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魔女の御伽話  作者: たかさん
『知識の魔女』
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4話

 暖かい日差しが照らす礼拝堂。礼拝堂の最前例の椅子でぐっすり眠っているグレイヤを鉄の鎧をまとった女騎士が肩を軽く叩いてそっと起こす。


「魔女様、魔女様」


 グレイヤは「うぅ・・・」とうめき声を漏らし、眉間に皺を寄せながら目を覚ました。眠たげな視界の中に、胸元に赤い十字架を刻んだ鉄の鎧をまとった女騎士が映り込んだ。グレイヤは眠そうに目をこすりながら問いかけた。


「あんたは誰?」

「ワタクシは教団の騎士です。ちょっと依頼の件で話したいこがあります」

「教団、騎士・・・あ、そう」


 グレイヤは上体を起こし、きちんと座った。そして女騎士に何も言わずに右手を伸べす。女騎士は首を傾げながらグレイヤの手のひらをじっと見下ろす。


「依頼完了したから報酬ちょうだい」

「あ、報酬のことですか。もちろんお支払いさせていただきます。ですが、その前に・・・」


 女騎士はぎこちない笑みを浮かべて異端者のところへ顔を向ける。セシリアも女騎士について異端者に顔を向ける。異端者は全身を拘束具でしっかりと縛られ、数人の騎士に囲まれて厳重に監視されている。


「あの異端者の取り調べを手伝っていただけませんか。こっちだかでやろうとしまたんですけど、全然口を開かなくて」


 女騎士の懇願に、グレイヤは面倒くさそうに「はぁ・・・」と深いため息をついた。そして顔をあげ、無表情のまま女騎士を見上げる。


「追加料金がかかるけど、いいの」

「え、追加料金がかかるんですか」

「当たり前でしょ、依頼内容に異端者の取調べは入っていなかったから、追加料金がかかるのは当然」

「うーん、まあそれはそうですけど。ちなみにその追加料金っていくらくらいですか」

「金貨三つ」

「き金貨三つ?!」


 驚いた女騎士は目を丸くして、大声で聞き返した。魔女の依頼費は魔女の気まぐれだと言われたけど、金貨三枚なんて、とんでもなかった。金貨三枚は一般の労働者が一年かけてようやく稼げるの額だった。


「あの、金貨三つはちょっと高すぎます、少しまけては」

「ダメ」


 グレイヤはきっぱり断った。それを聞いて女騎士は困った表情を隠せなかった。そんな彼女を見て、グレイヤが言った。


「嫌なら、別にくれなくてもいい」

「そういうことは」

「ワタシは報酬だけ持って帰ればいいから」

「それだけは勘弁してください」


 そう言って女騎士は深いため息と共にしばらく悩んだ。そしてやがて決心がついたように、目をぎゅっとつぶって言う。


「わかりました。追加料金で金貨三つお支払いしますから、手伝ってください」

「わかった。これで契約成立。手伝う」


 契約が成立したグレイヤは、再び胸元から杖を取り出して異端者に向かって歩いていった。グレイヤは異端者の前に立って彼の頭上に杖を向ける。異端者は発作のように激しく怒り声を上げたが、残念ながら口の拘束具に塞がれ彼の言うことは伝えられなかった。


「あんたが見せてくれたあの雑な洗脳魔法じゃなく、ちゃんとした洗脳魔法を見せてやる」


 グレイヤは小声で呪文を唱え始めた。するとグレイヤの周囲に黒い気の魔力が揺れ動きだして、異端者を包み込んだ。黒い気の魔力は異端者を拘束する拘束具の隙間から入り込み、異端者の耳と鼻、目、口、体のあらゆる穴に染み込んだ。

 異端者は苦しそうに声にならない悲鳴をあげた。体には青い血管が浮かび、顔は青紫色になった。その様子は周囲の騎士たちは全員顔をしかめさせた。だがたった一人、フレイヤだけは無表情のまま、異端者から目を逸らさずじっと見守っていた。異端者は次第に大人しくなり、やがて洗脳された子供たち以上に虚ろな顔で虚空を見つめ始めた。


「これで素直に聞かれたことに答えるよ」


 グレイヤが騎士たちに向けて言った。だが騎士たちから返ってくる反応はどこかおかしい。騎士たちは少し怯えた顔でグレイヤの目を合わせないようにそっと顔を逸らした。

 それは今のグレイヤが見せた魔法が原因だった。教団の騎士はあわゆる異端との戦いで様々な邪悪な魔法を見てきたが、それでもグレイヤの魔法みたいなものは初めてだった。セシリアの洗脳魔法は他の魔女と魔法使いの洗脳魔法と比べものにならないほど、闇が濃くて残酷だった。


「口輪を外せ」


 騎士たちがグレイヤの目線を避けていた時、後ろからグレイヤを起こした女騎士の声が聞こえてきた。女騎士はグレイヤの方へ向かってツカツカと歩み寄ってくる。


「何をぼーっとしてんだ。口輪を外せって聞こえなかったかい」


 女騎士の怒鳴り声に、やっと我に返って騎士たちは慌てて異端者を拘束する拘束具を外した。異端者は何の抵抗も見せなかった。

 女騎士はグレイヤの隣に立って異端者を見下ろす。


「なんでも答えるんですね?」

「うん」


 グレイヤは簡潔に答えた。答えを聞いた女騎士はしばらく考え込んだ後、彼女は口を開き取調べを始めた。


「お前は何者だ、名前は?」

「オレに名前などない。ただバアル様に仕える従者、それだけだ」


 女騎士の質問に、異端者は素直に答え始めた。


「お前が誘拐した子供はここにいた子たちが全部か」

「違う」

「じゃ他の子達はどうした」

「とっくにバアル様の捧げ物になった」

「それはつつまり死んだってことか」

「・・・そう」

「このクソヤロが」


 無垢な子供たちを生贄に捧げたという事実に激昂した女騎士は、拳を振り上げ異端者を殴ろうとした。異端者に拳を振り下ろそうとしたその刹那、隣のグレイヤが女騎士の肩を掴んで首を横に振った。


