幕間 猟犬亭・カルロス
店の喧噪が次第に遠のき、カルロスは片隅に身を預けていた。
指先が癖のように木杯の縁をなぞる。脳裏に焼きついて離れない——あの冷ややかな眼差し。
――あの目を、忘れられるわけがない。
伝説で語られる「竜の背の少年」の勇姿ではない。
彼の記憶に残ったのは、北境戦線の後方、帳幕の奥を偶然覗いた一瞬の光景だった。
物資を運ぶ途中、誤って王国軍の幕舎に足を踏み入れた。
少年が兜を脱ぎ、汗が頬を伝って落ちる。
まだ幼さの残る眉間、その若さに、息を呑んだ。
――歳が……あんなに。
だが、その背にすでに「王国の英雄」という名が載っていた。
カルロスは小さく笑い、片手で顔を覆う。
「昨夜はただの病弱貴公子かと思ったが……まさか、お前だったとはな」
闇市の連中は物語を作る。英雄も魔女も、結局は「商売の種」だ。
だが、あの目だけは——嘘で作れるものではない。
空になった杯を押しやり、低く呟く。
「英雄、ね……。必要な時は神棚に飾り、いらなくなりゃ地に落とす」
そこでふと動きを止め、口の端にかすかな笑みを浮かべた。
笑みは軽く、だがどこかで何かを押し殺している。
「……ま、そんなこと——俺には関係ねえ」
言い捨てて、カルロスは立ち上がる。
群衆の波に紛れ、その背が灯りの中に消えていく。
振り返ることは、もうなかった。




