逆流を追うこと意気盛んだった郭政の城兵らの士気をいくらかでもくじき、あとへあとへと引かせていた。

 司馬良は慕蓉麗と劉晶を守りながら、かたずを飲んで、戦況を見守っていた。まさに伏兵あらわるであったと、かれでさえ思っていた。

 羅巽勇ましく竜巻に向かい、蛇矛を大きく振れば突風巻き起こって竜巻の一片を崩した。おお、という歓声があがる。羅巽の士卒の中から、我が大将なら、という期待が膨らんだ。

 いける。羅巽は確信し竜巻に突っ込めば。

 途端に剣の竜巻は勢いを失い、ばらばらと無数の剣が地に落ちてゆく。そこから、碧い目の娘が姿をあらわした。無手で、戦意はとうに失せたか、静かに羅巽とその得物である蛇矛を見つめている。

 その様はわからぬが、竜巻消えたことに、龍玉と周鷲ら、これに慌てたのは言うまでもない。もはや虎碧は、戦うことかなわぬ身となってしまったのであろうか。

 これとは逆に、羅巽大いに喜び。

「小娘、覚悟」

 とわめき、蛇矛の鋭い一撃。

 哀れそのか細き身、蛇矛の餌食となってしまうか。この乱戦の中、誰しもが、あるいは悲壮をもって、あるいは歓喜をもって、そう思い。

 鮮血ほとばしる様が脳裏をよぎった。

 だがそれに反して、蛇矛は空を切り。虎碧は宙に舞う。

 小癪な、と大きく蛇矛をふりかぶろうとする。が、宙舞う虎碧。己に迫る蛇矛の切っ先につま先を向ければ。まるで切っ先はつま先とすいつきあうようにして、蛇矛は、虎碧をのせてとまった。

 掲げられる蛇矛の切っ先に片足のつま先をのせ、もう片方は体勢を整えるために軽く膝を曲げ。もろ手はたれさがったまま。その冷たく光る碧い瞳は、静かに羅巽を見下ろしていた。

 この蛇矛の先の虎碧の姿は、周鷲と龍玉らにも見えた。その間、成り行きがとても気になってか、乱戦はにわかにしずまって。皆が虎碧と羅巽を凝視していた。

「虎碧さん!」

「虎妹!」

 たまらず周鷲と龍玉が叫べば、それに連なるように周菊に長元、空路に南三零の夫妻も、声を大にして虎碧の名を叫んだ。

 不思議なことに、羅巽は身動きが取れない。

 士卒らは不思議な思いに駆られつつ、背筋を冷ややかなものが走ってゆく。その不安のとおり、虎碧は力なく蛇矛から落下すれば。それにつられるように、羅巽も馬上より落ちた。

 どよめきが起こった。

 そしてまた乱戦が巻き起こった。

 周鷲や龍玉らはもちろん、郭政の誰しもが虎碧のことを案じた。だが乱戦の中、その姿を探すこともかなわず。誰も虎碧をみつけることができなかった。

 とはいえ、乱戦になろうとも、肝心の大将である羅巽は、甲冑の胸当てと胸骨をともに砕かれて絶命しており、いかに喜捨命軍といえども士気の低下は免れなくて。それ以後、士卒を鼓舞し軍を率いてどさくさまぎれに天下を狙う者も出ず。

 時が経つにつれて、次第に戦況は郭政側に傾いてゆき。

 ついには、敵はすべて背中を向け逆流となって引いていった。

 もう第三波となって押し寄せるものがないとわかると、

「万歳、万歳、万々歳」

 という、万歳のどよめきがどこからともなく轟きだした。あるいは友人家族のなきがらに向かい、かたきをとったことを涙ながらに訴える者の姿の方がより数多く見受けられ。むしろ、喜びよりも、悲しみの方が大きく郭政の街を包んでいた。

 敵の総退却を知った太守邸宅でも、喜びの声をあげるものは少なく。悲しみの涙を流す者が多かった。

 殷華ら娼婦たちも、そうだった。

 殷春は虫の息となった若い門番を膝枕して、介抱していたが、容態は悪くなる一方であった。医の心得のあるものがその様子を見て、もうだめだと首を横に振ったが、殷春はあきらめず、優しくあやし、優しく声をかけていた。

 若い門番も、虫の息ながら、自分が今殷春に膝枕してもらっていることをわかっているようだった。だが、自分の容態は自分が一番よくわかっている。

「あんた、女を知ってる?」

 と、殷春はだしぬけにそんなことを言った。

 若い門番は、虫の息ながらも驚いて。そのおかげか、少し意識を取り戻し、少し目を開き、頬を紅くして腕の中で首を横に振った。すると、彼女は門番の腕を掴んで懐にねじ込み、自分の胸に触らせた。

「な、ほら。女の胸ってやわらかくて、触ると気持ち良いだろう。生きてたらこれが味わえるんだよ」

 殷春は若い門番に自分の胸を触れさせ、必死に語りかけている。

 しかし門番は微笑みをたたえると、また目を閉じた。殷春驚いて力が抜けると、掴んでいた手は、するりと抜け、床に落ちた。 

 若い門番は、殷春の腕の中で、安らかに眠っていた。

「しっかりしろよお、生きてたらやらせてやるから、死ぬんじゃないよお」

 ぼろぼろと涙こぼれ落ち、それは門番の頬にも落ちてはじけた。 

 董夫人も涙を流し、勝利の中にあって、静かに悲しみの中に身を置いていた。

 一方。万歳の轟きを耳に、劉晶は白痴のように腑抜けとなった慕蓉麗を抱きしめ遠くを見つめて、唇を強くつぐんで涙を流しつづけ。司馬良も同じように、万歳の声を背にして、遠くを見つめていた。

 今ほど、万歳の声を空しく聞いたこともなかった。

 いや、それは周鷲や龍玉らも同じかもしれない。

 敵味方のしかばね無数に転がる中を、声をからして虎碧の名を呼びその姿を捜し求めていた。だが、一向に見つかる気配がなかった。

「なぜだ、なぜだ」

 周鷲は、虎碧が見つからず、苛立ちにまかせて、「なぜだ」を繰り返していた。龍玉はたまらず、ともに捜してくれる長元の胸にすがって泣きわめいていた。

 その嗚咽を聞いて、崩れ落ちるように膝をつき、雲流れる空を見上げた。

 空を覆う雲は思い思いの姿で流れてゆくが、層がうすくなったか、太陽がその輪郭をおぼろげに、流れる雲に映しだした。が、この、今ある地上の惨状を見たくないのか、それ以上の姿を見せることはなかった。

 それを見上げながら、周鷲は、

「碧児……」

 と、ちいさくつぶやいた。


龍姉虎妹演義 完

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