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かつて英雄と呼ばれた男は、今はただ幼竜と生き延びたい  作者: 雪沢 凛
第六章:自由都市の影

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第69話 鎖を断つ刃

 鉄甲ハイエナが咆哮と共に跳ね上がった。

 鋭い爪が空を裂き、アッシュは反射的に剣を構えて受け流す。

 衝撃は腕を痺れさせ、肩口に浅い裂傷が走った。


 観客席が爆笑の渦に包まれる。

 「ハハハ! 坊ちゃん終わったな!」

 「一撃で血が出たぞ! あと何秒もつ?」


 アッシュは息を整え、あえて動きを鈍らせた。

 まるで必死に持ち堪えているように――

 油断させるために。


 その時、頭の奥に澄んだ声が響く。


 【アッシュ……なのね? 感じたの!】

 リメアの心声だった。


 アッシュは眉をひそめ、応じる暇もなく獣の第二撃を受け流す。

 焦る竜の呼びかけが途切れる。


 場外では、二人の案内人が囁き合っていた。

 「女を出せ。面白い絵になる。」


 リゼリアが光の下へ押し出される。

 「おい、女。仮面の男、知ってるか?」


 嘲り混じりの声。

 リゼリアは息を呑み、中央の影を見据える。


 炎光の中、銀髪が揺れた。

 ――その剣筋だけで、誰かを疑う余地もなかった。

 「……ああ。」


 「ハハ、やっぱりな。」男の目がいやらしく光る。

 「お前、獣を鎮められるんだろ? 今すぐ歌ってみろよ、もしかしたら彼を助けられるかもな?」


 リゼリアの顔が強張る。

 リメアが焦ったように心声を飛ばす。


 【アッシュ! リゼリアが……連れて行かれそう! 助ける?】


 アッシュが低く呟いた。

 「……動くな。そのままでいろ。」


 その声は、心の中ではなく――

 直接、空気を震わせた。


 観客がざわめく。


 「今、獣に話しかけたか?」

 「ハハハ! 頭いかれた坊ちゃんだ!」


 リゼリアは息を詰め、龍語でリメアに囁く。

 〈訊いて。彼、助けが要るかどうか。〉


 リメアがすぐに伝える。

 【アッシュ、リゼリアが助けようかって!】


 アッシュは剣を震わせ、獣の爪を弾き返した。

 そして低く、短く答える。

 「いらん。」


 その一言が、すべてを断ち切った。

 観客の喧騒が一瞬止まり、次の瞬間――

 どよめきが起こる。


 「今の見たか? あの構え……!」

 「観客席で一撃で男を倒した奴だろ!」

 「病弱は嘘か!」


 砂時計の砂が一度、落ち切った。

 案内人たちは顔色を変え、叫ぶ。

 「止まるなよ! 大口の賭けが入ってるんだ! 一分耐えりゃ大儲けだ!」


 アッシュは唇の血を拭い、低く呟く。

 「……人を、よく働かせる。」



 再び砂が尽きる。

 剣光と咆哮がぶつかり合い、金砂が零れきった瞬間――

 司会者の「終了だ!」という声と同時に、場が静まった。


 案内人たちは息を吐く。

 「ふぅ、助かった……二点だ、上等だ!」

 「坊ちゃんのくせに頑張るじゃねぇか……」


 その時には、アッシュの剣の構えが変わっていた。

 刃が地を滑るように下段へ。


 「終わりだ。」


 腰のホルスターから魔導銃を抜く。

 乾いた連射音――


 「キィン! キィン!」


 弾丸が鉄甲ハイエナの肩と首筋の符釘を正確に撃ち抜いた。

 光が弾け、符釘が砕け散る。

 束縛を失った巨獣が痙攣し、崩れ落ちた。

 紅い瞳から暴威が消え、恐怖だけが残る。


 ――沈黙。

 そして、爆発のような歓声。


 「嘘だろ!」

 「魔獣が止まった!?」

 「あり得ねぇ!」


 アッシュはその喧噪を無視し、血と破片を踏み越えて進む。

 「……まだか。」


 低く投げられた言葉に、案内人たちは凍りつく。

 「ま、待て、今放す!」

 慌ててリゼリアの鎖を外す。


 メリッサが腕を組み、眼鏡の奥で笑った。

 「それと、白いリザードも。忘れてるわよ?」


 「は、はいっ!」

 男たちは顔を引き攣らせながら駆け出した。


 喧騒の中で、アッシュはゆっくりとリゼリアのもとへ歩み寄る。

 剣を収め、無言のまま――彼女を抱きしめた。


 リゼリアの瞳が大きく見開かれる。

 息が詰まり、言葉が消えた。

 彼の腕が、あまりにも強く、熱い。

 まるで少しでも緩めれば、二度と触れられなくなるかのように。


 「アッシュ……?」

 掠れた声が漏れる。

 彼は答えず、顔を彼女の肩に埋めた。

 その震えは、怒りでも恐怖でもなく――

 ただ「生きていてくれた」ことへの安堵だった。


 リゼリアの指先がためらいがちに動き、やがて彼の背に触れる。


 胸の奥に、ひりつくような痛みと、不思議な温もりが同時に広がっていく。

 ――危険だと思うのに、どうして安心してしまうのだろう。

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