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『最後のカッパと僕』  作者: やしゅまる
2/9

第2話:だれにも見えない友達

次の日も、僕は川に行った。


 蝉の声がうるさいくらい響いているのに、川のほとりはどこか静かで、すうっと心が落ち着く。

 昨日の出来事――ケンザブロウとの出会いが、夢だったのか、本当にあったのか、不思議な感じがした。


 でも、川の岩場にきゅうりの皮が一枚残っていた。夢じゃなかった。


 「来たな、トオル」


 声がして振り返ると、今日もケンザブロウが同じ岩の上に座っていた。

 日差しをよけるように、手ぬぐいを頭に巻いていて、なんだか漁師のおじいさんみたいだった。


 「今日も……来ていいの?」


 「ん? 当たり前じゃ。わしは暇で暇でたまらんのじゃ。きゅうりはあるか?」


 「あるよ」


 リュックから取り出したきゅうりを渡すと、ケンザブロウは満足そうにポリポリと音を立ててかじった。食べ方はなんだか雑なのに、なぜか嬉しそうに見えた。


 「おぬし、今日はちょっと元気そうじゃな」


 「うん……昨日、誰かと話せて、少しだけ楽になった」


 そう答えてから、僕はちょっと恥ずかしくなってうつむいた。


 「学校、つらかったんじゃろ」


 ケンザブロウが、静かに言った。


 僕は、しばらく黙っていた。

 でも、ここなら話してもいい気がした。


 「……僕、カッパの話が好きでさ。田主丸って昔からカッパ伝説があるって、図書室で読んで……それでみんなに話したら、バカにされて。『お前もカッパみたいに気持ち悪い』って言われて、机離されて……それが、ずっと、痛かった」


 ケンザブロウは、黙って僕の話を聞いていた。

 やがて、ぽつりとつぶやいた。


 「人間ってやつは、見えんもんを信じる力がだんだん失せていく。昔はわしらもよう見えとったのにな」


 「僕には、見えてるよ」


 僕の声に、ケンザブロウは驚いたように目を丸くした。

 でもすぐに、にやりと笑った。


 「そうか。なら、わしとおぬしは“本当の友達”ってやつじゃな」


 その言葉が、胸の奥であったかく広がった。


 「なぁ、ケンザブロウ……ずっと、ここにいてくれる?」


 そう尋ねると、ケンザブロウはふっと目を細めた。

 風が吹いて、川面がきらきらと揺れた。


 「わからんよ。わしはな、もう“最後のカッパ”じゃけん。時がくれば、どこかへ行くかもしれん」


 「最後……?」


 「昔は、川にも山にも、たくさんのカッパがいた。人間と遊んで、時には悪さして、でも仲良うしとった。けど、だんだん人間が川から離れて、山を削って、遊びに来なくなった。わしの仲間も、姿を消した」


 僕は言葉が出なかった。


 「じゃが、こうしてまだ“見えるやつ”が来てくれるなら……わしも、もうちょっとだけここにおれるかもしれんのう」


 「……僕が、見てるから」


 「うむ。それで十分じゃ」


 ケンザブロウの目が、どこか遠くを見ていた。

 でも、今だけは確かに僕と向き合ってくれていた。


 その日、僕は川を離れるのが少しだけ惜しくなった。

 誰にも言えなかったことを、聞いてくれる相手がいるだけで、世界がほんの少し優しくなる――そんな気がした。


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