3話
薄暗い礼拝堂の中。知識の魔女グレイヤは無表情のまま神父に杖を突きつけている。一切の感情も現れない彼女の顔は、いつ魔法が放たれるかわからないという緊張感で相手をさらに圧迫していた。だがそんな彼女と対峙する神父は、驚くほど冷静な表情でグレイヤを見つめ返している。
「魔女、でしたか。フフッ、ならこれも知ってますね? 教会内で魔法は禁止されていることは」
「うん、知ってる」
「それをご存知の方が魔法でうちの修女を殺すなんて、このことが教団に知らせたらあなたは死刑ですよ」
グレイヤは何の返事もしなかった。自分に不利な話だからか理由はわからないが、今重要なのは、グレイヤが神父の話を聞いているということだった。神父はその流れに乗って、言い続けた。
「まあでもワタシたちのせいで魔女さんが死刑されるのは、ワタシも望んでありません。ですから今すぐこの教会を出てくれれば、このことは教団に内緒に」
「大丈夫。ここ、異端だから」
グレイヤの予想せぬ返事に、神父は顔に戸惑いの色を隠せなかった。
「あとワタシは教団から異端の調査を依頼された魔女。魔法の許可は取った」
グレイヤの返答を聞いた神父は、しばらく呆然と彼女を見つめていたが、やがて狂った人のように笑い始めた。
「そうですか、もう全部バレてんたんですか。はあ、あなたはいつからここにいたんですか」
「儀式が始まった時から」
「と言うことは子供を捧げる姿も全部見たってことですね」
「うん見た」
グレイヤは驚くほど淡々と答えた。子供の死を目の当たりにした人とは思えないほどだった。
「あの部屋からどうやって出たんですか」
「ドアを開けて」
「冗談はやめてください。あの部屋は中から絶対出られないように魔法をかけておいたんです」
「あんな雑な魔法式じゃ人どころか、アリ一匹も閉じ込められない」
「・・・・・・今雑な魔法式と言いましたか」
「うん、雑な魔法式」
グレイヤは針を打つように、もう一度はっきりとそう言った。それを聞いた神父は額の血管が浮き上がった。
「魔女なんかが今バアル様から頂いた力にとって粗雑だと?! 何事だ、我らの神を冒涜すつなんて、今の言葉取り消せぇ!」
「どうせ数千年前没落した神。弱いのも当然」
「このクソ魔女が!」
神父は怒りに震え、言葉を詰まらせた。しかし自分の感情を抑えきれない姿を気づき、咳払いを何度かしてようやく冷静さを取り戻した。そして、ゆっくり落ち着いた口調で話を続けた。
「我らのバアル様は決して弱くありません。その証拠に、さっきからあなたは何も気づいていないではありませんか」
「うん?」
グレイヤが首を傾げる。その瞬間、グレイヤの足元から黒い気運の魔力が揺らめきながら立ち上り、彼女を覆い尽くした。グレイヤが黒い魔力の繭に閉じ込められると、神父は不敵に口元を歪めた。
「さっきあなたと話し始めた時から仕込んでた洗脳魔法です。バアル様から授かった力でかけた魔法なので、絶対に抜け出せません」
「・・・・・・」
「我らの神を冒涜した罪は万死に値するが、あなたは強そですから、特別に次の修女として迎え入れてやろ。さあ、早く我らの神を受け入れ、新たな者に生まれ変わりなさい」
勝利を確信した神父は、喜悦に満ちた顔で新たな修女の誕生を待った。だが、新たな修女が誕生しようとした瞬間、黒い繭から強烈な光が漏れ始め、やがて白い光は暗い繭を木っ端微塵に吹き飛ばした。
信じがたい光景に、神父はは驚愕した。
「こ、こんなのあり得ない」
「こんな雑な魔法じゃワタシの防御魔法を破れない。あと」
グレイヤは杖を持ち上げ説教壇の偶像に向けって突きつける。グレイヤの杖の先に巨大な魔法陣が浮かび上がり、白い魔力の光線が稲妻のように空間を切り裂いて放たれた。白い魔力の光線はそのまま偶像の頭をぶっ壊した。
