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私はお兄様を愛している  作者: こつめ
本編第1章 邂逅

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acte-003

 エリオットが領地から殆ど出なくなったのには理由がある。当時5歳のエリオットに付いていた元乳母の専属侍女エマが体調不良を理由に離れた隙を狙って、それは起きた。


 領邸に勤める侍女が人目を忍んでエリオットの自室へ出入りするようになったのだ。エリオットは最初、気にも留めていなかった。侍女などの使用人は本来、いてもいなくても気にかける存在では無いからだ。しかしその侍女は度々エリオットに話しかけ、髪や背を撫でるようになった。他の侍女はしないのにおかしいな、とは思ったもののエマも今より幼い頃は同じように撫でてくれたことがあった。それと同じか、と思い直した。だが初めて頬に触れられ、息がかかるほど顔を覗き込まれた時、感じたことのない生理的嫌悪が沸き起こった。とっさに近くのベルを掴み侍女のこめかみ目掛け、振り落とす。子供の力で強くはないが、突然のことに驚いた侍女は床に倒れ込んだ。その隙にベルを力の限り振り鳴らす。駆けつけた護衛騎士に拘束させると執事であるスコットの元まで自ら赴き、侍女のしたことを淡々と告げた。それからは決まった侍従だけ側に置くようになった、女性全般に嫌悪を抱くようになったのだ。唯一の例外はエマだけ。以降、王都にいる母からの度重なる誘いにも頷くことはなく、領地に引き籠るようになった。


 だから両親から具体的な婚約の話が出ないことが、正直ありがたかったのだ。


 しかし13歳になると伯爵位以上の貴族令息や令嬢は、王都の貴族学園へ入学しなければならない。エリオットも例外ではなく、慣れ親しんだ領地から出て王都へ足を踏み入れることとなった。すると俄かに周囲が騒がしくなり頻繁に貴族令嬢から絡まれるようになったのだ。邪険にすることもできず疲弊していく日々に、すっかり参ってしまった。


 これでは日常生活もままならない。


 入学して僅か一月後。エリオットは自ら手続きをし、経営科から男性しかいない別棟の騎士科に転科した。幸い領地経営は10歳から関わっていたので、経営科にこだわる理由がない。後継者同士の人脈作りになるかと選んだだけだったし、必要ならばサロンにでも通えば事足りるので大して困ることはなかった。同時にタウンハウスの別邸から出て寮へ入ることにした。エリオットの為にタウンハウスで茶会を開く母や、通学途中を狙って絡んでくる貴族令嬢を避ける為だった。それでも差出人不明の手紙が届いたり、遠くから絡みつくような視線を向けられたり、顔を見れば悲鳴のような嬌声を上げられたりと散々だった。時には私物を盗まれたり、何が入っているのか分からない包みを無理矢理押し付けられることもあった。その度に心底、領地へ帰りたいと思ったものだ。


 頭が痛くなるような学園での日々を思い出し、ふぅっと息を吐き出すとエリオットはゆっくり体を起こした。


 立ち上がって自室に戻ると、ソファに座ってベルを鳴らす。侍従に紅茶を用意させると、退室させた。少しの間、手をつけずにじっとカップを見つめる。窓は開け放たれ、午後の日差しがカーテン越しに差し込んでいた。風をはらんでカーテンが膨らむ。


 何もなかったみたいだ。

 腹違いの妹がいたことも。

 父が犯した過ちも。


 カップを手に取り紅茶を飲む。ほのかな温かさに少しだけ気持ちが緩んだ気がした。


「……面倒くさい。」


 思わず本音が漏れてしまう。父を特別好きだったわけではない、どちらかと言えばお互い関心がなかったと言った方が正しい。もちろん父には父の言い分があるのだろうし、聞いてみなければ分からないとは思う。しかし今朝の反応を見る限り、父は対話をする気がないようだ。ならば。


「今日の仕事を終わらせて、それからだな。」


 紅茶を飲み終えると、窓を見やる。日差しと共に入ってくる風が心地いい。さっきまで荒れていた気持ちが、すっと落ち着いた。そのまま執務室に向かう為、再び立ち上がった。


*****


 あの日から僕は、思いつく限り動いた。最優先はアーガン伯爵家を守ること。だからまずは父に監視をつけた。定期報告とは別に、イレギュラーな動きがあれば随時報告をするよう指示する。父がベントリーに指示した土地の手配もした。そのうち屋敷を建てるよう言い出すだろう。どんな希望を言おうと構わないが、叶えるかどうかは別だった。


 婚約者の選定については、保留にすることした。


 あの夜会から、ひっきりなしに釣り書きが届く。生前の母は頑なでずっと爵位にこだわっていた。亡くなったのでお披露目の夜会には爵位を問わず招待したが、結果、下は男爵家から上は侯爵家まで釣り書きが届く羽目になった。中には婚約者がいる令嬢方もいた。流石にどうかと婉曲に伝えれば、僕が頷くなら喜んで解消すると言う。何故天秤にかけるのが自分なのか。元々女性は苦手だったが心底、嫌になった。亡き母を理由に「今は受けられない。」と全て断る。本来なら一年で喪は明けるが、それ以降も悼むと言うのは個人の自由だ。それらしく見えるようタウンハウスに籠り念の為、着る服は全て黒にして社交は控えた。唯一外出するのはサロンだけ。出入りは男性のみだし、たまに顔を出せば問題ない。


 便利だな、いっそずっと喪に服しておくか。


 最後に二人の保護を手配した。父が何をするのか分からない。だから密かに監視兼護衛をつけた。場合によってはカーリア男爵に接触しなければならないだろう。


 そんなふうに過ごしていた、ある日。領地にいる父から手紙が届いた。


 執務机で開封した手紙には、爵位を譲ると一言書かれた便箋と共に、爵位譲渡届出書が同封してあった。内容に不備がないか読み込んで、サインをする。あのお披露目の夜会からちょうど一年、僕は18歳になっていた。あの後、予想通り父は探させた土地に屋敷を建てるようベントリーへ指示した。領邸には遠く及ばないが二階建の広い屋敷に庭園と厩舎、それらを囲む塀と頑丈な門。加えて二頭立ての馬車と馬も用意しろと言ったらしい。


 浮かれすぎだろう。


 僕はと言えば相変わらず届く釣り書きに亡き母を悼みたい、と一言添えて断り続けている。皮肉なことに、ますます熱を上げられている感が否めない、鬱陶しい。


 さて。父が爵位を譲ると決めたなら、そろそろ本格的に動き出さなければ。

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