表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かつて英雄と呼ばれた男は、今はただ幼竜と生き延びたい  作者: 雪沢 凛
第十章:繋がれた記憶と鎖

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

117/139

第106話 帰郷の代償

 騎士たちは両脇に控えた。

 オズモンドはアッシュをじっと見つめ、顔に散った血の跡に目を留めると、まるで他人事のように言った。

「一年ぶりだな、ノア。……見たところ、あまり変わっていないようだな。顔を除いては、だが。」


「馴れ馴れしく呼ぶな。」

 アッシュは手の甲で荒々しく口元の血を拭い、鋭い視線を突きつけた。

「やはりお前か。王国の内通者──アエクセリオンを殺すよう仕向けたのは……お前だな?」


 オズモンドは眉をわずかに上げ、嘲るように笑った。

「俺か? いや、それは違う。そんな暇人じゃないさ。ただ、絶好のタイミングで──うまく情勢を利用しただけだ。」 

 そこで一旦言葉を切り、今度はより軽薄な調子で続ける。

「それに……アエクセリオンには感謝しないと。お前を何年も引き取ってくれたおかげで、王都に戻ってきた時には、まともな王子の気品すらない。まるで……野猿だ。」


「黙れ!」

 アッシュの声は低く掠れ、握った拳には白く血の気が引いていた。

「その名をお前の口で汚すな……!」


 オズモンドはまるでそれを楽しんでいるように、薄笑みを浮かべた。

「いいな。その目だ。昔からお前はそうだった。」

 彼は軽く手を振り、アッシュに椅子を示した。

「まあ、せっかくだ。座って聞け。今日はお前を裁くために来たんじゃない──少しは知っておいた方がいいと思ってな。」


 アッシュは動かず、鋭く返す。

「お前がそんな情けをかけるとは思えないがな。」

 その言葉に、騎士の一人が一歩踏み出し、槍を軽く構えた。空気が一瞬で張り詰める。

 だがオズモンドは手を上げてそれを制し、悠然と紅茶のカップを取り、ゆっくりと一口含んだ。

 その仕草は挑発にすら見えた。


「情けじゃない。」

 オズモンドはカップを置き、淡々と言う。

「これは──お前に用意した、帰還の道だ。封印が終われば、お前とあの竜の末裔は王国に引き渡される。そうして、王国は安心して俺に王冠を譲る。」


 アッシュの眉がさらに寄る。胸の奥に何かが詰まるような感覚。

「……俺が戻るとでも?」


 オズモンドの口元に皮肉な笑みが浮かぶ。

「戻らないとでも思ってるのか? お前に選択肢があると?」

 彼は身を乗り出し、声を潜めて言う。

「ノア……まだわかってないんだな。兄上──レオネルはお前が戻ってくるのを心待ちにしてるよ。反逆者として、堂々と処刑するためにな。」


 アッシュの指先が震え、拳がさらに強く握られる。

「……じゃあ、お前は? お前はそれを見届けたいのか。俺が死ぬ姿を。」


「まさか。」

 オズモンドはその怒りを楽しんでいるかのように、さらに笑みを深める。

「俺はお前を生きたまま戻すよ。そうすれば、俺がレオネルより優れた王に相応しいと証明できる。」

 彼の声はゆっくりと、言葉を噛みしめるように続いた。

「レオネルが処刑を提案した時、俺はそれに堂々と反対する。……その時点で、揺れていた貴族たちは俺の側につくさ。」 


 オズモンドは椅子にもたれ、指で肘掛けを軽く叩く。 

「国の英雄を断頭台に送るなんて、愚の骨頂だ。俺はそんな過ちを犯さない。自分の継承権を、くだらない私情で潰すような真似はしない。」


 アッシュの呼吸が荒くなり、目に怒りが宿る。

「俺は封印の儀を許さない。……エルセリアを、そんな形で犠牲にするなんて……!」


 オズモンドは薄く眉を上げるも、態度は崩さない。

「愚かなことはやめろ、ノア。お前が暴れれば、もう生きて戻れなくなるぞ。」

 その忠告に、アッシュは微かに笑った。疲弊しながらも、冷たく鋭い笑み。

