acte-006
王都にある高級店の一つ、ルーティスカエ。
密やかな蓮、という意味を持つこの店は至る所に隠された蓮の意匠が施されている人気店である。主に食事や会談などを目的として経営しており、カーリア商会は年間契約をして常に一部屋抑えてあった。特別な顧客を饗したり、大切な商談を行う場合に利用する場所で、使用の際にはダビデか副会頭バルクの承認が必要となる。
何よりも秘匿性を重んじるルーティスカエでは入退店時、他の利用客と重ならないよう複数の出入口が設けられていた。また時間をずらして案内するように徹底されており、出入りが分かりづらい工夫がされている。ダビデとバルクは屋敷の裏門から家門の紋章がない質素な馬車に乗り、ルーティスカエへ向かうと指定された入口に降り立った。そのまま馬車は走り去り、店員から案内を受け店内へ足を踏み入れる。
契約している部屋は二間続きで入ってすぐ前室が使用人控室になっており、その奥はソファセットのある応接室となっている。二人は応接室に入ると、それぞれ一人掛けのソファに腰掛けた。店員がワゴンから紅茶と軽食の準備を済ませると、ダビデは「三時間後に取引先が来るので着いたらすぐ通すように。」と告げ人払いをした。店員が頷き、部屋を出るとダビデは両腕を組んでソファへ埋もれるようにして姿勢を崩す。それを見てバルクは俄かに緊張を覚え身構えた。ダビデが商談前に、ここまで気を抜くことなどないからだ。場所と態度が、そぐわなくて違和感を覚えた。
「今から、お前に話しておかなければならないことがある。」
そう言ってダビデは話し出した。あの夜から始まった今日までのことを。話し終えるとダビデは紅茶で喉を潤しカップをソーサーに戻した。バルクを見やると腕を組み俯いていたが、ややして両手を両膝に乗せ、ぐいっとテーブルに身を乗り出してきた。
「つまり、お嬢は病じゃないんですね?」
開口一番それか。
ダビデは笑い出しそうになった。そうだ。こういう男だ。だから、こいつが気に入ったんだ。
「ああ。元気だ。」
「良かった。」
「あー……。」っと気の抜けた声を上げながらバルクが天を仰ぐ。そのまま、ぐったりと背に凭れた。
「もうすぐ来る。」
「楽しみだなぁ。」
ダビデは頷くと改めてバルクを見た。正直、嘘ばかりついて騙したことを少しは責められるかと思った。アルマとティアナを守る為、必要だと思ってしたことだ、それは胸を張って言える。でも婿や養子にまで考えておきながら、バルクを常に蚊帳の外においた。そのことに対して後ろめたさを感じなかったのかと聞かれれば嘘になる。それを敢えて見ないふりをして今まで誤魔化してきたのだ。
「バルク。ずっと黙っていて、すまなかった。」
頭を下げるとバルクは飛び跳ねるように身を起こした。「お嬢が元気で、今から会えるんなら自分は気にしないんで。」と言い放ち、あっけらかんと笑う。そうして紅茶を少し飲んだ後ソーサーに戻しカップの中を見つめながら、ぽそりと問いかけてきた。
「ところで、そのアーガン伯爵って後で来るって言ってた取引先ですか。」
「ああ。今日ここに呼んでいる。」
「なるほど。」
「アルマとティアナのこともあるが。表立ってうちはアーガン伯爵家と今現在、何の関わりもない。サロンで挨拶した後、一度密かに訪問しただけだ。」
「それで頻繁に連絡とったり会ったりしたら人目に付きますもんね。」
「ああ。だから、ここで会うことにした。」
「なるほど……。」
「何だ?他にも何か気になるのか?」
「そりゃあ、まぁ。」
にやりとバルクが笑う。
「見てみたいんですよ、社交界で噂の色男ってやつを。」
「お前なぁ。」
巫山戯たバルクに呆れた。そうだ、こう言うやつだ。この男は。
【ルーティスカエ】
・密やかな蓮と言う名の王都一人気な高級店
・格式が高く、又秘匿性が高いことを売りにしている




