acte-015
げらげら笑いながら帰っていくバルクを見送ってアリーは頬杖をついた。エマが見たら飛んできて怒られるだろうな、とは思うが今は許して欲しい。
ぼんやりと空を見上げる。
自然と笑顔が溢れた。
幼馴染とも言えるバルクの婚姻は、やっぱり嬉しかった。
しかし、婚約せずに婚姻するとは外聞が悪い。貴族令嬢としてはあり得ないオリヴィエの申し出が気になる。
エリオット様にはまだ話さない方が良さそう。バルク本人から話すまで待った方がいいわね。
それはそれとして、お祝いはしたいなぁと悩む。うんうん唸っていたら後ろから声をかけられた。
「失礼、アリー様。少し宜しいでしょうか?」
振り向くとエリオットが一人、立っていた。頷いて対面を薦めると、そのままテーブルを回りバルクが座っていた椅子に腰掛ける。
「ご機嫌よう、エリオット様。」
「ご機嫌よう、アリー様。バルク殿はもう帰られましたか。」
「ええ。下品な笑い声が聞こえませんでした?」
アリーが肩を竦めて答えるとエリオットが苦笑した。
あの男とは全く似ていないせいで、彼には最初から嫌悪感を抱かなかった。感情の読めない表情と硬質で平坦な声のせいか困惑はしたが、終始誠実な対応をしてくれたと思っている。例えエリオットなりの思惑があってのことだとしても、心から感謝しているのだ。
逃げて隠れて怯える生活をしなくて良くなった。今は日々心穏やかに過ごせている。実際隠れていること自体は以前と変わりないけれど。父やバルクと気兼ねなく会えるようになったことは大きかった。
エリオットが緩く口角を上げ、切り出す。
「ようやく予備爵の譲渡が済みました。時間がかかってしまって申し訳ない。」
「とんでもありません。その間に、アリー呼びにも慣れましたわ。」
バルクに入れた紅茶を片付けながら、ふふふっと笑いが漏れる。
「それは良かった。なんでもお母様と同じだった愛称を新しい名にされたとか。お名前を伺っても?」
「メアリ・カーリアと申します。」
「それで。素敵な名を選ばれましたね。」
「はい。父も喜んでいます。あの……エリオット様。」
アリーはすっと姿勢を正し、頭を下げた。
「助けて頂いて、ありがとうございます。」
「……どうか、頭を上げてください。」
困ったような声に聞こえてアリーは微笑ましくなった。
九つ下のエリオットを見ていると、むずむずする時がある。見た目によらず、感情豊かな青年のような気がするのだ。
顔を上げると、にっこり微笑んだ。
「ところで。宜しければ一緒に紅茶、いかがです?」
わざと崩した口調で尋ねるとエリオットの眉間が僅かに寄った。
「いえ。もう戻りますので。」
手強いわ、気位の高い猫みたい。
ゆっくりと立ち上がったエリオットを見送りながらアリーは心の中で苦笑した。
対してエリオットは橋を渡りながら、アリーとのやりとりを振り返っていた。別邸に移り住んでから、日増しに笑顔が増えてきたように思う。さっきのように軽口を叩くことも増えてきた。
初めて会った時は、かなり怯えていた。少しでも父を匂わせる単語を口にするだけで震えたり、泣いたりしていた。
いつか彼女たちが隠れて生きていかなくても済むように、出来ることをしなければ。
それは果たすべき贖罪のような気がした。
生垣に隠された道を抜け、そのまま迂回し中庭に入る。置かれたベンチに腰掛けると足を組んだ。
父は今も変わらず、屋敷に軟禁してある。健康に問題はなく、元気でいるらしい。ただ疲労や倦怠感を訴え、物にあたることが増えたと言う。思い通りにいかず、腹を立てベントリーを呼べと息巻いているらしい。
まぁそうだろう。
目を覚ましたら思い描いていた屋敷ではなく、むさ苦しい男たち三人に囲まれ世話をされる日々。
周りには何もない。
馬は疎か馬車さえ置かず必要な時は領邸から手配し往復させている。どこにも行けないのだ。
気が狂うかもな。
月に一度、専属医師に検診させているが今の所、身体に異常はないようだった。気が滅入るなら、と日記や手紙を書くよう勧めたと聞く。それ以来、暇さえあれば齧り付くようにして日記を書き、日に何通も手紙を書いているらしい。
デビュタントの夜、何があったのか。アリーとティアナをどうやって見つけたのか。もしかしたら日記や手紙に書いているかもしれない。
会いにいくか。
ため息をついて立ち上がった。




