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私はお兄様を愛している  作者: こつめ
本編第1章 邂逅

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 ティアナが母と共に馬車を降りると、目の前の重厚な玄関扉がベントリーによって開かれた。進められるままに広いホールへ足を踏み入れると、上階へと至る大きな階段と煌々と光るシャンデリアに迎えられる。呆気に取られながらも手を繋いでいる母を見上げると、硬い表情で立ち尽くす母はベントリーの背中を見つめていた。


「こちらでございます。」


 ベントリーが振り返ると、母がティアナの手を引いて先を促した。周囲には誰もおらず人気がない。そのまま黙って歩く母の手は、だんだんと冷たくなりティアナは握られた手に力を込めた。


 お母さんの手は、いつも温かいのに。

 その手が今は、こんなにも冷えてる。

 きっと怖いんだ、私が守らないと。


 くいっと手を引いて立ち止まり母の手を両手で包む。と、強張っていた母の肩が揺れ、ティアナを振り返った。ぎこちないながらも微笑みを浮かべてくれる母を見上げる。


「ありがとう、ティアナ。」


 まだ顔色は悪いけど。

 手だって冷たいけど。

 でも私を見て笑ってくれた。


「大丈夫だよ、お母さん。」


 次の瞬間、母が泣きそうな顔になった。この先に何があるのか。誰がいるのか。分からないけど母とは絶対離れない。


「ずっと一緒だよ。」


 ベントリーに案内され応接室へ入ると、そこには目尻に笑い皺が刻まれた優しそうな男性が居た。所在なげに、うろうろと歩き回っていたらしく入室した母とティアナを見ると、ぴたりと立ち止まる。言葉もなく見つめてくる男性の瞳は段々と潤み、遂には肩を震わせ声もなく泣き出した。母を見上げると、同じように泣いている。


「アルマ!あぁ、アルマ!」

「お父様……!」


 男性が泣きながら駆け寄る。ティアナと手を繋いだまま立ち竦んでいた母を優しく抱きしめて、男性は声を詰まらせた。


「会いたかったよ、アルマ。愛しい娘。」

「私もよ、お父様。」


 お母さんが泣いてる。だけどすごく嬉しそう。あと、お父様って呼んでる。じゃあ私の、おじいちゃんなのかな?


 男性は抱擁を解くと、母とティアナをソファに座らせてくれた。自分は母の反対隣に座り、ハンカチを出して母の頬を拭っている。


「ありがとう、お父様。もう大丈夫よ、紹介させて。この子がティアナよ、私の可愛い娘。」

「はじめまして、ティアナです。おじいちゃんって呼んでもいいの?」


 じっと見つめる。また、男性の瞳が潤み始めた。今度は自分の頬をハンカチで拭いながら母越しに手を伸ばし、ティアナの頭を優しく撫でてくれる。


 温かくて大きな手だ。

 お母さんと私を守ってくれる手だ。

 何故だかそう思った。そうしたら何だか、たまらなく嬉しくなって思わず笑った。


「ああ。おじいちゃんって呼んでおくれ、ティアナ。私の可愛い孫。」

「うん!」


 やっぱり優しい。会ったばかりなのに、もう大好きになった。


*****


「久しぶりの再会に水を差して申し訳ない。挨拶をさせて貰っても良いだろうか。」


 三人で笑い合っていると、硬質で平坦な声が応接室に響いた。振り返ると開け放った扉前に、男性が立っている。どうやら話に夢中になっていて、ノックが聞こえなかったらしい。慌てて、祖父と母が立ち上がる。釣られてティアナも立ち上がったが誰だか分からない上に、なんだか怖い。


 表情がないのだ、抜け落ちたように。そのせいで精巧に作られた彫像のように見えて人間味がない。


 自然と母のスカートにしがみつき、隠れるように後ろへと回る。男性の後ろにベントリーが控えてるのを見てティアナは思わず「旦那様?」と呟いてしまった。家を訪ねてきたベントリーが「旦那様がお二人をタウンハウスにてお待ちです。」と言っていたからだ。けれど男性はティアナの呟きには反応せず、黙って一人掛けのソファまで歩いてきた。すっと流れるように祖父へ右手が差し出される。


「ご健勝のようで何よりです、カーリア男爵。お待たせして申し訳ない。」

「いえ。お招き頂き、ありがとうございます。アーガン伯爵。」


 握手を交わす二人をティアナは母の後ろから、そろりと顔を出して見つめた。男性は手を解くと今度は母に向き合う。


「はじめまして、アルマ・カーリア様。私はアーガン伯爵家当主、エリオット・アーガン。まずはあなたに謝罪を。この度は当家に何の説明もなく、お連れして申し訳ない。」

「いえ……。その……。はじめまして、アーガン伯爵様。私のことはアルマと。家名は……ありませんので……。」


 母が助けを求めるような視線を祖父へ送った。一方祖父は固い表情で男性を見つめている。視線を受けて男性は軽く頷くと三人に席を勧めた。


「おかけ下さい、今から込み入った話をさせて頂く。」


 自らゆったりと腰掛け、控えているベントリーを見やる。心得たベントリーがワゴンに近づき準備を始めた。三人がそれぞれ元の位置に腰掛けると祖父の前に置かれていたカップはソーサーごと取り替えられ、新しい紅茶が置かれた。母には紅茶、ティアナにはオレンジジュースが置かれる。


「どうぞ。」


 それだけ言うと男性自らカップに口をつける。祖父も母も、続いて手を付けた。それを見てティアナもグラスを手に取る。滅多に飲めないオレンジジュースに嬉しくなった。


「さて。まずは詳しい説明が必要でしょう。」


 男性が口火を切った。オレンジジュースを飲んでいたティアナは、そっとグラスをテーブルに置く。どうやら今から大事な話が始まるらしい。気持ち姿勢をよくして座り直していると、男性がティアナを初めて見据えた。


 綺麗な金瞳だった。

 蜂蜜を煮詰めたような濃い、とろりとした金。

 薄く輝く緑が混じる。


 目が離せなくて見つめていると、男性の薄い唇が開いた。


「ティアナ。犬は好きか。」


 唐突な問いに弾かれたように頷く。


「中庭に仔犬がいる。遊んでくるか?花も、たくさん咲いている。」


 仔犬だけじゃなくて、お花も?ティアナは我慢できずに声を上げた。


「遊びたいです!お花も見たいです!」


 何故名乗ってもいないのに自分の名前を知っているのか。そんなことも気づかないくらい、わくわくした。ティアナが今にも立ち上がりそうになっていると、男性が母に視線を向ける。


「中庭はこの応接室のテラスから直接、出られます。ガラス扉は開けたままにして境にベントリーを控えさせますので、ご安心を。」

「……ありがとうございます。」


 母が迷いながらも返事をしたのを見て、ティアナは立ち上がった。ベントリーが近寄ってくる。


「こちらです、ティアナ様。」


 さっきまで怖かったベントリーだが母は止めないし祖父も何も言わない。だったらついて行って仔犬と遊んでもいいんだ、と嬉しくなった。そのままベントリーに付いていく。日差しが差し込むガラス扉を開けてもらい、中庭に出ると真っ白い塊が弾丸のように飛び込んできた。受け止めて尻餅をつくと、ティアナのお腹の上で垂れ耳の仔犬が千切れるくらいに尻尾を振っている。笑ったような顔だ。ちょっと間抜けで可愛い。小さく吠える合間にティアナの鼻をぺろりと舐めた。


「わぁ!かわいい!」


 思わず抱きしめたティアナの歓声が中庭に響いた。

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