胸の内
乾燥魔術で水気を飛ばしてくれたエルノアが、私をベッドの上に降ろしてくれる。
私がネグリジェを取り出して袖を通すと、密室状態にしていた三重結界をエルノアが解いた。
「お前、最後までヤったんじゃねぇだろうな」
「やるわけないじゃん。ちゃんと我慢したってば」
未だ裸のエルノアは、自分のそれに視線を落とすと、服を取りに離れていった。
欲情した証を隠しもしないエルノアを見て、納得したらしいミズキが、私をぎゅっと抱きしめる。
ミズキの香りに包まれたとたん、とくんと胸が脈打った。
心臓の鼓動が乱れるなんて初めての経験で戸惑っていると、ミズキが優しく口づけを落としてきた。
顔に熱が集まる。
紅くなった顔を背ける私を見て、ミズキが満足そうに笑みを浮かべた。
「ゆっくり休め」
「うん…」
こくりと頷いて私はベッドに潜り込んだ。
レイ様が寝静まったのを気配で感じ取って、私はミズキのそばに腰を下ろした。
「レイ様に何をしたのですか?」
「ああ?別になんもしてねぇよ」
ぶっきらぼうな物言いが返ってきて、私はがしっとミズキの腕を掴む。
「レイ様が赤面されたのですよ?何かきっかけが無ければあんなに態度が変わるはずありません」
深く追求すると、ミズキは隠すのを諦めたのか、不機嫌そうに呟いた。
「感情感応っつースキルがあるんだとよ。お前もレイが好きなら、気持ちを伝えりゃいい」
「気持ちを伝えればレイ様の心が動くと?」
聞き出した情報にどくんと心臓が跳ねた。
私の感情が、レイ様の心を動かすかもしれないという期待に、胸が熱くなる。
「まぁ、抱いてる気持ちの大きさに比例するんじゃねぇか?四六時中彼奴の事しか考えてねぇ俺でも、恋愛対象として見れるようになった程度だ。自信がねぇならやめとけよ」
「…不愉快ですね。あなたのような野蛮で粗野な男が抱く感情に、私の抱いている感情が及ばないとでも?」
四六時中どころか、一瞬たりともレイ様への気持ちが薄れたことなどない。
ハイトロネアのダンジョンを潜るにつれて大きくなった感情は、身体を重ねたあの日から、愛情を通り越して狂おしい程に増大している。
それでも手を出さないのは、私の理性が、ミズキやエルノアよりも強固なものだからだという理由だけだ。
下手に手を出して、嫌われたらと思うと、どうしても取り繕ってしまう。
自分を見て欲しいのに、それと同時に意に反した行動をした時の反動が恐ろしかった。
「は。ならもっと本気で堕としにかかれよ。優男の仮面なんざつけてちゃ、いつまで経ってもあいつがお前を見ることはねぇぞ」
自分と違って行動力のあるミズキがある意味羨ましくなった。
「…はぁ…。貴方はレイ様に触れて嫌われたらと考えたことは無いのですか?」
「嫌いなやつに体を許す程、あいつが淫乱に見えてたのか?」
「…いえ、ですが、それは自分の眷属への信頼であり、好意ではないでしょう」
私の返答にミズキは少し考えてふっと笑みを浮かべた。
「そうでもねぇんじゃねぇか?少なくとも、面倒な頼みを押し付けたと思い込んで、俺らを邪険に出来なくはなってるからな。その隙を付けば多少は無茶も通る」
「つまりレイ様の優しさに付け込んで好き勝手やったと」
「…否定はしねぇが、あのスキルは嬉しい誤算だったな。お蔭で淫紋が消える前に性欲を植え付ける過程が大分楽になった」
大分性格の悪い事を考えているミズキに、私は冷たい視線を向けた。
「…私あなたの事を軽蔑しそうです」
「るっせぇ。淫紋が消えたら触れられなくなるなんて冗談じゃねぇよ。一度覚えた好きな女の身体の味を忘れられるかってんだ」
「…まぁ、一応理解はしますが…同意はしかねますね」
「ならお前は、あいつに触れられなくなっても構わねぇってんだな?」
この狂おしい程の愛情に永遠に蓋をして生きていくことを想像して、背筋が凍る。
「…いっそ死にたいですね」
真なる神獣になった私は不老不死のエクストラスキルを獲得している。
もし死にたくなっても、鳳凰になったこの身は自死すら許されない。
「だったらお前も行動で示せよ。恐怖心なんざ捨てちまえ。あのお優しいレイ様が、俺らを毛嫌いする姿が想像できんのか?」
毎食私達の食事を楽しそうに作っては、驚きと好奇心を刺激し、称賛すれば嬉しそうに顔を綻ばせるレイ様を思い、自分が如何にあの方に対して臆病で居たのかを自覚する。
そして思い返す。
ミズキの口づけに顔を赤く染めて恥ずかしそうに俯いた彼女を。
自分の事も、そんな風に見てくれるだろうか。
それが叶ったならばどれほど幸せな事だろうか。
想像して、胸が高鳴った。
「わかりました。情報提供感謝します」
「…多分エルノアももう気持ちは伝えてるはずだ。あとはお前だけだぜ」
「ええ、そうでしょうね。あのエルノアがレイ様と二人きりになって、感情を吐露しないはずありませんから」
明日の夜、気持ちを告げよう。
感情感応というスキルがこの気が狂いそうになる程の愛情に呼応する物なら、誰にも負けない自信があるから。
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