幕間 聖女の夢
燭火が揺れている。
白いカーテンが静かに垂れ、空気にはかすかな薬草の香りが漂っていた。
エルセリアは窓辺に座り、指先で銀の聖印をなぞる。
外の風は雪を運び、窓ガラスに当たっては融け、細い水の筋となって流れていく。
彼女はそっと目を閉じた。
記憶の奥から、遠い昔の声がよみがえる――
「あの子の名前はノアディス。」
それは、リゼリアが彼女に語ってくれた言葉だった。
「あの子の目は、すごく寂しそう。でもね、とても優しいの。」
当時の彼女はまだ幼く、聖堂の中に閉じ込められ、外に出ることは許されていなかった。
窓辺に座り、姉の話に耳を傾け、外から響いてくる鐘の音を聞きながら、彼女は想像していた。
遠い王国から来たというその少年のことを。
戦場で竜を従えながらも、傷ついた兵士には足を止めて手を差し伸べる――
そんな彼が、もし自分を見てくれたら、どんな瞳を向けてくれるのだろうと。
……そして、彼女は大人になった。
運命が姉のすべてを自分に託したとき、彼女は悲しみを抱かなかった。
それは「神の御心」であり、
姉が愛したもの、守ろうとしたもの――すべてを自分が引き継ぐことで、
姉は彼女の中で生き続けるのだと信じていた。
彼女は掌の中の光を見つめる。
それは温かく、清らかで、あらゆるものを癒す力を持つ。
これこそが神の愛――そう信じていた。
けれど、彼と初めて北境で出会ったその時、
その「愛」は、突如として熱を帯びた。
そして今、再び彼を目にした。
血まみれで、鎖に繋がれながらも、真っ直ぐ自分を見つめるその眼差し。
その瞬間、彼女は確信した――
神は彼を自分に与えたのだ。
彼は彼女の試練であり、救いであり、彼女だけの存在。
自分が間違っているとは、一度も思ったことがなかった。
彼を「愛」で包みたい。
彼を、痛みと苦しみから解き放ちたい。
それは、かつて神が彼女を孤独から救ったように――
エルセリアは顔を上げ、窓の向こう、雪に覆われた夜を見つめた。
そっと、誰かに祈るように囁く。
「姉さま……あなたは言っていた。彼は優しい人だって。」
「でも、あなたは間違っていたの。」
その声音は、穏やかで、どこか哀れみに満ちていた。
「その優しさは、今……わたくしのものになったのです。」
彼女は微笑んだ。
その笑みは、雪の中に咲く白百合のように純白で、神聖だった。
だが、揺れる燭火の影の中には、狂おしいほどの執念が潜んでいた。
夜は更け、聖堂の奥に灯る光は消えない。
エルセリアは、ひとり、眠らずに座り続けていた。




