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プロローグ

今なら、セミの気持ちがわかる気がする。


決められたわずかな時間で愛を叫び、交わり、命をつなぎ、

そして一週間ほどで、あっけなく散っていく。


別に、私の人生が一週間で終わるわけじゃない。

ただ、“一週間”という時間の短さを、今さらみたいに痛感しているだけだ。


最初はきっと、夢みたいに甘い。甘かった。

でも残り一日、二日あたりから、逃げ場のなさに気づいて、行き詰まって、息ができなくなるだろう。

なら、私は今、どれくらい行き詰まっているのだろうか。


倫理や正しさを置き去りにして、

旅館の一室で、触れてはいけない人の体温を確かめている自分は。


爪先が畳を蹴っている実感は確かにあり、圧迫感が唇を押している。

でも、その感触は驚くほど柔らかくて、

触れて、ほんの少し吸い込まれるだけで、頭の中が漂白されていく。


その隙間から漏れ出す声。

私を呼ぶ名前。

それだけで、背中に鳥肌が立つ。

お互いの立場が脳裏にちらつくたび、寒気に近いものが走る。

なのに、その寒気の中心を、人肌の温もりが駆け抜けていくものだから、

私は寒暖差に耐えきれず、肌で悲鳴を上げていた。


私は既婚者で、帰る場所があって、夫がいて不倫で。

向こうは来月結婚予定で、式を控えていて、彼氏がいて初恋の相手で浮気で。

よくもまあ、ここまで破滅の条件を揃えたものだと思う。


私には、あなたより大事なものがある。

あなたには、私より大事なものがある。

それなのに。


この時間が、一生続けばいいのに。

どうか、この夜が朝にならないで。

強く思うほど、願うほど、

赤い秒針はそんな私を嘲笑って。

この時間を吸い取っていくだけ。

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