acte-010
「さて。改めて、提案させて頂きたい。我がアーガン伯爵家としてはカーリア商会と是非取引がしたい。取引商品は特別な染色技法で染めた糸と布地です。」
そう言って刺繍糸とシルクの布を指差す。
「ただ、今回サンプルとして用意した糸も布地も満足いくものではない。今後もし取引が望めるなら、カーリア商会に手配を頼みたいと思っています。」
手を組み合わせ肘を両腿につくと、ぐっと身を乗り出した。
「対価としてアルマ嬢に予備爵を譲ります。懸念事項は出来る限り対処すると約束しましょう。アーガン伯爵家の後見がついていると公言するのだから、タウンハウスの別邸を手配します。そこでティアナと住む、というのはどうでしょう?」
エリオットがそれぞれに視線を送った。前回もそうだったが、エリオットは思いもよらない手を打ってくる。ダビデははっきりと疲労を感じた。バルクはむうっと唇を引き結び、アルマは困ったように視線を彷徨わせた。
「返事は後日、改めて伺います。」
そう言って、エリオットは帰って行った。店員の案内でエリオットとエマが去ってから改めて別の店員が応接室に紅茶やジュース、お菓子の準備をする。再び店員が去ってから、控室にいたアルマとティアナが応接室に入ってきた。今は応接室で四人揃ってソファに腰掛けている。
「ティアナ、待たせて悪かったね。」
ダビデが相好を崩しながら隣のティアナに話しかける。
「ううん、大丈夫。エマさんが色んなお話してくれたし、ジュースもお菓子もくれたの。」
にこにこ笑いながらティアナが答える。それを笑顔でアルマが眺めていた。一方バルクは、じいっとティアナを穴が開くほど見つめていた。がっしりとした体躯の強面な30男が、無言で見つめる様は傍から見ると穏やかではない。
ダビデは正面に座るバルクに視線を向けると嗜めた。
「おい。黙ってみてると怖いだろう。挨拶せんかバルク。」
「あ、そうだった。すみません。」
はっと我に返り、意識をダビデに向けて頭を掻くバルク。ティアナはバルクを見上げた。
「こんにちは、ティアナ。俺はバルク。うーん、伯父さんってことになるのかな?」
「おじさん?」
「そ。」
簡単に終わらせたバルクを見てティアナはきょとんとした。
お母さんのお兄ちゃんになるの?
「バルクおじさん?」
無言で身悶えたバルクを見て、ダビデは「うんうん分かる。」と頷いた。そんな三人を見てアルマは、ほっとした。ティアナは人懐こい。返って心配になることもあるがバルクに懐きそうで良かった。それから四人で時折りティアナの話に耳を傾け相槌をうちながら、先ほど聞いたエリオットの提案を話し合った。
「男爵とは言え、私は根っからの商人だ。貴族との付き合いはあるが、あくまで商売だからなぁ。」
ダビデが顎を撫でる。
「思いつかないことばかりだったよ。」
「なんか言いくるめられたみたいで。」
嫌そうな顔を隠しもしないバルク。
「これぞ貴族!って感じが鼻につくっていうか。」がしがし頭を掻くと「でも悪い奴ではないと思うんですよ。」と苦笑いした。
「まぁ俺の勘は置いといて、受けてもいいと思いました。」
「まぁ、そうだな。私も話自体は悪くないと思った。アルマはどう思う?」
ダビデの問いにアルマははっきりと答えた。
「私も、いい話だと思ったわ。確かに不安はあるの。あの伯爵家にお世話になってもいいのかなって。実際この三週間は何度も悩んだわ。でも、やっぱり今は自分で生きていく力が欲しい。」
そうしてお菓子を頬張るティアナを見る。
「それに、取引の対価だと言われたら気持ちが軽くなったわ。」
「そうか。」
「これからは俺もいますよ。お義兄様って呼んでいいし。」
「ありがとう、バルク。」
にこっと笑うアルマは瞳が笑ってなかった。調子に乗ったか、とバルクは乾いた笑い声を上げて誤魔化した。そうしながら頭の隅で考える。エリオットの話を聞いている時に感じた違和感。わざと口を挟まず、挙動を観察した。嘘はついていないが、全部を話してはいない。そんな気がした。
そして、ティアナ。
改めて至近距離で見て確信した。バルクはティアナの父親を見たことがある。




