表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はお兄様を愛している  作者: こつめ
Interlude‐Ⅰ 不慮

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/33

acte,Alma

 アルマは物思いに耽っていた。


 先程アーガン伯爵家のタウンハウスから父に送られ、ティアナと共に家へ帰ってきた。夕食を食べ、はしゃぎ疲れて眠るティアナを傍に置いた丸椅子に腰掛け見つめる。今日の昼過ぎ、家に突然訪ねてきたベントリーを見て気が狂いそうになった。すぐにあの夜、控えていた侍従だと分かった。


 とうとう見つかったのね、もう終わりだわ。


 そう思った。脅され、ティアナだけは守らなければと覚悟を決めた。外に出て馬車と御者を見たら、父がいつも連絡係に使うものだと気が付いた。ならばアーガン伯爵家のタウンハウスに父もいる、そう気が付いたから何とか頑張れた。現れたエリオット・アーガンが現当主だと名乗った瞬間、信じられなくて戸惑ったし未だに現実味はないけれど。


 そっと息を吐きティアナの髪を撫でる。


 いつ。

 一体いつ私の運命は変わったのだろう。


 ふふふっと笑いが漏れた。


 本当は分かっている。

 王都大教会隣の王都庭園。

 小さな温室。

 寂れた四阿。


 8歳のあの日、私は天使に出逢った。


 来る日も来る日も淑女教育を受ける日々。2歳から5歳まで母方の祖父母の元で暮らし、8歳まで父と国内を旅したアルマは自由に暮らすことしか知らなかった。息が詰まって仕方がないけれど、自分が貴族令嬢で果たす役割があることは理解している。でもどうしても辛くて我慢できない日があって、そんな日はバルクに八つ当たりするか、執事に頼んで王都大教会へと出かけた。侍女と護衛がつくけれど、礼拝室では一人になれる。清らかで静謐な空間はアルマの心を慰めてくれた。そうして王都大教会に通ううち、知り合った平民の子に教えてもらい礼拝室から、こっそり抜けて王都庭園に入ってみたのだ。「平民と仲良くしてはいけません。身分差を理解することは、自分も相手も守るのだから。」そうガヴァネスから教わっていたアルマは、平民の子と話したことを誰にも言わなかった。それから、たびたび王都大教会へ通った。実際には礼拝室から、こっそり抜けて王都庭園に行く。偶然見つけた人気のない小さな温室、その中にある寂れた四阿で過ごすのがお気に入りだった。そこで出逢った、泣き虫で可愛くて優しい秘密のお友達。青い長衣に金糸の飾り縫いがされた祭服を着て艶やかな(つるばみ)色の髪と(とき)色の瞳を持つ姿は間違いなく天使に見えた。もっともお友達からは「天使じゃないよ。」と困った顔をされたけれど。


 いつしか淑女教育にも慣れ、刺繍とダンスが得意だと言えるようになってもアルマは王都大教会に通った。そんな日々のなか優しかった母方の祖父母も老衰で次々と亡くなり、アルマはますますお友達を心の拠り所とするようになった。そうして日々は過ぎ学校を卒業した日、父から結婚相手を決める為、一年の猶予を与えられた。あと一年経ったら相手が誰であれ、お友達とは逢えなくなる。だって貴族じゃないから。15歳の夜、父からの最後通牒にアルマは一人、ベッドの中で泣いた。父は言わなかったがアルマが相手を見つけなければ、バルクと婚姻することになるだろう。父がバルクに目をかけているのは知っている。アルマだって別に嫌いじゃない。ただ想像出来ないのだ、夫となったバルクの隣に妻として立つ自分が。


「一年あるから……お別れまで笑顔でいよう。」


 そう一人心に決めて、それからを過ごした。父に罪悪感はあったし、騙している侍女や護衛にも申し訳ないと思ったけれど、この一年で最後だからと心の中で必死に言い訳をしながら王都大教会から王都庭園へ通い続けた。アルマの願いは叶い、忘れられない大切な思い出を胸に、迎えたデビュタント。全てが砕け散り粉々になった自分を再び拾い集めてくれたのは、産まれてきたティアナだった。


 愛しい愛しいティアナ。

 大切な私の娘。

 この子を守りたい。


 自分に何が出来るだろう、と考える。ティアナが流行病に罹った時、アルマは何も出来なかった。父が薬とお金を援助してくれたおかげで、娘は助かったと今でも思っている。父と連絡を取る時だけ、訪れる教会。デビュタントを迎えるあの日まで通った、あの王都大教会とは違うけれど。教会と言う場所へ思いを馳せるだけで記憶の蓋が容易に開く。お友達はどうしているだろうか?元気だろうか?時折見せる困ったような笑顔が大好きだった。


 大切な大切な。私のお友達。

 最後に渡した茶色いサテンのリボン。

 心を込めて刺した、四本のピンク色をしたマーガレット。


 髪を撫でる手を止め、ぼんやりと両手を見下ろす。平民として生活するようになり、ひっそりと出来る仕事は繕いものばかりのお針子くらいで。色鮮やかな刺繍糸など十年以上、手にしたことはない。たくさんのものを失い続けながら逃げ惑う日々が今日、唐突に終わりを告げた。だからこそ、これからどうやって生きて行けばいいのか突然過ぎて分からない。表向きアルマは他国で療養し、そのまま移り住んでいることになっている。当然王都の下町に子連れで住んでいたらおかしいのだ。だから間違っても食堂や市場で働いたり出来ない、働けるかどうかは別として。結局、自由を取り戻しても自分一人でティアナを守り育てる手立ては何も思いつかなかった。


 ただ一つだけ、はっきりしていることはティアナを幸せにしたい。その為には何でもしようと言う気持ちだけだった。

【ガヴァネス】

・貴族令嬢に付く女性の家庭教師

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