貴族のごたごたの落としどころ
「父上。アルゼイン伯爵のご令息の様子を見てきますね」
ひと段落したところで、大丈夫なことは分かっているが一応様子を見に行くことにした。
部屋に入ると、アルゼイン伯爵と伯爵夫人がローゼンが寝ているベッドの側に立っていた。
ローゼンは、父と母の前では聖獣であることを隠しているため、寝たふりをしている。
―ローゼン。体、何ともない?
―勿論です。実を言うと吐血も無理やり血管を切っただけで、毒は飲んだ瞬間に無効化しています。
―そう、なら良かった。演技は面倒だろうけど、今は我慢してね。
―いえ、ご主人様の為ならこれくらいなんともないです。
客室に入ってきた私に気付いたアルゼイン伯爵が、私をみるなり、深々と頭を下げた。
「ああ、レイチェル公爵令嬢。息子の命を救っていただき、ありがとうございます」
「いえ、当然のことをしたまでです。毒を飲む前にお助けできず、申し訳ありませんでした」
「そんな。解毒魔術など、本来は教会に行かないと受けられない魔術です。貴女様がいらっしゃらなかったら、ローゼンは命を落としていたかもしれません」
聖獣を送り込む段階で、清廉潔白な家庭環境が得られる伯爵家を選んだが、正解だった様だ。
彼らなら、ローゼンが騎士になりたいと言っても止めはすまい。
私は寝たぶりをしているローゼンに手を翳して、回復魔術を掛ける。
掛ける必要はないが、演出は大事だ。
光に包まれたローゼンが、今目を醒ましたかのようにゆっくり目を開く。
「ああ、ローゼン。息は苦しくない?もう、大丈夫なの?」
伯爵夫人がローゼンの顔を覗き込んで心配する。
その声音も、表情も、母親そのものだ。
「はい、母上。もう大丈夫です」
伯爵夫人にそう声を掛けて起き上がるローゼン。
「レイチェル公爵令嬢。命を救っていただきありがとうございました」
しれっと命の恩人扱いするローゼンは、演技の練習をどこでしたのだろうか。
幻獣として生きていた時には知識を入手する暇などなかったはずだけれど。
「いえ、当然のことをしたまでです。我が家の屋敷で、毒殺など起こされては、公爵家の威信に関わりますから」
そういってにっこりと笑みを作った時、父の気配が近づいてくるのを感じた。
父とて、公爵。
我が家で毒を飲んだ患者を見舞いに来るのは当然のことだ。
「アルゼイン伯爵。外部犯とはいえ我が屋敷内での毒殺騒ぎを許してしまい、大変申し訳ない。レイチェルが居たから、大事にならずに済んだが、一歩間違えていれば、アルゼイン家の長男が死んでしまうところだった」
「息子を助けていただいたのに謝罪などとんでもない。頭を上げてください、公爵様」
流石お父様。
わざと下手に出て、誠意を見せるつもりの伯爵を迷わせた。
このままいけば、上手くもみ消せるかも。
「お父様。公爵様は私を助けたことなど恩義に感じる必要はないと仰っているのでしょう。なら私も、個人的にレイチェル様の役に立ちたいです」
「ローゼン…?何を…」
「私は騎士になります。貴女を守れる騎士に。だから待っていてください。レイチェル様。この御恩はその時まで、忘れません」
聖獣って万能なのだろうか。
お家問題から個人的な恩情に話をすり替えた。
しかも筋書き通りに。
「わかりました。では、お待ちしていますね。貴女が騎士になって、私を守ってくださるその時まで」
そう言って、忠実なる僕と私はにっこりと笑みを交わし合った。
アルゼイン伯爵も息子の意志を尊重してか、それ以上は何も言わなかった。
お父様は何か言いたげだったが、婚約者でなく騎士になるというなら、何も口を挟む必要もない。
演技派のローゼンは、きっちり落としどころまで持って行ったのだった。




