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かつて英雄と呼ばれた男は、今はただ幼竜と生き延びたい  作者: 雪沢 凛
第九章:背中を預ける敵

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第99話 導かれし者たち

 アッシュが魔導銃を構える。

 銃口の符文が明滅し、青白い光が闇を裂くように眩しく輝いた。

 彼は剣を振るいながらも、絶え間なく銃を撃ち、セイラの動きを封じる。

 セイフィナと二人、左右から圧をかけ、攻勢を強めていった。


 鎖爪鞭が再び唸りを上げて振るわれる。

 アッシュの目が鋭く細められると、銃口は鎖の連結部へ――

 引き金が引かれた。

 ――バン!


 放たれた符弾は鎖の結合点を正確に撃ち抜き、金属が弾けるように断裂する。

 飛び散った鎖の先端が壁に叩きつけられ、火花が瞬いた。


 セイラは冷ややかに笑ったが、その攻撃には明らかに迷いが生まれていた。

 少し離れた位置で、リゼリアが拳を固く握る。

 火光がその顔を照らし、彼女の頬は蒼白だった。

 アッシュの肩はすでに血で染まり、袖口まで真っ赤に濡れていた。

 その動きには明らかな鈍さが出ている。

 (だめ……このままじゃ、アッシュが倒れる)


 〈リメア〉

 リゼリアは声を潜めて呼びかけ、切迫した目でリメアを見た。

 〈アッシュを手伝って……!〉


 〈だめ!〉

 リメアが即座に吠え返す。

 〈アッシュはリゼを守れって言った!〉


 リゼリアは言葉を失い、指先が震えるように衣の裾を掴む。

 衝動を飲み込み、必死に堪えた。


 戦況は徐々にアッシュたち優勢へと傾く。

 追い詰められたセイラの瞳に、鋭い光が閃いた。

 次の瞬間、鎖爪を巻き戻し、大きく距離を取る。


 「……付き合ってられないわ」

 吐き捨てるように言い、彼女は身を翻して闇の中へ逃げようとする。


 「逃がすか……!」

 アッシュが歯を食いしばって一歩踏み出した――が、そこで力尽きた。

 流血と魔力消耗の両方が限界を超え、膝をつく。


 セイラの口元が歪む。

 一瞬にして闇に紛れ、姿を消した。


 残された部下たちも動揺し、統率が取れなくなる。

 指示がなくなった途端、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 「……逃げ、させるな……」

 アッシュは必死に身体を起こそうとする。

 視線はなおもセイラの消えた先を追っていた。


 「もういい!」

 セイフィナが駆け寄り、アッシュの肩に手をかける。

 そしてそのまま、彼の体を地面に押し戻した。

 「これ以上追えば、命が持たないわよ!」


 リゼリアとリメアが駆け寄る。

 アッシュの全身は血で染まり、呼吸も荒く、目の焦点が合っていない。


 アッシュは何かを言いかけたが、吐き出したのはただの息。

 その瞳は、徐々に闇に染まりつつあった。


 「重症ね。……聖堂に連れて行くしかないわ」

 セイフィナが判断を下す。

 「聖下に、治癒をお願いする」


 その言葉に、リゼリアの胸が一瞬強く脈打った。

 彼女は知っている。

 アッシュが聖堂に行けば、箱の存在が暴かれることになる。

 そして自分自身も、教国に捕らえられるだろう。


 だが――

 彼の顔を見ると、何も言えなくなる。

 ただ、静かにうなずいた。

 「……私も一緒に行く」


 リメアが翼でアッシュにそっと触れ、小さく鳴いた。

 離れようとせず、彼に寄り添っている。


 リゼリアは膝をついてリメアの頭を撫でる。

 「一緒に行こう。大丈夫、怖くないよ」


 その時だった。

 遠方から馬蹄の音、甲冑がぶつかり合う重い音が響いてきた。


 一列の騎兵が火の光を照らしながら路地に突入する。

 風にたなびく旗――それは、蒼銀の海鳥旗だった。


 「……セラウィンの騎士団!」

 リゼリアが驚きの声を上げる。


 先頭の騎士が号令をかけ、即座に周囲を包囲する。

 残った敵は次々と制圧され、逃走しかけたセイラの部下たちも押さえつけられる。


 リゼリアの胸が高鳴る。

 この旗があるということは、あの人が来ている――


 騎兵たちが列を止め、蹄の音が止んだ。

 火の光が、一人の少女を照らし出す。

 空色のマントを羽織り、金髪が夜風に舞う。

 その眼差しは鋭く、そして静かに燃えていた。


 「ノアさま!」

 アッシュの姿を見つけたフィリシアが声を上げ、表情を凍らせる。

 彼は地に膝をつき、全身血に染まっていた。

 フィリシアはすぐさま駆け寄り、身をかがめて彼を支えようとする。


 セイフィナが先に前へ出た。

 片膝をついて、丁寧に騎士の礼をとる。

 「フィリシア殿下、ご安心ください。ノアディス様は私が責任をもって聖堂までお連れします。聖女様のもとへ」


 フィリシアの視線がリゼリアへと向けられる。

 その声色は、少しだけ優しくなった。

 「それで……よろしいですか?」


 リゼリアは少しだけ沈黙した後、目を伏せて小さくうなずく。

 「……はい」


 「よかった」

 フィリシアは小さく安堵の息を漏らし、背後の従者に命じた。

 「ノアさまを馬車に運んで。私の隊で護衛する」


 「……行きたくない……」

 アッシュはかすかに声を発そうとするが、喉が焼けるように痛む。

 意識も朧で、耳に届く声は遠くなっていく。


 肩を支えられ、どこかへ運ばれていく感覚。

 だが、手を上げようとしても、体はもう動かない。


 (……行きたくない……)

