acte,David Carliar
ダビデはアルマとティアナを家から少し離れたところで馬車から降ろし見送った。御者はアルマがいなくなってから雇った男で、口が利けず簡単な読み書きしか出来ない。ダビデはアルマが子を産むと決めた時、今後誰にも知られない子飼いが必要になると考え条件に合う男を探した。見つけた男は他国の元奴隷で喉を潰されてはいたが、必要最低限の読み書きは出来たので意思の疎通は図れた。衣食住を与えたので裏切る心配はない。男が使う馬車には家門の紋章を入れず質素な外装にして、それとは分からないように偽装した。アルマとティアナに接触する際は、この男と馬車を使う。連絡を取るときは教会に向かわせ司祭に手紙と金、流行病の時は薬も預けるよう指示した。一見してそれと分からないよう簡素な箱に包み、司祭にはその都度寄付をして黙らせる。そうやって色々と手を回してきたが、それも今日で終わるかもしれない。馬車の中で腕を組み、考え込んだ。
アルマは、これからどうしたいだろう。
首をぐるりと回す。馬車は緩やかな速度で屋敷に向かっていた。裏門で停めさせ、素早く降りる。そのまま、男は馬車を走らせ帰って行った。ダビデは裏門を抜け、そのまま一人、庭園へと向かう。歩きながら考えを整理していった。
アーガン伯爵家当主エリオット・アーガン。
一月前にサロンで声をかけてきた時、当主になったことには一切触れなかった。ただ「父は領地から出てこないんですよ。」と思わせぶりな物言いをしてきて苛ついたのを覚えている。そんな話は聞きたくもないと返事すらしなかった。三日後、「処理した。当家で話をしたい。」と先触れが届いた。差出人には、アーガン伯爵家当主としか書かれておらず意味が分からない。だが封蝋が家紋入りの正式なそれは、爵位が上の家から使者を使って届いたもので到底無視は出来なかった。一週間後の今日、挨拶の際に不意打ちで当主を名乗られ訳がわからず、むっとしたが。あれは、こちらを動揺させ主導権を握る為のものだったのかもしれない。庭園の中ほどにある池を立ち止まって見つめながら続いて白髪の侍従を思い浮かべた。
侍従長ベントリー。
到着してすぐ応接室に案内され紅茶を用意しながら、ついでのように彼から説明を受けた。
「侍従長を勤めております、ベントリーと申します。今から私がアルマ様とティアナ様をお迎えに上がります。詳しいお話は、お二人がご到着されてから旦那様自ら、お話になるご予定です。それまでこちらで、お寛ぎ下さい。」
軽く話され動揺を抑えるのに苦労した。確かこの男は、あの夜あの部屋で控えていなかったか?迎えに?この男が?アルマが覚えていたら怯えるかもしれない。ティアナは?この男に行かせて大丈夫なのか?
「ならば馬車と御者は我がカーリア男爵家のものを使ってもらおう。」
自分が一緒に行けば今まで距離を取っていた意味がなくなるからと苦渋の決断だった。ベントリーは了承したが、その後の自分は緊張のため大人しく座っていられなかった。紅茶に手をつける気にもなれず、うろうろと歩き回る。今みたいに考えをまとめる時や緊張した時は、つい歩き回ってしまう癖があった。
落ち着きがないと、メアリに叱られたなぁ。
苦笑した後、池の周りをぐるりと歩き始める。ティアナに会うのは初めてだった。纏う雰囲気が今は亡き愛妻メアリに似ていた。アルマは髪と瞳の色がメアリと同じで目元以外はよく似ている。また、涙が滲んできた。瞬きで散らした後、息を吐き出す。再び思考を切り替えた。
いくら領地のみで公表したとは言え、なぜ当主交代の情報が入ってこない?自分は領地を出入りする商人たちから情報が入る立場なのに、どう言うことだろうか。サロンでエリオットに会った時のことを思い返す。感情の読めない顔と硬質で平坦な、よく通る声。見たこともない美しい青年は、現れただけで周囲を容易く圧倒した。いろんな人間と交渉や取引をしたが彼は読みにくい。提案してきた予備爵のことも気になる。自分にもメリットがあるからと言っていたが、なんだ?
池の中に放っている、色とりどりの魚たちを見ながら一人決めた。
アーガン伯爵領、探るか。




