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自己融解

中学の頃。

体育でやった剣道の授業。


大したことなどありません。

人のいないところで剣道の竹刀を振り回したまでです。

少なくとも私はその程度に認識していました。


ですが、それを見た先生は激怒しました。

私は薄ら笑いを浮かべて突っ立っていました。

なんとも皮肉なガキだったことでしょう。


胸ぐらを掴まれてのお説教が始まりました。

まあ説教というほどの賢いものでもありません。

先生は私を叱っていたのではなく、

私に向かって“怒り”という単純な感情を、

気の向くままにぶつけていただけなのです。


実に本能的で、人間らしい。


私はその後、ジメジメとした蒸し暑い体育館の中で、

先生にしっかりと怒られてしまいました。


その理由はおそらくこうです。

私が当時の友人たちと彼の悪口をよく話しており、

おまけにノートにそれを書いて回していました。

それがどうやら先生の耳に入ったということです。


やはり問題は竹刀を振り回していたことなどではありませんでした。

そんなことは言いがかりに過ぎず、

その瞬間、私の胸ぐらを掴んできたのは、

自分を守るためのきっかけだったのです。


それにしても、他人の悪口というものは盛り上がります。

どうしてあんなにも愉快なのでしょうか。

そんなことに気づくはずもなく、考えることすらなく、私は怒られていました。


「俺のどこが嫌いなんだ。言ってみろ」


私はひたすら沈黙しました。

先生のことが嫌いだから悪口を言った――

だなんて見当違いも甚だしいのです。


私たちはただ、悪口を言いたかったから言っていた。

というだけなのです。


私はずっと先生の目を黙ったまま見ていました。

それでも繰り返される似たり寄ったりな質問の数々。

そんなに嫌われたくないのですか、と言ってやりたかったものです。


先生は自己愛に満ち溢れていました。

生徒は見習わなくてはなりません。


はあ。

黙ってばかりいては駄目だ。

このままでは埒が明かない。


そこで私はとうとう口を開きました。


「厳しいところが苦手です」


そう告げると、先生は困惑していました。

それも無理はありません。

先生はちっとも厳しくなんかなかったのですから。

やや感情的なだけです。


それなのに私は彼に、

『厳しい先生』というレッテルを貼ってやりました。


これは大変なことです。

なぜなら、ありもしない自分の評価が勝手に下され、

それが理由で「苦手です」とまで言われてしまう。

こんなにもいい加減な話はありません。


私は再び怒られることを覚悟しました。

いつも余計な一言が口を走る。

ああ、言わなければよかった。

そんなふうに思うことが何度あったでしょう。


しかし先生は、思いのほか納得した表情でした。

馬鹿げています。

大好きな自分のことを、まったくわかっていないではありませんか。


人間は他人から指摘された性格を、

無意識のままに受け入れてしまう傾向があるようです。

先生は自分で自分のことを厳しいと、

ある程度自覚していたのでしょう。


そうして先生は気が済んだのか、


「さっきは悪かったな」


と、私の頭をポンポンと叩きながら、

笑顔で接してくれました。


長くて憂鬱な時間がやっと終わり、

私はほっと肩をなだめました。


そもそも、そんなにも他人に嫌われたくないものなのでしょうか。

誰からも好かれ、すべてを好かれてしまうような人間は、もはや人間らしくありません。


だからといって、私は人間らしくあろうと思っているわけでもありません。

そうならざるを得ないのです。


――――


私には親友と呼べる人間が少数人いました。

そのうちの一人は、とても頭がいいとは言えず、

なんというか形がないというか、

自分というものがまったくと言っていいほどありませんでした。


しかし、それこそが彼なりの個性でもあって、

それがまたどうやら良い方向に働くのです。


なんと言っても、自分の色がないものですので、

どこへ行ったってその場に合う色に染まることができる。


周りの環境が与える人格への影響というのは非常に大きなものですから、彼の所属する環境次第では、彼は何にでもなれたのです。


その点、私には当時からそれなりに自分の色というものがありました。


ですがそれは、はっきりとした純色などではなく、

いくつかの色が混在したような、

お世辞にも綺麗とは言えないようなものでした。


そんな私に対して、彼はコロコロと次から次へと、

濁りのない色へと変わっていくのです。


彼と一緒にいると、なんだかいつも劣等感を覚えました。楽しい会話は好きなんです。


話をしていてもこんなに楽しいはずなのに、

全然楽しくなんかない。


余計なことを言ってしまうのでは足らず、

余計なことまで考えてしまう癖が多々ありました。


誰かに褒められたとしても、

それを素直に受け止められず、

内心どう思われているのやら、と考えると、

途端に怖くなったりするのです。


また、私にとって他人の自慢話というのはとても恐ろしいものでした。

本人にはそういうつもりがなかったとしても、

私にはどうしても自慢に聞こえてしまう。


なんという病。

恐ろしい。


それにしても、彼はいつも私の意見に共感してくれました。


そんな付和雷同的な彼の定姿勢からすれば、

私は裸の王様になりかねない危険性を含んでいましたが、それでも話を聞いてもらいたかった。


なぜ彼が人からそれほど嫌われることなく、

むしろ好かれてしまうのか。

その理由が、なんとなく分かった気がします。


私の中で「主」の存在は絶対ですので、

そのような真似は決して許されませんでした。


羨ましいと思ったとしても、

なりたいとまでは思えないのです。


どんなに肝胆相照らすような仲であっても、全てを共有し、全てを分かち合えるわけではない。


彼はよく言いました。


「どうかした? 何かあった?」


「いや、別にいつも通りだけど」


私は決まってそう答えました。


彼の目に私はどう映っているのだろうか。

非常に興味がありました。


彼はよく、私の性格を決定づけようとしてきました。

所謂“レッテル貼り”です。


「太陽って頑固なところあるよな」とか、

「お前って人見知りだよな」とか。


確かにどれも当たっていますし、

わざわざ否定するほどのことでもありません。


ですが、たかがそんなゲームで“お前のことをわかっている”だなんて思われても困るのです。


私の色は、一概に何色とははっきりと言えません。


なので、そこで頑固だとか、人見知りだとか言うのは、紫色を紫色とは言わずに、赤だの青だのと言っているのと同じことなのです。


私の主観では捉えきれない“私”が彼の中には間違いなく存在していて、彼が自覚していない、色んな人に上塗りされては変化していく透明な彼が、

私の中には存在していました。


できることなら一度、それらを共有してみたかった願望もありますが、高望みはしません。


ただの他人では済まさず、

親友として、笑って楽しい会話ができれば、

それだけでも十分でした。


そこで私は、近くに安い回転寿司のお店ができたそうだったので、彼を一緒に食べに行くよう誘いました。


「なあ日村、寿司食べに行かない? 寿司」


そう言うと彼はすぐに笑顔を見せながら、


「俺さ、寿司大好きなんだよ。行こう」


寿司が好きだなんて初めて知りました。


普段は何が好きかと問うても、上の空を見ながら「うーん」としか言わないくせに、こういうときに限ってはっきりと答えるようになります。


彼は十分過ぎるまでの色をすでに持っていました。

たとえそれが透明であったとしても、

彼が人と繋がっている以上、それはそれは混じり気のない、煌びやかな存在感を解き放つのです。


しかし、ただひとつだけ全く分からなかったことがありました。


「ねえ、私と一緒にいるときの君は何色?」


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