 その意志が空気に溶けていく頃、アッシュは完全に意識を失った。


 フィリシアはセイフィナに目を向ける。

 「私はすぐ後を追います。どうか先に聖堂へお連れください」

 次にリゼリアへ視線を移し、その声をさらに和らげた。

 「あなたが傍にいてあげて。……また無茶をしないように」


 リゼリアは唇を引き結び、小さく頷く。

 「うん……」


 フィリシアは踵を返し、騎士団へと戻る。

 その声は、再び威厳を取り戻していた。

 「セイラを拘束、残党は一人も逃がさないこと。現場を封鎖し、すべての貨物を押収せよ」


 「はっ!」

 騎士たちが一斉に応じ、手際よく動き出す。


 夜の風に揺れる火の光。

 燃え殻の残る倉庫に、焦げた匂いだけが漂っていた。

 リゼリアは馬車の脇に立ち、意識を失ったアッシュの顔を見つめる。

 胸の奥に、不安がひたひたと満ちていく。

 (……治療だけで、済めばいいけど)


◆ ◆ ◆


 翌朝の大聖堂には、既に多くの騎士や従者が集結していた。

 陽光が純白の柱に降り注ぎ、反射する光はあまりにも眩しく、人々の息を自然と止めさせる。


 フィリシアは近衛騎士を伴い、厳かな表情で聖堂の階段に立った。

 「ノアディス殿下を迎えに来ました」

 その声には揺るぎのない威厳があった。


 だが、聖堂の側門はぴくりとも動かない。

 その前に立つ二人の教国騎士が槍を横に構え、冷ややかな面持ちで道を塞いでいる。


 「申し訳ありません、フィリシア王女殿下」

 一人が口を開いた。敬意を保ちながらも、一切譲る気配はない。

 「ノアディス殿下は聖遺物を所持しており、また重傷を負われております。よって聖女様自らの監護と治療のもと、ここに留まっていただきます」


 フィリシアの眉がわずかにひそめられる。

 「監護? それは治療ではなく、監禁では?」


 その問いに答えたのは、騎士ではなかった。

 背後から現れたのは、深紅の法衣を纏った教皇使節。

 鋭い眼差しは、まるで獲物を狙う鷹のようだった。


 「殿下のためを思っての処置です」

 低く響くその声は、不快なほど落ち着いていた。

 「殿下の容態が安定し、聖遺物の安全が確認されるまで、誰人たりとも勝手に連れ出すことはできません」


 「……聖遺物?」

 フィリシアは顎を少し上げ、その視線には一層の鋭さが宿る。

 「その聖遺物とやらは、いったい何のことです?」


 教皇使節は薄く笑った。

 だが、その笑みに情報を与える意図はなかった。

 「ご心配には及びません。これは教国の内部の事柄。時が来れば、すべてお話しいたします」


 「時が来れば……?」

 フィリシアの奥歯がきしむ。

 マントの内側で、拳が静かに握りしめられた。

 「……理解しておいていただきたい。ノアディス殿下はアルヴェリオン王国の王子。

 好き勝手に捕らえておけるような存在ではないわ」


 使節はその言葉にわずかも動じず、静かに応じた。

 「王子……とはいえ、アルヴェリオン王国はすでに彼を国家反逆罪で指名手配していると承知していますが?」


 その一言に、フィリシアの眉がさらに深く寄せられた。

 低い声で、しかし一言一言を明確に返す。

 「指名手配は、あくまで内部での政治的判断。まだ正式な裁きではありません。

 彼は今も正統な王家の一員です」


 使節の表情は変わらない。

 まるでそれすら予期していたかのように、淡々と続けた。


 「ですから、教国は王国の内政に干渉するつもりはありません。

 ただ――我々は聖遺物を守り、殿下の安全と回復を最優先いたします。

 ご回復の後、聖女様自ら殿下の意向を確認し、そちらへお返しするでしょう」


 そして、最後の一言には、揺るがぬ重みがあった。

 「どうか聖女様をお信じください。彼女は、殿下の命と……聖遺物の純潔を、何よりも大切に守ります」


 フィリシアは長く息を吐き、胸の怒りを抑え込むようにまぶたを伏せた。

 今ここで事を荒立てても、得るものはない。

 それだけはわかっていた。


 「……よろしい」

 彼女は顔を上げ、冷ややかな視線を返す。

 「私はこの都市に留まる。ノアディス殿下が自らの意思でここを離れたいと望むその時まで、私は待つ」

 「その時まで、誰も彼を必要以上に閉じ込めることなど許さない――そう、聖女様にお伝えください」


 使節は微かにうなずいた。

 その声色には、最後まで揺るぎがなかった。

 「ご自由に」

 そう言い残して、彼は踵を返し、聖堂の奥へと消えていった。

 重く厳かな扉が音もなく閉ざされ、ただ白き光と、遠ざかる足音が残された。


 長い通りを風が吹き抜け、旗が翻る。


 フィリシアは背を向け、列を成す騎士たちを見据えた。

 低く、しかししっかりとした声で告げる。

 「……今は、何もできない」

 「だけど、ここには私たちの目がある」


 そして、再び聖堂を見上げた。

 高くそびえる尖塔。信仰の象徴とも呼ばれるその頂は、どこまでも静かに、冷たい空を突き刺していた。


 ——この街の夜は、他のどこよりも、冷たい気がする。

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