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かつて英雄と呼ばれた男は、今はただ幼竜と生き延びたい  作者: 雪沢 凛
第十章:繋がれた記憶と鎖

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間章 風雪の追跡

 聖堂の扉が激しく開かれ、厚い扉が鈍く響く音を立てた。


 「フィリシア殿下!」

 侍従が後ろから追いかけてきて、慌てた声を上げる。

 「勝手に中へ入るのは――!」


 「黙りなさい。」

 フィリシアは冷たく振り返り、蒼い瞳に炎を宿す。

 「三日も待ったのよ。彼らが何度も言い訳を繰り返すから、私が自分で確かめに来ただけ。」


 彼女は大股で療養区を進み、やがて白壁の石室へと辿り着いた。

 室内には未だに薬草の香りが微かに漂い、寝台はまるで誰も横たわったことがないかのように整えられていた。


 フィリシアの足が止まり、眉間に皺が寄る。


 「……ノアディス王子はどこ?」

 振り返り、冷たい声で付き従う司教に問い詰めた。


 司教の表情は微動だにせず、淡々と答える。

 「殿下はすでに移送されました。現在は護送隊の管理下にあり、聖遺物の安全を確保するため、各都市ごとに検査と滞在を行っております。」


 「移送……?」

 彼女が低く呟く。

 マントの下で指先が強く握り締められ、抑えた怒気が滲み出る。


 「すべては教皇使節殿の命令によるものです。」

 司教は一歩も引かず、冷静な口調で続ける。

 「どうかご安心を。聖女様ご自身が、旅の道中にて殿下の身をお守りになっております。」


 それ以上の問いはせず、フィリシアは無言で聖堂を後にした。

 吹きつける冷風が、呼吸を肺の奥まで刺すように冷やす。

 

 それからの日々、彼女は調査に乗り出した。

 現地の騎士を通じて護送の経路を突き止めた。


 三、四日おきに聖堂のある都市に立ち寄り、聖遺物の検査と休息を繰り返すという。

 それらの聖堂は、どこも似通った構造――白い石壁、丸い天井、同じような祭壇と祈祷室。

 内部だけを見れば、外部の者にはどこにいるかなど判断できない。


 フィリシアは地図を広げ、指先で北上するルートを一つ一つなぞっていく。

 頭の中には、いくつもの可能性が浮かび上がっていた。


 ――彼は自分の意志で歩いているのか?

 ――それとも、脅され、鎖で繋がれ、意識さえ奪われているのか?

 ――あるいは……もう、抵抗することすら諦めてしまったのか?

 その一つ一つの想像が、氷の針のように胸を貫き、呼吸を詰まらせた。

 


 ある日、自室へ戻った彼女は魔導通信器を取り出し、魔力を注ぎ込んだ。

 空気中に淡い青の光がふわりと揺れる。


 「メリッサ。この内容をエミールに伝えて。」

 低く押し殺した声には、怒りが宿っていた。

 「ノアディス殿下は、教国に護送されている。止めるなら、セラフィアの国境を越える前しかない。」


 「承知しました。すぐに送ります。」

 魔力が尽き、通信器の光が静かに消える。


 フィリシアは大きく息を吐き、夜空を見上げた。

 冷たい風がマントをはためかせる。


 「エミール……今度こそ、あなたたちに頼るしかないの」

 手袋を強く握りしめ、指の関節が白くなる。

 「どんな犠牲を払ってでも……もう二度と、彼を勝手に連れて行かせはしない。」

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