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かつて英雄と呼ばれた男は、今はただ幼竜と生き延びたい  作者: 雪沢 凛
第三章:中立港都市カスティア

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幕間 夢に潜む炎

 アッシュの意識は、熱と重さの狭間を漂っていた。

 次の瞬間、冷たい風と鉄錆の匂いが一気に彼を深く引きずり込む。


 そこは北境外の小国——カルドリア。

 空は白く濁り、風には雪と焼け焦げた匂いが混じっていた。


 国境の騒乱はすでに数日続いており、今回の戦ではノアディスとアエクセリオンが自ら出陣。

 狙いは、電光石火の速攻で敵陣を突破し、戦を早期に終結させることだった。


 ノアディスは竜鞍を握りしめ、身を伏せてアエクセリオンの背に密着する。

 銀の翼が吹雪の中に広がり、空を裂く閃光のように滑空していく。

 地上では長槍と魔導砲が爆ぜ、敵陣に亀裂が走る。


 ——その時、混乱の中から一つの歌声が響いてきた。


 澄んだ声。長く引かれた旋律。

 戦場には不釣り合いなほど美しい。


 ノアディスの眉がぴくりと動く。すぐに声を張り上げた。

「アエクセリオン、どうした?」


 しかし、竜王の呼吸はすでに乱れていた。

 鱗の下から伝わる振動は不安定で、胸元が浅く震えている。


 咆哮一つ。翼が荒れ狂うように羽ばたき、凄まじい風圧が戦場を包んだ。

 王国軍の陣形が崩れ、兵たちが吹き飛ばされていく。


 ノアディスがそれを制止する間もなく——

 北方荒野の狩竜部隊が側面から現れる。

 反竜武装の重魔導弩砲が、吹雪の中で冷たく輝いていた。


 その瞬間——金属の唸りが空を裂く。

 符文の炎を纏った巨大な矢が、アエクセリオンの胸を貫いた。


「——!」


 ノアディスの胸が引き裂かれるように痛んだ。

 剣を振るい、迫る矢を切り払うも、火力は止むことを知らない。


 次の一矢が放たれた瞬間——

 アエクセリオンは残された翼を広げ、ノアディスをかばうように身を投げ出した。


 翼の影と共に地に墜ちる。

 その衝撃で、大地が震えた。


 ノアディスは激しい痛みに呻きながら、よろめく足取りで竜の傍へと歩み寄った。


 竜王の青い瞳は徐々に光を失い、かすれた息の中に彼の顔を映す。

 血と涙が、その視界を濡らしていく。


「アエクセリオン……!」

 彼はその冷たくなった鱗を握りしめ、声を震わせる。


 雪と炎と、そしてあの歌声が——

 すべてが、轟音のように混ざり合っていく。




 現実に戻る。


 暖炉の炎がアッシュの頬を照らしていた。

 その頬を、一筋の涙が静かに伝っていく。


 火のそばでリメアに小さく子守唄を口ずさんでいたリゼリアは、その様子に気づき、静かに立ち上がる。

 ベッドに近づき、そっと彼の涙を指で拭った。


 指が、緩く解かれた衣の襟に触れる。

 火の光を受けて、銀青色の光がほのかに揺れる。


 細い銀の紐。そこに吊るされていたのは、二枚の竜の鱗。

 そのうち一枚は、年月で角がわずかに摩耗していたが、それでも海のように深い光を放っていた。


 リゼリアの手が止まる。

 視線がその鱗に留まり、何かを読むように一瞬だけ見つめ——やがてそっと目を伏せた。


 アッシュの眉間は、まだ苦悶に歪んだまま。

 彼は今もなお、夢の中で何かと戦っているのだろう。


 リゼリアは彼を起こすことはせず、再び暖炉のそばへ戻った。


 再び、あのゆるやかな旋律を唇に乗せる。


 リメアは膝に身を預けながら、静かに呼吸を整えていった。

 火の音だけが、夜の静けさの中で優しく響いていた。

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