第8話:川の声が聞こえる
二学期が始まった。
朝のホームルーム、教室のざわつき、配られるプリント。つい最近まで毎日通っていたはずなのに、どこか遠い国に来たみたいに感じた。
「おい、田主丸の妖怪マニア。カッパに会えたか?」
後ろの席の佐々木がからかうように言ってきた。前ならうつむいて何も言えなかった。でも今日は――
「うん。会えたよ」
「……は?」
僕はにやりと笑って、筆箱からミナミの描いたケンザブロウの絵を一枚、そっと見せた。
「これ、友達が描いた。信じる人にしか見えない存在なんだ」
佐々木は言葉に詰まり、興味なさそうに席を戻した。でも、もうどうでもよかった。僕の中には、あの川の風景がある。ケンザブロウの笑顔がある。だから、胸を張っていられる。
放課後。僕はランドセルを放り出して、自転車で川へ向かった。
夕日が差す川辺は、相変わらず静かで、美しかった。
「……ケンザブロウ」
名を呼んでみる。でも返事はなかった。
「いいんだ。無理に出てこなくて。……でもね、今日、学校で言ってやったんだよ。『カッパに会えた』って。信じてるって、ちゃんと」
風が、さらりと髪を撫でた。
ふと見ると、岩の上に一本のきゅうりが乗っていた。僕が持ってきたものじゃない。ミナミ、かな?
「……ありがとう。忘れないでいてくれて」
僕は微笑んだ。
その夜、夢を見た。
川のほとり。満月の下、ケンザブロウが立っていた。前よりずっと澄んだ姿で、皿の水がきらめいていた。
「トオル。わしは、ずっとここにおる。姿が見えんくても、心の中におる。わしの声が聞こえたら、それでええんじゃ」
僕は夢の中で、泣きそうになって、でも笑って答えた。
「うん。ちゃんと、聞こえてる」
翌朝、僕は自由研究の最後のページに、こう書いた。
> カッパは、信じる人の中に生きている。
> ぼくは、それをこの夏、たしかに見た。
> ケンザブロウ、ありがとう。ぼくは、これからも信じるよ。
その言葉を書き終えたとき、窓の外で風がそっと揺れた。
まるで、あの声が――
「よう言うたな、トオル」
――届いたような気がした。




