acte,Frère cadet impérial
《シーヴァス暦356年 晩秋》
「勝手に婚約を申し込んだと言われても、困るよ。」
うんざりとしながら、愛馬の手綱を捌く。隣で同じく手綱を捌きながら、側近デイルが頷き答えた。
「そうですね、オーウェン様の好みとは違いますし。」
「お前はいつも一言多いね。」
呆れたようにデイルを見やると、大仰にため息を吐いた。
「19歳だなんて子供じゃないか。女性は30歳からだろう。」
「それはオーウェン様の好みです。至極当然のように仰らないで下さい。」
自分は違うとばかりにデイルが憮然として言い返す。幼少期から遊び学んできた二人は幼馴染であり、今は主従関係にあった。「二人だけの時は気安く話すこと。」それはオーウェンがデイルに望んだことだった。
ひょいっと肩を竦めると馬首を返し、そのまま並足で歩き出す。その後をデイルも黙ってついてきた。二人と二頭は紅葉する森の中を、ゆっくりと進んだ。木漏れ日が差し込み、鳥たちが囀る。さわさわと木々の葉擦れが聞こえ、はらはらと落ち葉が舞った。足元には敷き詰められた枯れ葉と小さな木の実が落ち、冷たく澄んだ風が頬を掠めていく。オーウェンが気分転換に訪れるこの森は、兄である皇帝から拝領した領地の北西にあった。穏やかな空気に包まれた森は人気がなく静かで、密談をするにも丁度良い。
「しかもなんで保留にされて、私の方が振られたみたいになっているんだ。納得いかないよ。」
「それに関しては、なんと言うか。ご愁傷様です。」
「嫌味なの。」
「え?本心ですよ。」
「まったく……兄上には困ったものだ。せめて一言あっても良いだろうに。」
ぶつぶつと呟く。
「言えばオーウェン様が断るからでしょう。」
「利があるなら断らないよ。一応皇族なんだし。」
「その辺の矜持は、しっかりされてますよね。」
「本当に一言多いよ。」
愛馬の首を撫で、手綱を引く。ぴたりと止まるとデイルも愛馬を寄せて止まった。
「で、対価は?」
「染色技法だそうで。」
「詳しく。」
「何でも近頃アーガン伯爵領で考案され、カーリア商会に卸している商品のみに使われているものらしいです。とても珍しく手に入りにくい為、世界中の王侯貴族が挙って欲しがっているのだとか。その染色技法を渡して下さるそうですよ。」
「ふーん。なるほどね。」
軽く握った拳を顎に当て、思考に耽る。
「ちょっと見たいなぁ、アーガン伯爵領。」
「何ですかその、ちょっとそこまでみたいな感覚は。一応他国なんですよ?」
「うるさいよ。そこは側近のデイルくんが働くところでしょ。ほら、オーウェン様のためならばってやつで。」
「はぁ……皇帝陛下に許可して貰えると本気で思ってます?」
「いやいや。それは無理でしょ。」
オーウェンが、にっこり笑ってデイルを見る。
「ちょっと向こうに話しつけてきてよ。」
やっぱり、ちょっとそこまで。みたいに言った。




