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安息を望むもの

転移先の空間は、薄暗い闘技場のような作りをしていた。

観客席などは無いが、半径400メートルほどの円形の石畳。

そして、中央に鎮座していたのは、女性の上半身に下半身が蜘蛛のモンスター、アラクネだった。ランクはSSランク相当。

上半身に人間と同じ特徴をもつモンスターは、相応に頭が良い。

脳が人と同じ作りだからだ。

竜種もかなり頭が良い事で有名だが、アラクネはそれより遥かに賢い。

上半身の女の姿は、とてもではないが、化け物とは思えない妖艶さを見せている。

但し、下半身の蜘蛛足は、ぎちぎちと異音を放っていた。

アラクネは蜘蛛型モンスター。

当たり前だが、闘技場内は蜘蛛糸が所狭しと張り巡らされ、彼女に優位な感情を作り上げている。

蜘蛛の巣に、なんの対策もなく突っ込む馬鹿は流石に居ない。


「サクヤ、巣を燃やせる?」


「はい、簡単です」


「なら攻撃はミズキに任せるわ」


「ああ、わかった」


サクヤが素早く四十階梯炎魔術、獄炎の(インフェルノ)で蜘蛛糸を全て焼き払い、ミズキがアラクネに素早く肉薄する。

蜘蛛足でミズキを突き殺そうとしたアラクネだったが、全て回避され、上半身の腹を思い切り殴り飛ばされた。

神級のナックルを装備しているとはいえ、今のミズキは人型。

体重も、体格も人間とさほど変わらない。

唯一点違うことがあるとすれば、神獣が故に常に展開されている、超身体強化ぐらいだろう。

ドカァンと大きな音を立てて、吹き飛ばされたアラクネは、腹に大穴を開けつつもかろうじて生きていた。

拳の大きさ分貫通した腹からは、零れるように毒々しい紫色の血が噴き出している。

口からも血を吐き、八本ある蜘蛛足でかろうじて体を支えている状態だ。

最早反撃する余裕などありはしないだろう。


『ガハッ…世界を、変革しうる、者よ。我に安息を…』


「…ああ」


ミズキが闇魔術を発動させる。

強力な瘴気が、アラクネの身体を溶かし、絶命させた。

アラクネは、賢い。

モンスターとして、このダンジョンに縛られ、最下層から出ることも出来ず、芽生えた自我で、自身の運命を呪ったのだろう。

竜はダンジョンを巣として認識し、生きることが出来ていたが、アラクネにとってはここは監獄以外の何物でもなかった。

ダンジョンの外へ出て、魔獣として生きる道もあったかもしれない。

だが、この上の階層まマグマが煮えたぎる火山地帯。

相性が悪すぎたのだ。

彼女が望んだのは死だった。

ただそれだけ。


「っち…知性の高いモンスターってのは後味が悪ぃな」


不機嫌そうに吐き捨てたミズキが、ドロップ品に変わったアラクネを見て舌打ちする。

モンスターにも魔獣にも、自我があるものは稀に存在する。

特に今回のような、上半身が人型だったり、数百、数千年を生きる存在ならばなおの事。

知性を持った魔獣は、人を襲うことを避けるきらいがあるが、モンスターはそうもいかない。

ダンジョンの一部として生成され、その場を守ることを義務付けられた知生体の生涯は残酷だ。

自分より弱いものは殺し、強いものを切望する。

自身の死をもって魂を解放される瞬間まで。

瘴気に溶かされ、死を迎えた瞬間、アラクネは笑っていたように見えた。


「ほらよ」


投げ渡されたのは、アラクネの毒牙と特大の魔石、神級アーティファクトだった。

小さな蜘蛛の繭に見えるそれを鑑定してみる。


蜘蛛女王の繭 神級アーティファクト

様々な性質を持つ蜘蛛糸を自在に操れる。

鋼糸は竜の首をも落とし、粘糸はどんな獲物をも絡め取り、透明糸はあらゆる情報を得るだろう。


つまり糸を自在に操れるアーティファクトだ。

使い方次第で、様々なことが出来るだろう。

誰に持たせるか暫く考え、エルノアが適任だろうと彼に渡す。

エルノアのユニークスキル暗殺者なら、こういう細かい作業には向いているだろうから。

手渡した蜘蛛女王の繭の性能チェックをしていたエルノアは、大体能力を把握したようで、感心したように声を漏らした。


「ふぅん…確かにこれがあれば、裏仕事はかなり楽になるけど。ほんとに俺で良いの?」


「ええ。貴方の分身術と組み合わせれば、汚れ仕事が楽になるでしょ」


「あー…俺が各国の膿を潰して回ってるの、知ってたんだ?」


「国王が動いた形跡もないのに、違法奴隷商や闇商人、腐った貴族に至るまで、定期的に暗殺されてれば、私だって気付くわよ」


「そ。ならもらっとく」


「ええ」


頷いて、エルノアから視線を逸らすと、サクヤが階層踏破証明書を空間ボックスに仕舞っているところだった。

その近くに、踏破者だけが利用できる、地上への魔方陣が見えた。


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