聖獣に食欲はありません
転移先は路地裏だった。
そもそも転移魔術自体、地上界では使える者が大分限られてくる。
SSランクの聖獣を除けば、使える者など大賢者か、勇者、魔神ぐらいだろう。
いきなり街中に転移出来るはずもない。
ただそうするだけで、己の実力を誇示するようなものなのだから。
だが、魔の悪いことに、目撃者がいた。
「ああ?てめぇら今どっから湧きやがった?」
ごろつき。
転移魔術など、空想の世界のものとしか認知していないろくでなし共は、シルビアと私の顔を見て、にたにたと下品な笑みを浮かべた。
「おーおー随分と小奇麗な身なりの連中じゃねぇか。こんなとこに来ちまったのが運の尽きだなぁ!」
まずは邪魔な男を一掃しようとしたのだろう。
運悪くミズキに殴りかかったごろつきは一瞬のうちに振り上げていた腕の骨を砕かれて、床で転げまわった。
「…雑魚が」
はっと鼻で笑ったミズキが、残りのごろつきを格闘術のみで瞬殺した。
あるものは足の骨を砕かれ、腕を折られ、わき腹を粉砕骨折させられた悪党たちは、顔を真っ青にして悲鳴を上げながら裏路地の奥へと逃げていった。
まぁ、殺しはしてないし、問題ない。
ミズキも手加減したのだろう。
あの程度なら、お金を積めば神官たちに直してもらえるだろう。
積めるお金があればの話しだが。
「ご主人、念のためローブのフードを被っておいてください。貴女の見た目は目立ちすぎますので」
髪色と瞳の色は変えているとはいえアフロディーテだった頃の美貌は健在だ。
目立つのは納得だった。
頷いた私はフードを被って、その上から認識阻害の魔術を掛けた。
それを見て満足したように頷いたサクヤは、大通りへと足を向ける。
サクヤとミズキ、シルビアは、冒険者の服装になっている。
サクヤが魔剣を、ミズキは神魔の力が宿ったガントレットと短剣を、シルビアは神級の弓を装備している。
三人とも三十階梯までの魔術が使える上、武器を扱ううちにその武器に合ったスキルも獲得したのだろう。
私は魔術を使う後衛。
恐らく百階梯ぐらいまではもう扱えるだろうが、属性別に究極の状態には至っていない。
魔術熟練度はまだまだ伸びしろがある。
各属性魔術の到達熟練度は中級。
最上級になるまでは魔術を打ちまくる必要がある。
だから、今は他のスキルを取得するより、魔術を扱う方が良いだろう。
因みにエルノアはと言えば、いつの間に集めていたのか暗器をローブに隠して持ち歩いている。職業的に言えばアサシンだろうか。
後衛ではなく遊撃として動くつもりなのだろう。
行き交う人々は殆どが竜人だ。
頬に鱗が残っていたり、竜の翼を背負っていたり、見た目は様々だったけれど。
サクヤ達は当然のようにダンジョンの入り口の冒険者達が列をなす最後尾に並んだ。
そのうち一人の男がやってきて、身分証確認をする。
サクヤがギルドのSランク冒険者だと知ると、慌てて頭を下げて去って行った。
私とエルノアはパーティメンバーとして通ったらしい。
周囲は屋台が立ち並んでいる。
食べ物を売っている露店や、武器を揃えている店、マジックアイテムを揃えている商店など、様々な店が所狭しと並んでいた。
恐らく普通の冒険者はここでダンジョン内で食べる物を買っていくのだろう。
そういえば、調理器具はあるとシルビアは言っていたが、どの程度の調理道具なのだろうか。
せめて焚火の上で鍋でスープぐらいしか作れない環境よりも、マジックコンロがあった方が料理の幅は広がってくる。
そもそも料理は誰がするんだという話なのだけれど、私は調理技術なら心得があった。
普段から食事という物が必要ない聖獣に頼るよりは、マシなものが出来るだろう。
―シルビア。空間ボックスの中にマジックコンロってある?
空間ボックスのことを他に知られるわけには行かないため一応念話で会話を行う。
―…?料理は火を起こせれば作れるのではないのですか?
駄目だった。
そもそも調理自体したことないこの子にちゃんとした調理器具を揃えろってのが無理な話なのだ。
「シルビア。用意した調理道具、何が入ってるか教えてくれる?」
「あ、はい。お鍋とまな板と包丁と、木さじです」
フライパンもなかった。
お鍋も大きさや深さによって用途が違うって事を…知ってるわけないか。
「シルビア、ちょっと来て」
私はシルビアを連れて、人目のつかない場所まで移動する。
ミズキが護衛の為に着いてきたけれど、彼もまとめて中に入れて視覚遮断結界を張る。
「シルビア、お鍋出して」
「?…はい」
何かやらかしただろうかと、恐る恐るお鍋を取り出すシルビア。
出てきたのは、完全に一人用の小さなお鍋だった。
しかも底が浅い。
これではスープも作れない。
今気づいて良かったと心の中で自分に賛辞を送りつつ、額に手を当てる。
「…とにかく。調理器具を買いに行くわ」
「えっと…何がいけなかったんでしょうか…」
しゅんと肩を落として俯いてしまうシルビアを宥めつつ、言葉を選ぶ。
「貴方達だって食べなくても平気ってだけで食欲はあるでしょう?私一人で食べるのは気が引けるし、もっと大きな鍋が欲しいの。あとフライパンと、マジックコンロも」
言いながら、一応確認のために、シルビアが空間ボックスに貯蓄していた食材を見せてもらう。
ざっと見た感じ、高級食材ばかりだ。
普通の冒険者は魔物を食べると言うが、そう言ったものは一切入っていない。
この世界の豚や牛、鳥の肉の値段はかなり高い。
恐らく、私が貴族令嬢として何不自由ない生活を送っている為、合わせてくれたのだろうけれど。
そのうち冒険者になる以上、魔物を食べることにも耐性を付けた方が良い。
「一般的なのはオーク肉やワイルドボアの肉かしら。それにホーンラビットの肉も割といけるらしいしとりあえず全部買いに行きましょうか」
「ちょ…おい!本気で言ってんのか主!魔物だぞ?あんた貴族令嬢だろ?!」
何故かミズキが必死に止めようとするも、ぽんぽんと頭を撫でると真っ赤になって大人しくなった。
さっそく肉屋へ行って、気になる肉を色々仕入れた後、調理器具を買いに、道具屋へ。
さっさと買い物を終わらせ、全て自分のアイテムボックスに仕舞い込み、エルノアとサクヤが待っている列に戻った。




