カイブ洞穴
その広場を出て、次にどこに行こうかと考えた。夕方までは時間をつぶさねばならない。俺はアンに聞いてみた。
「どこに行こうか?」
「ヤンク橋はわかる?」
「ああ。そこに行こう!」
俺はホバーバイクを川の方に走らせた。そこは街中にあって自然が残っている公園の一角だった。池の上に古めかしい石橋がかかっている。
ホバーバイクを停めるとアンはヤンク橋に走っていった。俺はその後を追いかけた。
「懐かしいわ。この景色・・・いつ見てもきれいね。」
木々に囲まれた池に日の光が反射してキラキラと輝いていた。アンはそこから広がる光景をうっとりと眺めていた。
「本当だ。こんなところがあったんだ。この町にも。」
「昔ね。よくお母様とここに来たの。私が一番好きだったところだったわ。」
俺はもっと話を聞きたかったが、それでは彼女が自分の身分を隠せなくなるだろう。だからあえて詳しくは聞かなかった。
「ここにいると昔のことがよみがえってくるの。」
「そうか。それならしばらくここにいようか。」
俺は思い出に浸るアンの背中を見ていた。彼女が王都に行ったら、もうこんな風に町を出歩くことはできないだろう。今までは辺境のコーリ城に押し込められ、これからは敵の多い王城に住まわねばならない。命の危険を覚悟で・・・。そう思うと彼女が不憫でならなかった。
しばらくその公園で過ごしているとやがて日が傾いてきた。夕方にはホールに戻らねばならない。俺がそれを促さねばならないのか・・・。
だがアンは自分の立場をわきまえていた。彼女はため息をつくと俺に話しだした。
「ごめんなさい。私、嘘をついていたの・・・」
だが俺は本当のことを彼女の口から聞きたくなかった。
「いや、いいんだ。もう帰る時間なのだろう。ホールまで送るよ。」
「知っていたの?」
俺はうなずいたが、言葉で否定した。
「いや・・・帰るまでは君はアンだ。だが俺にとって君は幻だ。今日だけの・・・」
彼女は王都で王女としての生活が待っている。今日のことはお互いに忘れなければならないだろう。
「それはわかっているの。でもお願い。もう1か所、行きたいところがあるの。」
「わかった。そこに行こう。最後に・・・」
俺たちはまたホバーバイクで移動した。アンが行先を指示したところはホールの近くだった。街中でそこだけ建物がない草原になっている。
「ここは?」
「聖地よ。」
ホバーバイクを下りてアンはどんどん草原の中に入って行った。俺の彼女の後をついていった。
「ここも変わっていないわ。」
そこは大きな丸い穴が開いていた。俺は知らなかったが、後から聞くと、この町ができる前からぽっかりと開いている、カイブ洞穴という縦穴だそうだ。何者かが掘ったものなのか、自然にできたものなのかははっきりしない。中を探検した者がいたようだが、あまりに深くて底まで到達できなかったようだ。
「ここは?」
「この穴にお祈りすると願いを聞いてくれるそうよ。昔来たことがあるの。」
お願いならあの祠でしたはずだが・・・と思っていると、アンは目を閉じて祈っていた。俺の見るところ、その穴は無機質な岩をむき出しにして不気味な感じを受ける。不吉な気配がするのだが・・・。
しばらくしてアンは目を開けて俺に言った。
「私ね・・・好きになった人ができたの。それでまた会えますようにってお願いしていたの。」
「アン・・・」
俺は何か言いたかったが、彼女の顔を見てやめた。何かが吹っ切れたような表情をしていたからだ。
「さあ、行きましょう。」
「ああ。」
その顔は今までのアンの顔ではなかった。何か厳しく真剣な表情だった。何かに立ち向かっているかのような・・・。
ここからホールまで歩いてすぐだ。彼女はアンヌ王女としてホールに戻り、そこで自らが担った役目を果たしていくのだろう・・




