第2話:だれにも見えない友達
次の日も、僕は川に行った。
蝉の声がうるさいくらい響いているのに、川のほとりはどこか静かで、すうっと心が落ち着く。
昨日の出来事――ケンザブロウとの出会いが、夢だったのか、本当にあったのか、不思議な感じがした。
でも、川の岩場にきゅうりの皮が一枚残っていた。夢じゃなかった。
「来たな、トオル」
声がして振り返ると、今日もケンザブロウが同じ岩の上に座っていた。
日差しをよけるように、手ぬぐいを頭に巻いていて、なんだか漁師のおじいさんみたいだった。
「今日も……来ていいの?」
「ん? 当たり前じゃ。わしは暇で暇でたまらんのじゃ。きゅうりはあるか?」
「あるよ」
リュックから取り出したきゅうりを渡すと、ケンザブロウは満足そうにポリポリと音を立ててかじった。食べ方はなんだか雑なのに、なぜか嬉しそうに見えた。
「おぬし、今日はちょっと元気そうじゃな」
「うん……昨日、誰かと話せて、少しだけ楽になった」
そう答えてから、僕はちょっと恥ずかしくなってうつむいた。
「学校、つらかったんじゃろ」
ケンザブロウが、静かに言った。
僕は、しばらく黙っていた。
でも、ここなら話してもいい気がした。
「……僕、カッパの話が好きでさ。田主丸って昔からカッパ伝説があるって、図書室で読んで……それでみんなに話したら、バカにされて。『お前もカッパみたいに気持ち悪い』って言われて、机離されて……それが、ずっと、痛かった」
ケンザブロウは、黙って僕の話を聞いていた。
やがて、ぽつりとつぶやいた。
「人間ってやつは、見えんもんを信じる力がだんだん失せていく。昔はわしらもよう見えとったのにな」
「僕には、見えてるよ」
僕の声に、ケンザブロウは驚いたように目を丸くした。
でもすぐに、にやりと笑った。
「そうか。なら、わしとおぬしは“本当の友達”ってやつじゃな」
その言葉が、胸の奥であったかく広がった。
「なぁ、ケンザブロウ……ずっと、ここにいてくれる?」
そう尋ねると、ケンザブロウはふっと目を細めた。
風が吹いて、川面がきらきらと揺れた。
「わからんよ。わしはな、もう“最後のカッパ”じゃけん。時がくれば、どこかへ行くかもしれん」
「最後……?」
「昔は、川にも山にも、たくさんのカッパがいた。人間と遊んで、時には悪さして、でも仲良うしとった。けど、だんだん人間が川から離れて、山を削って、遊びに来なくなった。わしの仲間も、姿を消した」
僕は言葉が出なかった。
「じゃが、こうしてまだ“見えるやつ”が来てくれるなら……わしも、もうちょっとだけここにおれるかもしれんのう」
「……僕が、見てるから」
「うむ。それで十分じゃ」
ケンザブロウの目が、どこか遠くを見ていた。
でも、今だけは確かに僕と向き合ってくれていた。
その日、僕は川を離れるのが少しだけ惜しくなった。
誰にも言えなかったことを、聞いてくれる相手がいるだけで、世界がほんの少し優しくなる――そんな気がした。