「今殴ったら死ぬ」

「でも」

「死んだらもう情報を引き出せない。それは非効率的」

「わかりました」


 女騎士は仕方なく拳を下ろした。そしてしばらく興奮を抑え、再び質問を続けた。


「じゃその子たちの死体は今どこへあるんだ」

「説教壇の裏に隠し部屋がある。そこに捨てておいた」

「・・・そこへ案内しろ」

「・・・・・・」


 異端者は静かに立ち上がり、説教壇へ上がる。異端者が動く度に彼の体の拘束具がぶつかりあってチリンチリンと小さな音を立てた。グレイヤと女騎士は言葉を交わすことなく、その後ろを追った。

 そうして説教壇の上に上がり壁際まで行くと、説教壇の裏に隠し扉が一つ現れた。隠し部屋の入口に思しきその扉は、壁と同じ色に塗られ、巧妙に隠されていた。女騎士は躊躇うことなくその扉を開けた。扉を開けた途端、鼻をつく悪臭がむわっと漂ってきた。扉の向こうに続く階段は、かなり深くまで延びているのか、その先は闇に飲まれて見えなかった。

 女騎士とグレイヤは騎士が持ってきたランタンを手に取り、異端者を先頭に立たせて階段を下りていく。降りれば降りるほど、悪臭がますます強まり、階段のあちこちには虫の姿も頻繁に見られた。

 そうしてしばらく降り続けた末、下の方に古びた木製扉が見え始めた。


「ここか」

「そう」


 女騎士は古びた木製扉の前に立ち、まるで心の準備をするかのように深く息を吐いた。それから女騎士は決意に満ちた顔で取手をしっかりと掴み、力強く扉を押し開けた。


「こ、こんな」


 扉の向こうに広がる凄惨な光景を目の当たりにした女騎士は、衝撃のあまり言葉を失った。そこには人の白骨とまだ完全に腐敗していない死体がびっしりと転がっていた。骨の大きさと骨格で判断すると、大人の死体も混じってはいたが、ほとんどが子供のものだった。

 今まで数多の異端の拠点を調査し、数々の凄惨な光景を見てきた女騎士だったが、この部屋ほどまでに悍ましい光景を目にするのは初めてだった。女騎士は吐きそうになるのを、どうにか堪えて口を開いた。


「お前ぇまさかここの人たちを全部生贄にしたのか」

「違う。オレたちは子供しか捧げない。まあ、子供の中でも実際に捧げたのは半分だけだ」

「さあ、残りの半分は」

「なんとなく死んだ奴ら」


 異端者の返答に、怒りが込み上げた女騎士は腰の剣を抜き放った。そのまま異端者を斬り捨てんばかりの勢いだった。だが、今回もまたグレイヤによってその行動は阻止された。


「さっきも言った通り、今殺したら情報を得られない」


 グレイヤは無表情のまま女騎士を落ち着かせようとした。だが今回は女騎士は我慢できなかった。女騎士はグレイヤに向かって大声を上げた。


「あなたは腹も立たないんですかっ。子供たちの死体を見ても?」


 女騎士はこの凄惨な光景を前にしても平常心を保つグレイヤのことが理解できない。せめて人間であるならば、まともな人間性を持つ者であれば、この光景を見ると激動するのが正常なはず。だがグレイヤはそのような気配が一切なく、むしろ最初目覚ました際とずっと同じ表情だった。


「こいつのせいでたくさんの子供たちが死んだんです。こいつのせいで無垢な子供たちが、何も知らないまま生贄に・・・・・・なのにあなたはこんな者を目の前にしても怒りを覚えないんですか」


 女騎士はグレイヤに向かって声を荒げた。だがグレイヤは、かえってそんな彼女の反応が理解できないといった様子で、首を傾げた。


「知り合いでもあるの」


 グレイヤのその一言に、女騎士は言葉を失った。その問いは、本当に純粋な好奇心から発せられたものだった。だからか、女騎士はそんなグレイヤの姿に得体の知れない恐ろしさを感じた。

 

「とにかくワタシの役目を果たした。あとは一人で頑張って。あ、あと依頼報酬と追加料金、全部で貨八つだからちゃんと用意しといて」

「・・・・・・」

「それじゃワタシは上で待ってるから」


 その言葉だけ残して、グレイヤは死体に満たされた地下室から出た。地下室を出る最後の最後までグレイヤは表情が変わることはなかった。


 『知識の魔女』グレイヤ・アステア。彼女を知る魔女たちは皆、口を揃えてこう評する。「人間性を引き換えに魔法の才能を授かった少女」だと。

 グレイヤの才能は千年に一度現れるかどうかの逸材と称されるほどだったが、そのくらい人間性に欠けていた。人間であればごく自然に抱くはずの感情を、グレイヤは感じることができない。誰かのために怒ることも、一緒に泣いてくれることも、グレイヤにはできないことだ。

 つまり、『知識の魔城』グレイヤ・アステアは、魔法という知識と引き換えに人間性を失った呪いにかかった魔女であった。

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