真夜中
俺たちは練習を終えてアキバレーシングの店に戻ってきた。
「疲れただろう。今日はゆっくり休め!」
おやっさんはそう言ってくれた。だが気は休まらない。俺は練習場で感じたあの視線が気になっていた。
(確かに強い殺気が混じった視線を感じた。あれは尋常ではない。ジョーカーの魔の手が迫って来たのか・・・)
俺は2階の自室で、夜中を過ぎてもじっと思い返していた。するとまたあの視線を感じていた。
(やはり誰か見ている!)
俺はいきなり立ち上がって窓を開けた。だがそこには底知れない闇が広がるだけだった。辺りは不気味なほど静まり返っている。
もしかしたらジョーカーの影におびえているのかもしれない。俺はほっと息をついて明かりを消してベッドにもぐりこんだ。寝てしまえば忘れられるかもしれない・・・。
だがなかなか眠れない。何か重いものがのしかかってくる気がしていたのだ。あまりの寝苦しさに寝返りを打ってみた。その時、ふと窓が目に入った。そこには2階なのに人影が浮かび上がっていた。俺にはその姿が怪人のように見えた。
「ジョーカー!」
俺は飛び起きてすぐに窓を開けた。しかしそこには何もいない。
「気のせいか・・・」
俺が部屋の方に向くと暗闇に人影が立っていた。
「うわっ!」
俺は驚いて腰を抜かしかけた。だがヒーローとしてのプライドでなんとかこらえた。こんな状況はTVのラインマスクで見たことがある。部屋に突然、現れるなんて、あれはどうやっているのだろうと前から疑問に思っていた。だがこの異世界では近距離の転移魔法を使えば簡単だ。この世界には魔法があるのだから・・・いや、そんなことはどうでもいい。多分、そいつは俺を暗殺しに来たジョーカーの怪人だ。
「死ね! ヤスイ・ソウタ!」
その怪人は不気味な声でそう言う。この暗闇ではどんな怪人かはわからないし、どんな攻撃を仕掛けてくるかわからない。しかもいきなりのことで俺の方も戸惑って余裕がない。
「ラインマスク変身!」
こんな切羽詰まった状況では変身ポーズは取れない。ただそう言葉を発するだけで変身する。TVのラインマスクでもそういったことがあった。時間的制約の大人の事情と思っていたが、案外そうではないのかもしれない。
そんなことを考えているうちに怪人が俺の方に向かってきた。ラインマスクに変身した俺は無敵だ。暗闇でも相手の攻撃はよく見える。突き出してきた腕を払い、逆にパンチやキックで応戦する。そのうちの何発かは怪人に当たったようだ。俺の方は必死で手加減なしだからそのダメージは大きいだろう。
「おのれ! ラインマスク! 覚えておれ!」
怪人は捨てセリフを残して、窓からひょいと飛び降りて逃げていった。
「待て!」
そう言いながらも俺は窓のところまでしか追いかけない。こんな夜中に外に出て戦ったら近所迷惑だ。
だがあまりの騒ぎにおやっさんは起きてきてしまった。せっかくの眠りを妨害してしまったようだ。俺は変身を解いた。
「どうしたんだ? こんな夜中に?」
「ジョーカーです。怪人が襲って来たんです。」
「なに! 怪人が! こんなところまで!」
おやっさんはひどく驚いていた。
「変身して撃退しました。もうここを襲ってこないでしょう。」
俺は確信してそう言った。
(こんな夜中に来られちゃ、迷惑だ。不意打ちしても無駄なことを思い知っただろう。これで安心して眠れる。)
俺は大きなあくびをしてまた眠ることにした。




