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『最後のカッパと僕』  作者: やしゅまる
6/9

第6話:ほんとうにいたんだ

「カッパに会わせたいって……どういう意味?」


ミナミが目を丸くして僕を見た。放課後、川の近くの木陰に座っている。虫の声が鳴り始め、空はオレンジ色に染まっていた。


「今日、川に行こう。きゅうりも持ってきた。……本当に、信じてくれるなら、会えると思う」


「……うん。信じるよ」


ミナミは真剣な顔で頷いた。そのまなざしを見て、僕は心から安心した。彼女なら、大丈夫だ。


川辺に着くと、僕はそっと呼びかけた。


「ケンザブロウ、連れてきたよ!」


水音だけが返ってくる。葦が風で揺れ、鳥の羽ばたく音が聞こえる。


ミナミが小さな声でつぶやく。


「やっぱり、私じゃ……だめだったのかな」


そのとき、川の奥からぬるりと何かが浮かび上がってきた。


「うわっ……!」


ミナミが一歩引く。僕は笑った。


「大丈夫、怖くないよ。彼がケンザブロウ」


水から上がったその姿は、少し痩せて見えたけど、確かにいつものケンザブロウだった。皿の水が、わずかに光っている。


「こりゃまた……上等なきゅうりじゃな」


ケンザブロウはミナミをじっと見つめてから、にこりと笑った。


「おぬしが、トオルの“味方”か。……わしの姿が見えるとは、たいしたもんじゃ」


ミナミの目が見開かれ、口がぽかんと開いた。


「……ほんとうに、いたんだ……!」


「信じてくれてありがとう。おぬしのおかげで、皿の水がちぃと増えた気がするわい」


「カッパって……もっとこう、怖いイメージだった。でも、全然違うね。優しい」


ミナミはそっとケンザブロウの横に座った。彼女の手には、朝から描いていた新しいスケッチブック。


「ねえ、これ……あなたの絵、描いてみたんだけど」


ケンザブロウが覗き込むと、そこには今日の夕暮れの川と、岩の上に座る彼の姿があった。皿の水がキラキラと光り、きゅうりをかじる表情が優しく描かれている。


「……こりゃまた、すごい。まるで、わしが生きとるようじゃ」


「生きてるよ、ちゃんと。私、目で見たもん」


ミナミがそう言ったとき、川の水面がふわっと光を反射した。

その一瞬、僕には――皿の水があふれて、ケンザブロウの姿がいちだんとはっきり見えた気がした。


「トオル。ありがとうな。わしのこと、忘れんといてくれた。おぬしが来てからの日々、ほんとうに楽しかったわい」


「ぼくも……ケンザブロウに会えてよかった。今でも、信じられないくらいだよ。こんなふうに、誰かを“信じられる”なんて」


ケンザブロウは笑った。


「“信じる”いうのは、ええもんじゃろ? 目に見えんもんを信じる力、それがカッパを生かし、人を人にするんじゃ」


ミナミはそっと僕の方を見て、微笑んだ。


「……ねぇ、トオル。夏休み、終わってもさ……この場所、来てもいい?」


「もちろん。ずっと一緒に、来よう」


ケンザブロウは黙って二人を見つめ、そして――夕日の中へ静かに姿を沈めた。


その皿の水は、ほんのりと、やさしく光っていた。


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