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祠の口

 ホバーバイクの後ろ席にアンを乗せて走り出した。街中でも滑らかに地上をすべるように走るから快適だ。さわやかな風が快かった。


「どうだい?」

「ええ、いいわ。最高ね。」

「この町のにぎやかな所に行くよ。」


 俺は多くの人でにぎわう町の中心地にアンを連れて行った。ここには町の名所と多くの商店が立ち並ぶ。この町に来る旅行者がよく訪れる場所でもある。俺はおやっさんたちに連れられて何回か、ここに来たことがある。あまり外に出たことのない娘を連れて行くならここがいい。

 活気ある市場には多くの人が行き来し、店々にはうずたかく名産品が積まれ、売り子の声が騒がしいほどに聞こえる。アンにとってはすべてが新鮮で物珍しく映っただろう。


「あんな果物があるのね。」

「ああ、近くの村でよくできるようだよ。」

「あそこはあんなに帽子がいっぱい。」

「ちょっと見に行こうか。」


 その帽子屋にはおしゃれな帽子から作業用のものまでいくつも積み重ねて置いてあった。俺とアンは鏡の前でいくつか試してみた。


「これはどう?」

「似合うよ。俺のはどうかな?」

「よく見えるわ。」


 その帽子の中でもおそろいの物を選んで買ってかぶった。これで即席のカップルが出来上がった。


「向こうに人が集まっているわ。何でしょう?」

「行ってみようか。」


 そこは人でごった返していた。はぐれないように俺はアンの手を引いて、人ごみの中をかき分けていった。するとその先には神社のような小さな祠があった。そこにお参りに来ているのか・・・と思ってそばに寄ってみた。


「願いの祠か。」


 その祠に手が入るような穴がある。そこに右手を入れて願い事を祈るとかなえられるそうだ。だが悪い心があると手が食いちぎられるらしい・・・本当でないと思うが。


(まるで真実の口だ。)


 俺はそう思った。それなら試してみるしかない。あのグレゴリーペックのように・・・。


「右手を入れると願いがかなえられるそうだよ。やってみたら。」

「怖いわ。」

「大丈夫だよ。さあ。」


 アンは恐る恐る右手を入れて目を閉じて何やら祈っていた。彼女のことだから多分、あの事を願っていたのだろう。そして目を開けてゆっくり右手を抜いた。


「大丈夫だっただろう。」

「ええ。願い事を聞いてくれたらいいんだけど・・・。」

「大丈夫さ。どんなことをお願いしたの?」

「それは・・・秘密よ。」


 アンの願いは確かに秘密にしなければならないだろう。今日初めて会った相手には・・・。


「俺もやってみるよ。」


 俺も右手を祠の中に入れてみた。しばらく祈った後、手を引き抜こうとするときに、


「うわっ! 抜けない!」


 と驚いて見せた。


「えっ! 大変!」


 アンは俺の右腕を引っ張ってくれた。すると何とか抜けたものの、袖口に右手はない。


「ええっ!」


 アンを再び驚いた。俺は笑顔で袖口から右手を出して見せた。彼女はほっとしたが、俺にいたずらで驚かされことに気づいて、(ばかばかばか)と両手で叩いてきた・・・・「ローマの休日」のパクリだが、やはり実際にやってみるとなんだかわくわくする。こんなたわいもないことをしていると2人の距離は縮まりそうだ。


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