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ハニーレディ

 俺はライムの町に戻って、おやっさんの店の手伝いをすることにした。レーサーと言ってもアマチュアのようなものであり、収入はないし、何もしないで居候をいつまでも続けるわけにもいかない。

 ホバーバイクのシステムについてはチンプンカンプンだが、整備の助手ぐらいはできる。おやっさんの横にいてバイクを持ち上げたり、必要な整備ツールを渡していた。以前の世界では事務仕事しかしてこなかったから新鮮な経験だ。仕事の面でもこの異世界で充実しているように感じていた。


 今日も朝から整備の助手をしていた。そこにジロウがチラシをもって騒ぎ出した。


「大変だ! 大変だぞ!」

「騒々しい! 何が大変なんだ?」


 おやっさんはジロウをたしなめながら尋ねた。


「来るんですよ。あのハニーレディが! このライムの町に!」

「ハニーレディ?」


 おやっさんは知らないようだった。もちろん俺も知るはずがない。だがシゲさんがそれに異常に反応した。


「なんだって! ハニーレディが!」

「シゲ。お前は知っているのか?」


 おやっさんはシゲさんの様子に眉間にしわを寄せていた。


「おやっさん。知らないのですか? ハニーレディと言えばこの国一番の歌姫。その歌声を聞いた者はすべてとりこになるっていう。」

「レコードでも聞いたのか?」


 この異世界には便利な電化製品などない。だからテレビやラジオ、CDはおろかカセットテープすらない。あるのはレコードだけだ。レコードと言っても前世の世界にあったレトロの物ではない。手のひらサイズの平たい板に魔法で音声などを記録しているのだ。これを専用の再生機にかければ記録した音が出る。実は映像も記録できるらしい。だがこの異世界の住人はそれをどうやって活用するかは知らないから、今のところ音声どまりだ。

 そのうちに俺、いやラインマスクの活躍する映像と音声を記録してDVDのようなものでも作ろうと計画している。なにせ、この世界にはラインマスクのDVDは存在していないのだから・・・。

 それはともかくジロウやシゲさんはどこかでハニーレディのレコードを聞いてファンになったようだ。シゲさんは熱く語り始めた。


「そうですよ。ハニーレディの曲って素晴らしいのですよ。踊りだしたくなるほどですよ!」

「そうなのか?」


 おやっさんは半信半疑だった。ジロウが目を輝かせて言った。


「ええ、本当ですよ。それに噂ではコンサートではハニーレディの華麗な踊りまで見られますよ。ああ、たのしみだなあ!」


シゲさんは興奮を抑えきれず、両手を広げて踊っていた。


「いつかはコンサートに行きたいと思っていましたが、この町に来るなんて・・・。ジロウ! いつなんだ? コンサートをするのは?」

「それが明後日なんですよ。いきなり決まったようです。それも昼から町の広場で歌うっていうから、みんな、聞くことができるんですよ!」

「そりゃ、すごい!」

「それなら私も行きたい! 私もファンなの!」


 それを聞いていたロコも話に加わってきた。


「おやっさん。お願いしますよ。その日は休みをくださいよ! 店を開けている場合じゃないですよ!」


 シゲさんがおやっさんに頼み込んだ。ジロウもロコもおやっさんに手を合わせている。


「わかった。わかった。それなら店を閉めてみんなでいこう!」


 おやっさんはため息をついてしぶしぶ承知した。この分では俺も行かねばならないか・・・どちらかというと興味はないが・・・。



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