第98話 交錯する刃
火は藁と木箱を伝い、猛り狂うように倉庫を飲み込んでいた。
燃え上がるそれは、まるで炎に包まれた巨獣のようで、激しい爆ぜる音が夜に響く。
黒煙はうねるように立ち上り、目を焼くほどの刺激を帯びていた。
セイラの部下たちは一部がこちらに向かって襲いかかり、残る者たちは倉庫に走って火災の中から貨物を救い出そうと必死だった。
誰かが水桶を担いで火にかけ、別の者は焼けていない木箱を引きずり出している。
アッシュは三人に囲まれた。
斜めから突き出された長槍を受け止め、剣の刃が金属を弾いて火花を散らす。
その隙を突いて、もう一人が斬りかかってくる。アッシュは反転して受け流し、逆手に構えた剣で敵を叩き返す。
「チッ……」
低く舌打ちし、すぐ背後に迫る短刀の気配に体をひねって避けた。
刃風が首筋をかすめると同時に、アッシュの剣が鋭く振るわれ、相手の鎧に斜めの傷を刻んだ。
闇の中、血飛沫が閃いた。
一方、セイフィナとセイラはすでに接近戦に入っていた。
長剣と鎖爪鞭が激しくぶつかり合い、火花を撒き散らしている。
「おや、騎士様か」
セイラが笑みを浮かべて詰め寄る。
「この街じゃ、女なんて路地裏の鼠。みんな自分で這い上がるしかない。……なのにあんたら女騎士は何様のつもり? 『騎士道』だの『理想』だの、笑わせるわね」
鎖爪がぎゅっと引かれ、セイフィナの籠手に絡みつく。
鋼が軋み、火花が散った。
「――口先だけの綺麗事よ!」
セイフィナは苦悶の声を飲み込んで身をひねり、絡まった鎖を振りほどく。
その目は冷たく、皮肉を吐き捨てた。
「口が臭いわね、セイラ」
「上等よ」
セイラの瞳がぎらりと光り、鞭が空を裂いて回転する。
「その綺麗な肌、真っ赤に染めてやるわ。どこまでその口、利けるかしらね?」
鞭がうなりを上げて振り下ろされる。
セイフィナは歯を食いしばり、剣で受け止めた。
衝撃が腕に響き、痺れが走る。
一方その頃、リメアは翼を広げてリゼリアをかばいながら、巷の端へと退避を試みていた。
〈早く、離れて!〉
リメアが焦ったように叫ぶ。
その手でリゼリアを引っ張りながら、狭い路地の奥へと導こうとする。
その時だった。遠くから蹄の音と鉄鎖の音が重なって響いてきた。
二人の敵兵が、怯えた魔獣を引きながら逃げようとしていた。
その背には木箱が載せられている。
箱の側面には、見覚えのある赤黒い印が刻まれていた――
「……最悪」
リゼリアの顔が一瞬で蒼白になる。
指先はリメアの翼を強く掴み、視線は箱から離れなかった。
アッシュも同時にその異変に気づき、胸がざわめいた。
(……あれを取り戻すべきか、それともまずは目の前の敵を処理するべきか)
再び突き出された長槍に対し、アッシュは剣先でそれをいなしながら、反動で相手を後退させる。
左手にはすでに魔導銃。
指先は導符に触れ、魔力を集中させていた。
銃身に刻まれた符文が一つずつ光を帯び、夜の中で青白い光が跳ねる。
その顔に浮かぶのは、鋼のように冷たい決意。
視線の先、符釘を積んだまま逃げる魔獣。
アッシュの心に、鋭い緊迫が走った。
(あれを逃せば……今までのすべてが無駄になる)
彼は敵の一撃を弾き飛ばし、振り返りざまに斬撃を受け止める。
連戦で腕が痺れ、呼吸が荒い。
だが――彼は剣を地に叩きつけ、火花を撒き散らして周囲を牽制し、両手で銃を構え直した。
魔導銃に灯る符文が連鎖し、青白い光が銃身を流れていく。
銃口に集束する光は、眩いほどに明るい。
低い振動が空気に伝わり、まるで夜そのものが緊張しているかのようだった。
炎の光が彼の横顔を照らす。
その目は、闇よりも深い静けさを湛えていた。
「こんなものを……持ち帰らせると思うな」
アッシュは引き金を引いた。
――轟ッ!
