妥協
実に晴れ晴れしく活気盛んな春。美しい色を装って、満開に咲いた桜の並木がこの私を歓迎し、彩ろうとしていました。でもそれも今となっては少し昔の話。あのとき感じた不安や期待は形を変え、より一層私に負荷をかけてきます。
東京都でも埼玉県に隣接する足立区の庶民的な地域に住んでいた私は、大学の医学部に進学するために利便性を考慮して、港区とは言ってもかなり安いアパートで一人暮らしの生活をしていました。
それは誰もが想像する都会の東京にやってきた気分で、「上京」と言っても過言ではありませんでした。しかしながら、それまでの親しい友人は一人だって大学にはいなかったので、新生活に胸を高鳴らせてばかりでもいられませんでした。
そんな大学生活を乗り切るために私は遂に見つけました。日和見主義というマスクを。これを被ることによって「主」はどこかへ幽閉され、私は自己と対することなく染められていく。彩られていく。まるで自分が自分でないみたいに変わっていく。そんなふうになれればきっと楽だったんでしょう。一度被ると剥がれなくなってくる。新名の言っていたことが今ならわかるかもしれません。
私は様々な人になるべく声を掛けるようにしました。どこの誰に「上辺だけの関係」だとかくだらない陰口を叩かれても構わない。たとえどんなに面倒くさくても、価値観が違えど、いつか裏切られようと分かっていたとしても構わない。それほどまでに私は「友達」という存在に飢えていました。別に誰でも良かったのです。
入学してから一年と経つ頃には、いつものように決まった仲間たちとそれとなく話し合い、それなりに楽しんで、それなりに盛り上がる食堂。それなりにでも楽しめたなら十分だったのかもしれません。あまりにも高望みだったのでしょう。
食う飯もうまくなれば、それなりに充実もしている。私たちはいつも行動を共にし、当たり障りのない話をしては馬鹿にみたいに騒いで爆笑していました。そんなに面白いことなのか? そんな自問自答をする暇もなく、ただただ愉しい雰囲気に飲み込まれ、私はその激流の中を流されるがままに不細工な格好で泳いでいたのでした。
周りの学生たちが私たちの方を見る。それは一人でいるからではありません。愉しそうに見えるからなのです。そんな憧れにも似た嫉妬や軽蔑の眼差しを私は快く受け入れていました。
当時の私はそれだけでも十分に満たされていた。毎日が楽しかった。充実していた。なにより新しかった。今までとは異なる新鮮な生活。そうしてようやく手に入れることができた、腐りかけの血を潤してくれる光を。
これが私の導き出した一つの答えでした。ひたすらに苦労をしました。周りの人間が自分なりの答えを見せびらかす中で、私だけは俯いたまま何もできずに思い悩んでいました。
そんなときに大きなヒントとなったのが「妥協」でした。妥協を覚えたおかげで導き出せたと言っても過言ではありません。未来への妥協。理想への妥協。そしてなにより自分自身への妥協。挫折し、失望し、無力さに浸る。私はそうやって変わりゆく中で、マスクが肥大化し、成長していく様を内心恐れていたのです。私はできる限りの心配をしました。果たしてこの判断は正しいのか。今の自分は間違っていないのかと。その答えは曖昧なものでした。しかし、どうやら破り捨てなければならないらしい。そう思った決定的な出来事が起こりました。




