6.早速実行します
まず婚約者さんがやっていたことをまとめなくちゃね。
その中でやっても大丈夫そうなものと,そうじゃないものに分けて……っと。
できるのは,これくらいかな?
・愛称で呼ぶ
・デートの約束をする
・物をねだる
・頻繁に話しかける
・会いに行く
・好きですアピールをする
・殿下にベッタリくっつく
・舞踏会では常に隣をキープ
こんな感じ……?
これ,私がやらなさそうなことばっかりなんだけど,怪しまれないよね?
大丈夫だよね?
いやいや,弱気になってどうする私。
ここは気持ちを強く持たなくちゃ。
どうか,無事に婚約破棄できますように!
*
「遂に,来た……」
私は王宮の殿下との待ち合わせ場所に来ていた。
この扉の先に,殿下がいる。
今日は室内でのお茶会なんだよね。
私としては実行するにあたって好都合ではあるけど……。
どんな反応するのか,怖すぎる。
コンコン
「どうぞ」
緊張しながらドアをノックすると,中から殿下の許可の言葉が聞こえてきたので,私は恐る恐る扉を開く。
女は度胸。
頑張らなくちゃ。
「お久しぶりです,殿下。」
向かいの椅子に腰掛けながら,いつも通りの挨拶をする。
「あぁ,久しぶり。」
帰ってきた返事はいつものごとくそっけない。
うんうん,怪しまれては無さそう。
じゃあ早速一個目からやってみようかな。
「殿下,今日は折行ってお願いがありますの。」
私の言葉に頭に「?」を浮かべる殿下。
微妙な表情の変化だったけど,何年も見てきたから,なんとなくわかるようになっちゃったんだよね。
「私達が婚約して十数年が経ちましたよね……?」
本題の前に前置きから!
これできっと断りにくくなるはず……だと思ったんだけど……
なんで殿下の表情険しくなってるの!?
いやいや,ゴリ押しでもここはもう行くしかない!
「ですので,そろそろ名前で呼びたいですわ。」
「……は?」
え,何今の気の抜けた声。
まさか殿下??
怖くなって下を向いていた私は,意外すぎる声にパッと顔を上げてしまう。
あれ,すっごく驚いてる……?
殿下のこんな顔,初めて見たかも。
十何年付き合いがあってもなお,こんなに『仮面』以外の表情をしている殿下は見たことがなかった。
『仮面』って言うのは簡単に言ったらずっと表情が変わらないこと。
私も王妃教育で散々身につけさせられたんだけど,殿下に至っては本当に変化しない『仮面』そのものだ。
だから私が勝手に『仮面』って言ってるだけなんだけど……。
未だかつてその『仮面』が外れたのは初めて目にしたわけで……。
「殿下……?どうかなさいましたか?」
私,何かやらかしたわけじゃない,よね?
殿下は驚いてただけだし,怒ってないみたいだもん。
「いや,アメリア嬢は私のことを名前で呼びたいのか?」
気にするのそこなんだ?
そんなの聞かなくたってわかるでしょ。
だって貴族達からの陰口が凄いわけだし,名前呼びして仲良しアピールしといて私に損はないんだもん。
婚約破棄するかしないかは別としてね。
「ええ。ダメでしょうか……?」
もしかして名前で呼ばれるの嫌だったりする?
それなら諦めるけど……。
「ダメと言うわけではないが……」
なんだろう?
何か言いたげだけど,躊躇してるみたい。
言いにくいことなのかな?
まあそれがなんであれ言質は取った!
私は一つ目のミッションをクリアしたことで安堵し,目の前のお茶に手をつける。
口に入れた瞬間……
「では私は,リアと呼んだ方が良いだろうか?」
「……!?」
危ない危ない。
危うく紅茶を吹きかけた。
……じゃなくて。
えっ,愛称!?
殿下私のこと愛称で呼んでくれるの??
「そ,そう呼んでいただいて大丈夫ですわ。」
よし,頑張った。
動揺した割には上手く返事できたよ,私。
まさか殿下から提案してくれるなんて思ってなかったなぁ。
今年一番ビックリしたかも。
そして不覚にも愛称で呼ばれてドキッとしたなんて,絶対に誰にも言えない……。
「……」
しばらく沈黙が続いちゃってるけど,この勢いだったら,次もクリアできそうじゃない?
デートの約束……一見難しそうだけど,何か理由付けたらいけるかも!
「あのっ,エドワード様。」
うわぁ,名前呼び思ってたより恥ずかしいかも。
今まで殿下だったから,ちょっと緊張するし……。
「ん?」
あれ,いつもより優しい?
なんだか雰囲気が柔らかいというか……。
「えっと……もしよろしければ,一緒にお出かけしませんか?」
よし,言えた!
今日頑張ったんじゃない?
もう返事がNOでも満足かもしれない。
会話だっていつもに比べたら続いてるし!
「構わないよ。」
うん,やっぱりダメだよね……って,『構わない』??
それって,良いってこと!?
私は驚きのあまりクッキーを落としかけたけど,なんとか持ち堪える。
これも良いの!?
もしかしてエドワード様って,意外と話しやすい?
そう思ってしまうのも,無理ないと思う。
今まで会話のキャッチボールすら怪しかったのだから,約束事なんてもっての外。
「本当ですか!……では,ご都合の良い日があればその日にでも……」
「明日。……明日なら空いてる。」
え,明日??
しかも割と食い気味に……。
私の予定はなかったと思うし,もう約束しちゃって良いかな?
その方が他のミッションもやりやすいし。
「では明日で。」
これも難なくクリア……。
あれ,私の予想だと二個目は一ヶ月はかかる予定だったんだけどな。
ま,上手く行ってる分にはいっか。
「では時間になったので失礼いたします。」
二個目もクリアしたし,時間にもなったからそろそろ出ようと思ってそう口にする。
「あぁ,明日迎えに行く。」
「……あ,ありがとうございます。」
え,迎えにきてくれるの?
そこまでは期待してなかったけど……。
あれかな?
エドワード様はやるからにはちゃんとやるタイプなのかな。
と,ともかく心臓が持ってるうちに,退出しよう。
「リア」
えっ……?
不意に名前を呼ばれて下げていた頭を上げると,そこには今までに見たことがない……それはそれは綺麗な笑みで笑う殿下の姿が。
「楽しみにしている」
「……っ!?」
びっ,くりした……。
心臓が本当に止まるかと思った。
「私も,楽しみにしていますわ。」
殿下が笑うと,こんなに破壊力あるんだ。
無表情が多かったから,笑ってる姿なんて初めて見た。
ちょっと眉が動くとかだけでもレアだったのに。
さっきのは完全に『笑って』た。
どうしよう……。
こんなつもりじゃなかったのに。
心臓の音が,うるさい。
私,馬鹿なの?
殿下を好きになっても意味がないの。
わかってるでしょ?
そう自分に言い聞かせてみても,頬が赤くなるのを止めることも,ましてや収めることなんてできなかった。
かっこよすぎるよ……。
あれは,反則。
エドワード様って,あんな風に笑うんだな。
なんだか嬉しいような悔しいような不思議な気持ち。
でも,
「……今日は,楽しかったな。」
そう思ってしまったんだから,もう手遅れだったのかもしれない。
ここまで読んでくださってありがとうございました!