「……それならそれでいい。お前の計画も、全部台無しにしてやる。」

 その一言に、オズモンドの笑みが消えた。視線が冷たく鋭くなる。


「ノア……お前のことは、昔から本当に気に食わなかった。」

 その蒼灰の瞳が真っ直ぐアッシュを射抜く。

「お前はたった第七位の王子に過ぎないくせに、竜王に寵愛されて……宮廷では誰の目にも止まらなかったくせに、帰ってきたら英雄扱い。」

「民はお前を讃える。王国の希望だと──そう言われるのは、本来なら俺のはずだった。」

 そして彼はふっと笑い、先ほどよりも冷たく低い声で言い放つ。 

「だが構わない。封印が終わったら、お前は嫌でも見ることになるさ──

 あれほど守ろうとした王国が、どれだけお前の帰還を歓喜するかを。」 


 彼は椅子にもたれ、手を振る。

 それが会話の終わりを告げる合図だった。

 騎士たちがすぐさまアッシュを引き立てる。鉄靴が石床を叩き、外の冷風が開いた扉から吹き込む。 


 風にあおられ、アッシュの髪が頬に張り付く。 

 彼は抵抗せず、ただうっすらと笑みを浮かべながら、足を引きずるように応接室を後にした。

  



 扉の外、風が吹き抜け、火灯がかすかに揺れた。 

 騎士たちはアッシュを引きずるようにして廊下を進む。石の壁に炎の影が映り、彼の影は引き伸ばされて、まるで処刑場に引かれる獣のようだった。 

 彼は歯を食いしばり、目を閉じた。胸の奥では、怒りが煮え立ち、今にも破裂しそうだった。 


 ──エルセリアを犠牲にしようとしている。

 ──心臓の結晶を使って封印を完成させ、その後で自分を帰還の証として送り返すつもりだ。

 

 怒りに喉が締まり、呼吸は火を飲んだように熱くなった。 

 騎士たちは彼を狭い牢に押し込み、手錠と鉄の環で固定し、重い鉄扉を閉じた。 

 先ほどよりも寒い空間。壁には祈りの壁画などなく、粗い白石と鉄鎖だけ。床は霜が張ったように冷たい。

 

 アッシュは壁に背を預けて座り、肩で息をしながら胸元に触れた。

 ……竜鱗は、まだそこにあった。

 

 耳には、今もオズモンドの声がこびりついている。 

「竜王の寵愛」「王国の英雄」──

 だが思い出す。自分はただ、無理やり戦場に放り込まれ、血と泥の中を這い戻ってきただけの存在だ。

 

 本来なら、第七王子としてセラウィンに婿入りし、フィリシアと平穏な日々を送っていたはずだった。 

 だが現実は、戦場に引きずり出され、仲間が次々と倒れていき、最後にはアエクセリオンまでも死んだ。

 そして今度は、エルセリアが命を捧げ、リメアが奪われ、リゼの生死も分からない。


(アエクセリオン……これが、お前が俺に用意した未来か……?) 

 後頭部を壁に預け、アッシュは喉を詰まらせるように息を吐いた。

 オズモンドのあの声が、毒蛇のように耳元で囁き続ける。


『封印が終わったら、お前は嫌でも見ることになるさ──

 あれほど守ろうとした王国が、どれだけお前の帰還を歓喜するかを。』


 アッシュは胸元の竜鱗を握りしめ、指の関節が白くなるまで力を込めた。

(だめだ……こんな奴らの思い通りになってたまるか。) 

 彼の瞼に浮かぶのは、祈りを捧げるエルセリアの姿。

 渓谷で両腕を広げ、風にスカートを揺らしながら、空を抱くように微笑んでいた。 


(彼女が祭壇で死ぬなんて、そんなの許せるわけがない。

 それが運命だとしても、俺は見過ごさない。)

 手首を締める鉄環が痛みを与える。それが、逆に決意を強めた。 

(たとえ教国と……王国すら敵に回しても――

 俺は、彼女たちを取り戻す。) 


 アッシュは目を閉じ、息を深く吐いた。鼓動をゆっくりと整える。 

 次にオズモンドに会う時、

 もう、ただの捕虜では終わらせない。 


 封印を壊す。儀式を潰す。

 どんな代償を払ってでも──

 

 終わらせてやる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