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三
高エネルギー物理学科の若き教授、有村 夏希は研究センター隣の棟にいる。玲奈が叩くドアに「入っていいわよ」と通る声が聞こえる。部屋に足を踏み入れると、机いっぱいに散らばった論文の山と実験装置のパーツが目に入った。
「何かあったの?」
有村はパソコン画面から視線を移さないまま質問する。玲奈は手短に、拓海の発見したパルスの話と自分の量子ゲート実験のログに見られる妙な相関を説明した。
「なるほどね。じゃあ、あなたの実験室で制御しようとしている量子もつれペアが、その銀河系外のパルスと“謎の連動”を起こしているかもしれないってことか」
「そうなるんです。けど、理論的にはちょっと考えにくくて……」
「まあ、現代科学の常識内ではそうだろうけど、こういうときこそ新しい視点が必要なんじゃない? 私、協力するわ。あと、望月先生にも会わせて。以前別の研究で一度議論したことがあってね、あの人は面白い発想するから」
有村はパソコン画面を閉じ、いつもの飄々とした笑顔を見せた。玲奈はひとまず陳教授にも相談したうえで、学内の研究者を交えた小さな勉強会を企画することにした。