アキバレーシング
俺はライムの町に来た。そこは森に囲まれた大きな町だった。外敵に襲われないように四方に塀を巡らし、南北の大きな門で守られていた。通りには多くの店が立ち並び、多くの人たちでにぎわって活気があった。俺はてっきりひなびた村のようなところを想像していたのでこれは意外だった。
おやっさんは通りに店を構えていた。「アキバレーシング」というホバーバイク屋だ。おやっさんはこの国では有名なホバーバイクの技術者だそうだ。 俺はここの2階に住んでいたようだ。
中に入ると3人の人がいた。背の低い30ぐらいの男、逆に背の高い若い男。そしてミニスカートをはいた若い女性だ。おやっさんが「帰ったぞ。」と声をかけると集まってきた。そして俺を見て口々に言った。
「ソウタ! 無事だったのか!」
「よかった。無事で。」
「心配させやがって。この野郎!」
俺の肩を小突く人もいた。俺は訳が分からずきょとんとしていると、その3人は異変に気付いたようだ。それでおやっさんが説明してくれた。
「ソウタはジョーカーによって記憶を消されてしまった。まるで覚えていないんだ。」
「なんだって! 本当か? ソウタ!」
この異世界の記憶がないからそうなのだろう。俺はうなずいた。
「かわいそう・・・」
「つらいだろう。でも俺たちがついているぞ。」
「そうだ! 記憶はまた戻るかもしれない。希望を持て!」
3人は悲しんだり同情したり励ましてくれているが、俺としてはそんなに嘆いているわけではない。前世の記憶だけが残っているから、急にこの異世界に現れた感じで戸惑っているだけだ。これからは少しずつでもこの異世界のことを覚えて行かねばならない。
「おやっさん。この人たちは?」
「そうだった。覚えていないんだったな。シゲさん、ジロウ、ロコだ。」
「レキ・シゲジだ。チーフメカニックだ。」
「エンジ・ジロウです。僕もメカニックです。」
「私はシマ・ロコ。ここの店員よ。」
俺はここではっきり自己紹介しなければならないと思った。このままではヤスイ・ソウタにされてしまうので・・・。
「相川良だ。良と呼んでくれ!」
俺はキザにきめた。やはりラインマスクに変身する主人公の名は相川良でなくてはならない。それを聞いて3人は妙な顔をした。
「相川良? なんだ? そのおかしい名前は?」
「貧乏くさいな。」
「キモイ~。」
やはりこの異世界では相川良という名前はおかしいのか・・・俺はすぐにその名前を引っ込めた。
「いえ・・・ソウタ、ソウタでいいです。」
「そりゃ、ソウタだもん。悪い夢でも見ていたのね。」
「そうだ。そんな変な名前を言い出すのだから。」
「ああ。ソウタという名前が一番いい。」
3人はそう言ってうなずいていた。俺は相川良と名乗るのをあきらめて、ヤスイ・ソウタという名前でここで生活していくことになった。俺はここの2階に住んでいたらしいが、仕事は何をしていたのか・・・。
「そういえば、おやっさん。俺は何をしていたんです?」
「それも覚えていないのか? お前はホバーバイクのレーサーだ。今度の大会に出るんだ。早速、練習だぞ。」
「ちょっと待ってください。いきなりですか?」
「ああ、そうだ。ブランクを取り戻すぞ!」
おやっさんはいきなり俺を店の奥に引っ張っていった。そこには新しいホバーバイクが置かれていた。
「どうだ! すごいだろう! アキバスペシャルだ!」
見たところ、俺には何がすごいのかわからない。おやっさんは俺の感動が薄いのを見て、いろいろ説明し出した。
「このホバーバイクはな・・・」
聞いてみてもよくわからない。説明が長くなるようだし、俺は調子を合わせるように言ってみた。
「すごいですね。早く走ってみたいですね。」
「そうだろう。明日はこれで一日中、練習するぞ。覚悟しておけ!」
藪蛇だった。おやっさんは記憶をなくした俺を相当しごくらしい。だがこれで俺はやっと解放された。
おやっさんが2階の俺の部屋に案内してくれた。ベッドが一つと小さな机とイス。だが窓からは町が見渡せた。前の世界では見られなかったユニークな形の家々とカラフルな街並み・・・急に異世界に来たという実感がわいてきた。
「じゃあ、明日な! 朝は早いぞ! それまで体を休めておけ!」
やっと部屋で一人になった。あとは俺の心を満たす楽しい時間が・・・。
(しまった! ここにはラインマスクのDVDはなかったんだ!)
俺は愕然とした。ラインマスク中毒の俺はどうしたらいいのだろう・・・。




