acte-002
もうこれ以上、何も聞きたくない。
だがそういう訳にもいかない。いずれ僕はアーガン伯爵家を継ぐ。知らないままではいざという時、対処出来ない。気を取り直したのか、ベントリーはその後を語り始めた。
「旦那様はカーリア男爵にご令嬢を迎えたいと密かに打診し続けましたが、受け入れられることはありませんでした。」
非常識を絵に描いたような男だな。カーリア男爵は何度も殺意が湧いたことだろう。父が爵位を笠に無理を押し通さなかったのは幸いだった。きっと母の存在があったからに違いない。
この国で愛妾を設けるには、二つの決まり事がある。その一つが正妻の承認だが母は矜持が高い女性だった。愛妾など誰が相手でも決して許しはしなかっただろう。最初から詰んでいたのだ。
「一月が過ぎた頃、カーリア男爵から旦那様に手紙が届きました。娘は除籍し、平民となって修道院に入ったと。貴族は愛妾を設ける際、正妻の承認に加えて尚且つ貴族籍がないと愛妾とは認められません。旦那様はそれでも諦めきれず、国中の修道院を探すよう私に指示されました。」
先が読める。この男は何よりもアーガン伯爵家を優先する。守る為なら何でもしただろう。
「虚偽の報告をしたか。」
「はい。」
「なんと言った?」
「どこの修道院を探しても、ご令嬢は見つかりませんでした、と。とは言っても本当に探さなかった訳ではありません。場合によっては旦那様からご令嬢を遠ざける必要が出てまいります。所在を把握しておくことは必須でしたので、情報ギルドを使って探し出しました。」
「……プレシーズか。」
「はい。」
予想通り、ベントリーはアーガン伯爵家のために動いていた。この男は人ではなく家門に仕えている、今も昔も。ふっと自嘲気味に笑いが出た。当主よりも余程アーガン伯爵家のことを考えている。
「調べると、ご令嬢は他国の修道院にいました。身内でも面会は許されず、また男子禁制の為、万が一見つかったとしても手出し出来ません。カーリア男爵は出来うる限り、娘を守ろうとしたのだと思います。定期的にご令嬢の動向を探っていましたが、報告で妊娠を知りました。その後も見つかりません、と虚偽の報告をし続けました。」
「昨日父上は二人が王都の下町にいると言っていたな?いつ所在を知ったんだ。」
「今から一年半ほど前です。ご令嬢は修道院で出産した後カーリア男爵の援助を受け、子と一緒に帰国しました。そのまま現在まで、王都の下町で暮らしています。旦那様は私に偶然見つけたと仰いました。これから自分付きの侍女として領邸に迎え入れ、子も一緒に引き取るから手配しろ、と。」
「浅知恵ばかり働くな。」
吐き捨てる。そうして気がついた。学園を卒業して半年が過ぎた頃、領地経営の決裁権を徐々に増やされ始めた時期と一致する。領邸で自分付きの侍女にすれば、王都のタウンハウスにいる僕や母に知られる可能性は低い。子持ちの未亡人だとでも言っておけば、周囲に疑われる可能性はもっと低くなるだろう。昨夜、最低限の事実のみ話したのは、後で知られた方が面倒だと判断したに違いない。
誤算はベントリーの家門に対する忠誠心だな。
正直、食傷気味ではあるが何点か気になるところがある。素早く考えを纏めて、答えが得られそうなことから順に聞いた。
「父上が二人の存在を知ってから、母上が亡くなるまで半年開くな?その間に領邸へ連れて行かなかったのは何故だ?」
「お二人が見つかる少し前、子は流行病に罹っておりました。旦那様には、子が流行病に罹患しており看病しているご令嬢もまた感染している可能性がある、と報告しました。実際罹患したのは子だけでしたが、完治するまで長引きまして結果一年かかりました。」
「その間に母上が亡くなったか。」
「はい。」
なるほどな。
「夜会当夜、彼女の意識がなかったのは父上が何かしたからか?」
「伺いましたが、答えて頂けませんでした。」
確証はないが、父ではないと思う。あの男には、そんな伝手もなければ度胸もない。しかし答えなかったというのは気にかかる。彼女はどう思っていたのだろうか。
「最後に。父上は王都の下町で偶然二人を見つけたと言っていたが、雇った者がいる可能性はあるか。」
「正直ないとは言い切れません。私しか知るものがいないので捜索を任されていましたが約十年、見つからないと報告し続けてきました。しびれを切らした旦那様が別のものを雇った可能性は充分あり得ます。」
ここまで聞いた話だけでも父が彼女に執着していることが、嫌というほど分かる。十分考えられることだった。あらかたベントリーから聞き出して思考する。決定事項だけ簡潔に告げた。
「ベントリー、父上にはなるべく早く蟄居してもらう。」
「畏まりました。」
父の周りには僕に忠実なものだけを置く。領地には子供の頃から交流している平民や孤児の使用人、騎士が大勢いる。本人が希望し、人格や能力に問題が無ければ雇っているから、その中から選べばいい。
「父上はもう発ったのか。」
「はい。エリオット様から話がしたいと言われてすぐに。」
「ははは。やっぱり逃げたのか。」
予想通りで笑いが出た。
「昨夜のうちに領邸から離れ、ゆっくり過ごせる土地を探すようにと指示されました。恐らく、お二人と住む屋敷を建てるおつもりかと。」
「好きにさせろ。」
叶わない夢を見ながら新しい屋敷で、一生一人で過ごすといい。
ベントリーが退出すると、エリオットは背凭れに身を預けた。
「やってくれたな。」
ゆっくりと瞬きしながら天井を見つめる。予想では後継者お披露目の夜会の後、振り回されるのは、せいぜい婚約者の選定くらいだと思っていた。エリオットには今まで、婚約者がいた事は一度もない。ずっと領地にいたし、近隣の領地には年頃のご令嬢がいなかった。そういう場合は両親が政略上、有利な家門のご令嬢を探すか、親戚や友人などから紹介を受けるものだ。しかし父はそう言ったことに全く関心がなく、母に至っては伯爵家以上のご令嬢を王都で探していた。だが、そういったご令嬢は高位貴族に嫁ぐことが多く、大半が幼少期に婚約している。結果、今まで誰かと正式な顔合わせなど、したことがなかった。
会えばきっと……そう母上が考えていたことは知っている。どうやら僕は人目を惹くらしいからな。
視界に入った毛先を、ゆったりと摘まんだ。肩甲骨まで届く真っ直ぐな銀髪は、いつも左肩から前に垂らし、一つに結んでいる。二重で切れ長の金瞳は、感情が昂ると虹彩に薄く緑が散った。日焼けしない肌は白く、きめ細かい。高い鼻梁は筋が通っており、唇は薄く、顎にはホクロが一つあった。背は高く、上背もあって肩幅が広い。高い位置にある腰は引き締まっており、脚が驚くほど長かった。つまり自分の容姿は、ひどく整っている。そのことは幼少期から充分に理解していた。そっと毛先から指を離すと息を吐く。
とにかく、婚約者の選定は後回しだ。先に父を片付けなければ。
【プレシーズ】
・シーヴァス王国一の情報ギルド




