悪夢の階層
階層を降りたところで私はぞっと肌を泡立てる。
私にトラウマを植え付けた触手生物が、広大な空間を隙間なく埋め尽くしていた。
「…は。これ全部淫魔か?」
「ええ、そのようですね。幸い、見た目通り炎には弱いようですが」
十階梯の炎魔術で焼き払いながら、うごめく触手の数を見て、辟易するミズキ。
「どうすんだ?安全な場所なんてなさそうだぞ」
「そろそろ夕食の時間ですが…この階層に留まるのは得策とはいいがたいですね」
サクヤが悩まし気に思考する。
「仕方ありません。大魔術で焼き払いましょう」
瞬時に思考を切り替えたサクヤが、七十階梯の炎魔術を発動し、周囲を焼き払った。
七十階梯炎魔術、黒獄炎。
地獄の業火よりなお熱い、黒い炎が、サクヤを中心に周囲数キロに及ぶ広大な範囲を、ガラス状の大地へと変質させた。
周囲から触手型淫魔が殲滅され、安全な場所が確保されると、サクヤが続けて広い範囲に不可侵結界を張り、万が一にも淫魔が寄ってこないように安全策を施してくれる。
「さぁ、レイ様。もう大丈夫ですよ」
にっこりと微笑むサクヤを見て、エルノアの腕の中で委縮していた私は、漸くほっと息を吐いた。
そっと地面に降ろされて、周囲を見回す。
結界の中にも、外側にも、淫魔の気配は見当たらない。
生物探知魔術まで掛けて、絶対に安全だと確信すると、私はマジックコンロを取り出した。
今度は何を作ろうかと思考し、そういえばそろそろ幻獣達から貢物は届いているだろうかと、共用ボックスを開いてみる。
その中を確認して私は唖然とした。
食用に向いた魔獣の肉が、たった二日しか経っていないのに、これでもかと詰め込まれていた。
ブラックホーンブル、ジャイアントディア―、レッドサーペントにブラックサーペント、どれも高ランクの魔獣の肉だ。
コカトリスにジャイアントドードー、ワイバーンの肉まであった。
ワイバーンの肉は牛肉に近い、かなりの高級食材だ。
空を飛ぶワイバーンを狩るのは普通の冒険者にとっては命がけだろう。
幻獣達にとっては、食材としての価値しかなかったようだが。
まぁ、折角高級食材があるのだから使ってみようと、ワイバーンの肉のステーキにすることにした。
フライパンに油を熱して、ステーキを焼いていく。
強火で片面を三十秒ずつ焼いて、二、三分休ませる。休ませる時間は、時間加速で飛ばすので、数分裏返しながら焼いたようにしか見えなかっただろうけれど。
ミディアムレアに焼きあがったステーキを、食べやすいように包丁で切ってからお皿に入れて、神獣達に渡す。味付けはシンプルに塩胡椒のみだ。
ぱくりと一口、肉を頬張った神獣達が、驚きで目を開く。
ミズキはがつがつ食べ始め、エルノアは無言で咀嚼し、サクヤは不思議そうに肉を眺める。
「レイ様。これは何の肉ですか?」
「ワイバーンの肉みたい。高級食材だし、肉質も良かったから、ステーキにしてみたの」
「ほう、ワイバーンですか。あんなトカゲの肉がこれほど美味しいとは、驚きですね」
ワイバーンをさり気無くトカゲ呼ばわりするサクヤは、もくもくとステーキを食べ始めた。
私もそれに習って口に肉を運ぶ。
閉じ込められた肉汁が口に広がる。
さしが多いのか、蕩けるほど柔らかい肉は、塩胡椒だけの味付けとは思えない程美味しかった。
ミズキ、サクヤ、エルノアはいつも通りおかわりし、二枚分のステーキをぺろりと平らげてしまう。
「ふむ、これほどの肉が手に入るのならば、幻獣達に解体を命じたのは正解でしたね」
「そうね。もう、既に一年分ぐらいお肉入ってるけど…」
「共用の空間ボックスも時間経過はしないので問題ないのでは?」
「まぁそうね」
頷き後片付けを始めると、サクヤが洗い物をしてくれる。
マジックコンロを仕舞い、バスタブを出してお湯を張り、お風呂に入ろうとすると、エルノアが裸になって一緒に入ることになった。
「…なんでエルノアまで入るの?」
「たまにはいいでしょ」
そんなことを言いながら、エルノアは不可視結界と防音結界、不可侵結界をはってお風呂の周りを密室状態に変える。
危険を察知した私が慌てて上がろうとするも、エルノアに腕を引っ張られてお湯の中に引き戻された。




