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私はお兄様を愛している  作者: こつめ
本編第1章 邂逅

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 中庭で声を上げて遊ぶティアナを見つめるアルマが、こちらに意識を戻すまで。エリオットは紅茶を飲みながら静かに待った。カーリア男爵がアルマの手にそっと手を乗せ促すと、戸惑ったようにエリオットへ視線を向ける。


「はじめて訪れた場所で、娘から目を離すのは心配でしょう。」

「はい。お心遣い、ありがとうございます。」

「今からする話を、ティアナに聞かせるには少し早いかと思いまして。」


 許しも得ずに何度もティアナと呼んでいるが、アルマはどう思ったか。エリオットがカップ越しに見返すと、予想通り眉間が僅かに寄っていた。素直な人だな、と思った。髪も瞳も焦茶。つぶらで大きく少し吊り目がち。ティアナはどちらにも似ていない。会うのはもちろん初めてだが存在を知って一年、今まで報告を受けていたからか。


 距離感を誤ると警戒されるな。


 だんまりで答えないアルマに、エリオットはカップをソーサーに戻すと姿勢を正し頭を下げた。


「前当主、クリス・アーガンに代わって謝罪する。人道にもとる行い、申し訳ない。」


 息を呑む気配がした。当然だろう。18歳と年若いが、エリオットはアーガン伯爵家当主だ。今現在このタウンハウスの中で最も身分が高い。当然誰に対しても、頭を下げることなどあってはならない。


「頭を上げてください!」


 悲鳴のようなアルマの声で、エリオットは姿勢を戻した。


「許しを強要するつもりはない。許されなくて当然だと思っている。ただ出来ればあなた方が知らないだろう、その後の話と、これからの提案を聞いて欲しい。」


 カーリア男爵には先触れで「処理した。」としか伝えていなかったので、改めて二人に詳細を話し始める。


「まず、始めに。今現在この屋敷に父はいません。」


 エリオットが明言したことで、カーリア男爵もアルマも僅かに息を飲んだ。次いでそれぞれ安堵の溜め息を吐き、手を握り合う。心なしか肩から力が抜けたようだった。


「私があなたとティアナのことを知ったのは、今から一年ほど前でしょうか。父から直接聞きました。」


 しっかりとアルマを見つめる。


「名前と年齢、あとは王都の下町にいる、と。聞いたのはそれだけで父はその後すぐ、領地に戻ってしまいましてね。仕方がないので彼から話を聞きました。」


 そう言ってベントリーを見やる。


「父があなたとティアナを見つけたのは、今から二年半ほど前だそうです。偶然王都の下町で見つけた、と。」


 何か心当たりはあるかと意味を込めて、アルマに視線を戻す。アルマは、がたがたと震えながらカーリア男爵の手を、ぎゅうっと握りしめた。


「そんな……。だって……確かその頃はティアナが流行病に罹って間もない頃です。私はずっと娘に、かかり切りでした。」


 震える唇を何とか開こうとする。


「外に出るのは教会に行くくらいでした、父から手紙や薬とか……。その……色々援助してもらう、やり取りで出かけるくらいで……。」


 肩を窄めて俯くアルマの手を、カーリア男爵は守るように両手で包んだ。父が言ったことが事実なら、看病でティアナに付きっきりだったアルマが教会に向かうところを偶然見かけたと言うことになる。


 無理があるな。やはり誰か雇ったか?あとで調べるか。


「前当主の接触がなかったのは、ティアナが臥せていたからですね。」


 カーリア男爵が確認する。


「そうです。見つけた当初は、お二人を領邸に連れ去ろうとしたようですが罹患を知って保留にしました。その後、急に母が亡くなった為、計画を変更したようです。屋敷を建て、隠居して三人で暮らそうと考えていたようですよ。」


 一息に言い終えると、震えていたアルマの表情が一気に抜け落ちた。対してカーリア男爵は怒りで顔を赤らめる。あの夜会の翌々日からエリオットは父に監視を付けた。予想通り父がベントリーに屋敷を建てるよう命じた為、表向き従うよう指示を出し実際には、ゆっくり時間をかけて小さな平屋の屋敷を建てさせた。すぐに常駐させる監視兼世話役の使用人二人と騎士一人で構成する班を三つ作って準備する。父が移り住む時に交代制で常駐させる為だ。新しい屋敷を建てている間、父には運び入れる調度品を選ばせた。完成まで定期的に、どの程度進んでいるのか報告させる。それから優先順位の低い案件を選び、領地経営にも励んで貰った。そうやって適度に忙しくさせ、どうでもいい、さして重要でもないアルマとティアナの情報を小出しに与える。そうこうするうちに父が我慢できなくなり、二人に会いたいと溢すようになった。ベントリーには「ならば爵位を譲って身軽になってからではどうか。」と耳打ちするよう指示した。


 あっけなく「爵位を譲る。」と手紙が着たので手続きを済ませてすぐ、ベントリーを領邸に向かわせた。手配してあった専属医師から睡眠薬を処方させると父に服用させ、眠っている間に念願の屋敷へ運び込み、今はそこで強制的に蟄居させている。常時倦怠感が抜けないよう投薬しながら生活させているので、馬は疎か馬車にも乗れない。どう頑張っても屋敷からは出られないようにしてある、と話した。


 エリオットは話し終えると、紅茶をゆっくりと飲んだ。少し冷めてはいるがベントリーにはティアナを見てもらっている。飲み終わってソーサーに戻すと二人を見つめた。自分としては出来うる限り対処したつもりだが、最優先事項はアーガン伯爵家でカーリア男爵とアルマが納得するかどうかはまた、別問題だ。


