第6話:ほんとうにいたんだ
「カッパに会わせたいって……どういう意味?」
ミナミが目を丸くして僕を見た。放課後、川の近くの木陰に座っている。虫の声が鳴り始め、空はオレンジ色に染まっていた。
「今日、川に行こう。きゅうりも持ってきた。……本当に、信じてくれるなら、会えると思う」
「……うん。信じるよ」
ミナミは真剣な顔で頷いた。そのまなざしを見て、僕は心から安心した。彼女なら、大丈夫だ。
川辺に着くと、僕はそっと呼びかけた。
「ケンザブロウ、連れてきたよ!」
水音だけが返ってくる。葦が風で揺れ、鳥の羽ばたく音が聞こえる。
ミナミが小さな声でつぶやく。
「やっぱり、私じゃ……だめだったのかな」
そのとき、川の奥からぬるりと何かが浮かび上がってきた。
「うわっ……!」
ミナミが一歩引く。僕は笑った。
「大丈夫、怖くないよ。彼がケンザブロウ」
水から上がったその姿は、少し痩せて見えたけど、確かにいつものケンザブロウだった。皿の水が、わずかに光っている。
「こりゃまた……上等なきゅうりじゃな」
ケンザブロウはミナミをじっと見つめてから、にこりと笑った。
「おぬしが、トオルの“味方”か。……わしの姿が見えるとは、たいしたもんじゃ」
ミナミの目が見開かれ、口がぽかんと開いた。
「……ほんとうに、いたんだ……!」
「信じてくれてありがとう。おぬしのおかげで、皿の水がちぃと増えた気がするわい」
「カッパって……もっとこう、怖いイメージだった。でも、全然違うね。優しい」
ミナミはそっとケンザブロウの横に座った。彼女の手には、朝から描いていた新しいスケッチブック。
「ねえ、これ……あなたの絵、描いてみたんだけど」
ケンザブロウが覗き込むと、そこには今日の夕暮れの川と、岩の上に座る彼の姿があった。皿の水がキラキラと光り、きゅうりをかじる表情が優しく描かれている。
「……こりゃまた、すごい。まるで、わしが生きとるようじゃ」
「生きてるよ、ちゃんと。私、目で見たもん」
ミナミがそう言ったとき、川の水面がふわっと光を反射した。
その一瞬、僕には――皿の水があふれて、ケンザブロウの姿がいちだんとはっきり見えた気がした。
「トオル。ありがとうな。わしのこと、忘れんといてくれた。おぬしが来てからの日々、ほんとうに楽しかったわい」
「ぼくも……ケンザブロウに会えてよかった。今でも、信じられないくらいだよ。こんなふうに、誰かを“信じられる”なんて」
ケンザブロウは笑った。
「“信じる”いうのは、ええもんじゃろ? 目に見えんもんを信じる力、それがカッパを生かし、人を人にするんじゃ」
ミナミはそっと僕の方を見て、微笑んだ。
「……ねぇ、トオル。夏休み、終わってもさ……この場所、来てもいい?」
「もちろん。ずっと一緒に、来よう」
ケンザブロウは黙って二人を見つめ、そして――夕日の中へ静かに姿を沈めた。
その皿の水は、ほんのりと、やさしく光っていた。