「あんたの神は弱い」
偶像の頭部の破片が落ちる音の中で、グレイヤの静かな声が神父の耳に鮮明に響き渡った。
「ああり得ない」
神父の身体は、驚異と恐怖に震え始めた。あの偶像は全身が鋼でできており、魔法ごときで破壊されるようなものではなかった。なのに、あの魔女の魔法でそう簡単に粉々にしてしまうとは。
しかし今、神父を何よりも恐怖に震えさせているのは、あの魔法ではなく、グレイヤの冷たい顔だった。最初会った時も、じっと座って儀式を見守っていた時も、修女を殺した時も、そして今も、少しも変わらないその無表情さが、神父の背筋を凍らせた。
崩れ落ちる偶像をじっと眺めていたグレイヤは神父に顔を向け、「次はお前」というように杖を向け、ゆっくり近づいていった。無表情のまま自分を見つめるグレイヤの姿に、神父は襲いくる恐怖に抗えず、思わず後ずさりした。その時、背中に立っている子供たちが目に入った神父はポケットから小さなナイフを取り出して子供たちを人質に取った。
「これ以上近づいたら、この子達を殺すぞ!」
神父の脅迫に、グレイヤは足を止めた。これで自分の生き延びる道がでいたと、神父は思った。だが、
「殺して」
グレイヤの答えは神父が予想と全く違った。そのため、神父は動揺を隠すことができなかった。
「今この子達が死んでも構わないってことか」
「ワタシの依頼は異端者を捕まえるだけ。あの子達の安全は依頼内容に入っていない。だからあの子達はどうでもいい」
「・・・・・・」
「あ、でも服に血がついたら困るから、血が飛び散らないように殺して」
子供たちの安全より自分の服を心配するグレイヤの人間性に、神父は衝撃に手からナイフを落としてしまった。慌ててナイフを拾おうと俯いた瞬間、グレイヤが神父の頭上に杖を向けた。
「殺さないなら、そろそろ終わりにしてもいいよね」
グレイヤの声に、神父はゆっくり顔を上げ、グレイヤを見上げた。相変わらず感情のない顔だった。
「でも殺しはしないよ。生け捕りが依頼だったから」
そう言って、グレイヤは杖で神父の額を軽く叩いた。すると、神父の意識は遠のいていった
「この化け物目」
完全に意識が切れる前、神父の口から微かな声が漏れた。だが残念ながらその声はグレイヤの耳に届かなかった
グレイヤは意識を失って倒れた神父をじっと見下ろし、杖を胸元に入れる。窓の外にはすでに太陽が昇り、朝の訪れを告げていた
「これで依頼は完了。あとは」
グレイヤは伸びをしてあくびをした。先日から夜更かしした上で、雪山を登るのにかなり疲れた状態だった。
「教団の人がくるまで少し寝るか」
グレイヤは眠い目をこすりながら礼拝堂の椅子に向かう。その時、相変わらず空っぽな目で虚空を眺めている子供たちがグレイヤの目に入った。
「この子達は、やっぱ洗脳か」
最初この礼拝堂に入った時から、とっくに気づいていた。空っぽな目とポカンとした顔。あの異端の洗脳にかけられて教会へ閉じ込められていたのだ。
こんな洗脳魔法などグレイヤは簡単に解けるだけど、グレイヤは子供たちから背を向けた。
ーー今解けたら面倒なことになるから
子供たちの泣き声はうるさくて大嫌いだった。そもそも依頼内容に子供たちに関する内容は入っていなかったし、あのまま教団に引き渡す方が遥かに合理的だとグレイヤは判断した。
こうして依頼を終えたグレイヤは、礼拝堂の最前列の椅子に身を横たえた。
「あとは教団から報酬を受け取れば・・・」
グレイヤの声は、眠気に包まれて次第に小さくなっていった。
暖かい日差しが照らす礼拝堂の中、洗脳されている子供たち、グレイヤは礼拝堂の椅子の上でぐっすり眠りに落ちた。