「本当ですか……。」

「もう、逃げなくてもいいのですか。」


 カーリア男爵に続いて、アルマが涙をこぼしながら茫然と呟いた。


「はい。万が一屋敷を抜け出すようなことがあっても、当主権限で領地から出ることを禁止しています。」

「どうやって……。」


 カーリア男爵が信じられないと首を振る。


「精神的に病んでいることにしました。早くに私へ爵位を譲ったことの理由にもなる。」

「なるほど……。しかし王都では噂にすらなっていないようですが。」

「理由が理由なので。領地でしか公表はしていません。いずれ領地を出入りしている商人あたりから漏れるでしょうが、少しかかるでしょう。」


 どうやらカーリア男爵にとってもアルマにとっても納得できる結果だったらしい。エリオットはここにきて初めて、うっすらと口角を上げた。彼にとっては、今から二人にする提案の方が今日の本題だ。かと言って何も今すぐ結果が欲しいわけではない、布石を打つだけでいい。


「さて、ここからは提案です。できれば受けていただきたいが、無理強いするつもりはありません。この場は非公式でもありますので、断ったからと言って咎めることもない。」


 できる範囲でアーガン伯爵家の為に動いただけだ。二人に感謝されるようなことをした訳ではないのだから。それでも父を排除したことに、二人が少なからず恩を感じている今なら。


 二人が不安そうに、お互いを見やる。


「どういった話でしょう。」


 カーリア男爵が応えアルマの手を安心させるように、ぽんぽんと宥めた。アルマの涙もいつの間にか止まり、焦茶の瞳は不安に揺れている。


「アルマ嬢に予備爵を譲りたい。」


 アーガン伯爵家には、予備爵がある。一つだけだが亡き母が持っていた子爵位だ。誰も継ぐものがいなかった為、国に返還されていたが申請すれば再び受け取れる。但し条件がある。国が返還に応じ、預かるのは最初の一度だけ。同時に領地は没収される。申請して預けていた予備爵を再度受け取れば、不測の事態で継ぐものがいなくとも二度と国は返還に応じない。その時は自動的に予備爵は消滅する。また、国に返還された時に没収された領地は申請しても受け取れない。つまり税収で暮らすことも出来ない。正しく名ばかりの爵位。だが使いようはあるのだ、今回のように。


「あの、なぜ私に予備爵を?」


 アルマがカーリア男爵の手を、しっかりと握り訊ねてくる。エリオットの意図が読めなくて、困惑しているようだった。あまり色々言っても不信感が増すだけだろう。気になる、今はその程度でいい。全てを話す必要はない。エリオットは軽く頷くと、アルマに向かって話しかけた。


「申し訳ない。提案するにしても、性急過ぎましたね。」

「いえ。ただ、そこまでして頂く理由がよく分からなくて。伯爵様がもし、謝罪の気持ちで申し出て下さったのなら……。ありがたいのですが身に余ります。」

「理由、ですか。少なくとも謝罪の気持ちで慰謝料がわりに譲ると申し出たわけではありません。受けていただければ私にもメリットがある、と判断したから申し出た。ただ、それだけです。」


 努めて軽く話す。この話は一旦終わりにしよう、と意味を込めて。アルマは面食らったようだが、隣のカーリア男爵は考え込んでいるようだった。そのまま視線を外し、ベントリーを見やる。視線に気づいたベントリーが中庭へと向かった。


「アーガン伯爵。今日は娘と孫に会えるよう取り計らっていただき、ありがとうございました。」


 一つ息を吐いたカーリア男爵の声に、エリオットは応えた。


「いえ。元々こうなったのは当家の責任です。この場を設けることができて、多少でもお役に立てたのであれば良かった。」

「感謝します。今日はこのまま、二人を送りたいと思います。」

「分かりました。今後何かあれば遠慮なく仰って下さい。出来うる限りお手伝い出来ればと思います。」

「はい。」


 エリオットが立ち上がって中庭に視線を向ける。追ってカーリア男爵とアルマが立ち上がると同時に、ティアナがベントリーに連れられ戻ってきた。腕の中には丸々と太った白い仔犬が抱かれており、アルマが困ったようにティアナの顔を覗き込むと言った。


「ティアナ。仔犬さんとは、ここでお別れしましょうね。」


 寂しそうにティアナが頷く。そのまま、また中庭まで向かうとベンチの横にそっと置いて名残惜しそうに、何度も振り返りながら戻ってきた。


 犬は有効だったな。


 どうやらティアナは犬が気に入ったらしい。取り込むために用意して良かったと思った。その後、三人はカーリア男爵家の馬車で帰って行った。見送りを済ませたベントリーが、応接室に戻ってくる。エリオットはティアナが置いたオレンジジュースのグラスをテーブル越しに眺めていた。


「どう思う。」

「はい。印象だけですが、似ておられないかと。」

「ああ、そうだな。」


 そう。ティアナは父にもアルマにも似ていなかった。しかしそれを言えばエリオットも両親に似ていないのだ、一概には言えない。


「調べる必要がある。」


 さて、どこから始めるか。当事者は父とアルマだけ。ベントリーは父から話を聞いただけだ。ただ、妊娠の時期は合う。さて。


 まずはデビュタント前後。アルマの周辺を洗うか。

【予備爵】

・継承する爵位とは別に相続などで譲り受け保有する爵位のこと

・子爵位や男爵位が多く、稀に伯爵位もある

・通常次子以降に与える場合が多い



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