西へ
「パスポートは、ないですね」
わたしは、親切な声の問いに、返事をしつつ困ってしまった。
パスポートなんてないし、いっそ召喚しようか?
しかし、月の光も墓場の土もカラスの目玉もない。召喚の成功率は低くなってしまうだろう。
わたしがパスポートの召喚について考えていたところ、親切な声が丁寧な解説を入れてくれる。
「なら、奪い取るか買うか拾うか、あるいは――かもらうかしかないでしょう」
「おすすめはありますか?」
「買うのがよいでしょう。今なら入国管理局風の場所で、安く買えるはずです」
「お金は、あまりないのです」
「おいくらですか」
「一貫文です」
わたしは、正直に言った。
少なくて、恥ずかしかったが、ここで見栄を張ってもしかたがないというものだ。
「足りませんね。ならば、奪いますか?」
親切な声に、物騒な響きが加わった。
「それは、わたしの趣味ではありませんね。あとわたしは、臆病で非力です」
「ならば、もらうしかありません。西に行くとよいでしょう」
「よくわからないけど、わかりました」
わたしは、親切な人の助言に従うことにした。
なぜなら親切な人のいうことなのだ。
きっと、間違いはあるまい。
わたしは、西へ向かった。