銃声が闇を貫き、青白い符弾が流星のように宙を翔ける。
それは魔獣の背に積まれた箱へ、まっすぐに撃ち込まれた。
炸裂する青白の光。
轟音とともに爆炎が上がり、箱が吹き飛ぶ。
「ッ、あああっ!」
地面が震え、破片と符釘が爆煙に呑まれる。
魔獣は怯えて暴れ、鉄鎖を引き千切って暴走を始めた。
それに引きずられた敵兵が転倒し、混乱が走る。
リメアが突進し、爪で敵の一人を叩き飛ばす。
もう一人は尻尾の一撃で壁際に吹き飛ばされ、呻き声を上げた。
〈近づくな!〉
リメアが唸るように叫び、口から火を吐く。
引きずる鎖を焼き切り、残りの敵を後退させる。
リゼリアが素早く魔獣に駆け寄り、その首筋に手を当てた。
「大丈夫……もう怖くない。落ち着いて」
魔獣はまだ荒い息を吐いていたが、徐々に蹄の動きを緩め、暴走を止めた。
その頃、別の敵がアッシュの位置を狙って再び迫っていた。
剣光が煌き、怒号が交錯する。
アッシュは歯を食いしばりながら剣を振るい、銃を切り替えて反撃に出る。
木屑を蹴り上げて敵を突き飛ばし、銃弾で別の一人を仕留めた。
最後の一人を斬り払い、息を整えながらアッシュが視線を上げる。
「止めろ――そいつを逃がすな!」
セイラの怒声が火光に乗って響き渡る。
鎖爪鞭が再び唸り、鋼の爪がセイフィナの脇腹を狙って飛んだ。
セイフィナは素早く身を翻し、短剣で受ける。
だが衝撃に手首が痺れ、体勢が崩れる。
回収された鎖爪がすぐさま反撃に転じ、唸りを上げて再度襲い来る。
今度は完全に防ぎきれなかった。
刃の先端が鎧を裂き、肌に浅く傷を刻む。
焼けるような痛みとともに、鮮血が滲む。
「……ッ」
セイフィナは歯を食いしばる。
背は木箱に押し付けられ、もはや退けない。
その時――鎖爪が再びうなりを上げる。
今度はさきほどよりも遥かに速く、鋭く。
アッシュは迷わなかった。
胸の奥に走る嫌な予感とともに、全力で前に飛び出す。
「ッ……!」
剣を振り抜き、鎖爪の進路に刃を差し出す。
——キィン!
火花とともに激突音。
アッシュの剣が鎖爪を防ぎ、その身が衝撃で揺れる。
「ノアディス……?!」
セイフィナの目に、一瞬の驚きが浮かぶ。
だが鎖爪は回転し、爪先がアッシュの肩をかすめる。
ビシャッ。
血飛沫が石畳を染める。
肩口から鋭い痛みが突き抜け、アッシュは苦悶の声を押し殺した。
腕が震え、袖は赤に染まっていく。それでも剣を離さず、踏みとどまる。
「さすが殿下……なかなか骨があるじゃない」
セイラは口元を舐めるように歪め、目を細めた。
「もっと受けてみなよ。命、保てるか試してみようか?」
アッシュは息を吐き、血を流す肩を抑えながら銃を構える。
導符に触れた指先が再び光を灯す。
青白い魔力が銃身を駆け巡り、その眼差しは、夜の炎さえ凍らせるようだった。
「いいだろう。……試してみろよ」




