海風の恋
僕はペットと同伴可能なカフェで希来美さんを待っていた。今日は希来美さんに会う日である。なんだか緊張している。ベイタロウは呑気にあくびをしている。どうにかこうにか希来美さんの気を惹こうっていう大事な日なのに。希来美さんがやって来た。
「待たせてごめんなさい。海風くん。ベイタロウくん。こんにちは! ふふふ。ベイタロウくん、今日もかわいいね! ゼリーも挨拶して。」
「ぐぅ!」
「ベぇ!」
「希来美さん、こんにちは!」
僕とベイタロウ、希来美さん、ゼリーちゃんの全員が揃った。
僕が希来美さんと何を話そうか考えていると、すぐにベイタロウとゼリーは遊び始めた。楽しそうに変なダンスみたいなことをしている。僕も早く希来美さんと仲良くなりたい。
「希来美さん・・。今日も寒いですね・・。 そのマフラーかわいいですね・・。」
希来美は笑って答えた。
「そう? これお気に入りのマフラーなの~。そう言ってもらえると嬉しいわ。」
希来美さんの笑顔は輝いていた。前に出会った時以上に。話せば話す分だけ眩しく感じた。僕は完全に恋をしているのだと気付いた。
「海風くん、ベイタロウくんはビスケットが好き?」
「・・はい! ベイタロウは、基本、ビスケットですね。それ以外の人工知能ペット用フードは高いし、ビスケットで我慢させています。」
「べぇ~~。」
ベイタロウが鳴いた。
「海風くんはチョコレートが好き?」
「はい。甘いものが好きですね~。」
「そうなんだ! ならよかった! チョコを持ってきたの。ほら、もう過ぎちゃったけど、バレンタインだったから。良かったら食べて! ベイタロウくんはビスケットね!」
僕はかわいいリボンに包まれたチョコレートとビスケットを受け取った。
「あっ、ありがとうございます!」
僕は突然、予想もしていないものをもらって、動揺してしまった。そして、とんでもなく嬉しい。僕は心の中で思った。
「えっ。チョ・・チョ・・チョコレート?
バレンタインの? もしかして、本命チョコ?
希来美さん、ひょっとして僕のことが好きなのか?
好きじゃなかったら、わざわざ、バレンタインも過ぎているのにチョコレートを渡すわけないよね?
ってことは、これはきっと希来美さんも僕のことが好きに違いない。
そうだ! これは両思いだ! もう、これはすぐに告白すべきだ! 今すぐに。
「希来美さん、出会った時から好きだ! 付き合ってください!」って。
でも・・。・・そんなこと、言えない~~。
まだ、会うのも2回目だし、まだ早いよな・・。勘違いだったら、嫌だし。希来美さん、実はもう恋人がいたらどうしよう・・。
希来美さん、素敵な人だから。
でも、前回あったときに、いつも一人で寂しいから、ゼリーが来てくれて嬉しかったと言っていた。
と、いうことは、希来美さんには恋人はいない。よし、明日から僕が希来美さんの恋人だ!
・・って、バカ、バ~カ。
僕は何を考えているんだ。ただ、チョコレートをもらったぐらいで恋人気分。
バカだ。すごくバカだ。
きっと、希来美さんは人と会う時には手土産を持ってくる人なんだろう。社交辞令的なものだ。それで今日は偶然、バレンタインが近かったから、チョコレート持って来ただけなんだ。そうだ。きっとそうだ。希来美さんは僕のことをベイタロウの飼い主としてしか見ていない。僕は恋に落ちたせいで頭が麻痺していたんだ。
冷静に考えてみよう。
希来美さん、一つ年上。
優しい雰囲気。
目がすっと澄んでいて一瞬、曇る。
そして、また澄んでいく。
笑顔になった時の顔がとても鳥のよう。(いい意味で。)
ゼリーちゃんに負けないくらい、鳥みたいでかわいい。
強気なようで強気じゃない。
弱気なようで弱気じゃない。
明るそうで明るくない。
暗そうで暗くない。
普通なようで普通でない。
特別なようで僕にとって特別な存在!!
だって、同じハッピーショッピング運試しくじで当選した奇跡を起こしているんだから。あの運試しくじを引いた全国各地の人の中で選ばれた5人。そのうちの2人がこうして出会う確率。
誰か、計算できるならしてほしい。(しなくていいが。)
そんな運命の2人。
いや、ちょっと待て。待て。
でもでも、とはいえ、奇跡とか、運命とかそんな胡散臭いことを言ってもいいのか?
このなんでも研究されて解明されて、根拠に基づいて何もかもが判断されている時代に、奇跡とか運命とか、あまりに幼稚な考えではないか。いつも、僕は子どもっぽいと言われる。例年、子どもっぽい大人が増えていると聞くが、たぶん、僕も子どもっぽいんだ。
これでは、父さんと同じになってしまう。
父の流湾はことあるごとに言う。
「母さんの陽呼子とは、運命で結ばれているんだよ。 出会う前に夢の中で聴いた音楽を陽呼子が現実で歌っていたんだ! あとで、聞いたらそれは陽呼子のオリジナルソングだったんだ。これはきっと出会うべき運命だったんだ!」と。
意味不明である。とても胡散臭い。夢の中というのがとても嘘っぽい。
それに出会う前から母さんのつくる歌を知っていたなら、母さんの歌は盗作の疑いが出てくるが、大丈夫なのだろうか。
結果的に運命だと思って、仲良く暮らすのはいいが、普段から、奇跡だ! 運命だ! と騒ぐのは、あまりにバカが過ぎる。だから、希来美さんとの出会いは奇跡でも運命でもない。ただ、偶然、出会っただけだ。
どこにでもいる一人の女性。
・・それでも、そうであっても希来美さんのことが好きになってしまった場合はどうしよう。
この感情は変えられない。少しずつ、距離を縮めていこう。好きになってしまったので、嫌われることが怖くなってしまったが、自然に、自然に会話しよう。
そう、リラックスして。深呼吸。すう・・。」
「ぱちっ。」
「痛っ!」
ずっと、一人で妄想していた僕はベイタロウに胸ビレで叩かれた。
希来美さんは言った。
「海風くん、どうしたの? 急にどこかに飛んで行ったみたいな顔をして。ふふふ。何言っても、届かないんだから。何か、違うこと考えていたでしょう?」
僕はそう言われて、我に返って慌てて返した。
「あっ、すみません! 希来美さんのことを考えていました。あっ・・。」
僕は焦って、事実だが気持ち悪いことを言ってしまった。
そんなことを言われた希来美は、一瞬、固まった後、おもしろいこと言うのね・・と言った感じで微笑していた。
「いや、これは冗談で・・。希来美さんに話したいと思っていたことを思い出していただけなんです・・。」
希来美さんはまた小さく笑った。僕は「あ~~。」と心の中で叫びつつも、「まぁ、希来美さん、笑っているからいいか!」と開き直った。
それからは、希来美さんと自然にたくさんの話をした。自然に話してはいたが、心の中では恋のときめきで溢れていた。ベイタロウとゼリーは相変わらず、ダンスをしていた。僕も希来美さんとダンスしたいと思った。(僕はダンスが下手だが・・)
もうすぐ帰る時間である。僕はスマートフォンを取り出して、ベイタロウとゼリーが踊っている写真を撮ろうと思った。僕はカメラを構え、今だ!という瞬間にシャッターを切った。
その瞬間、どこからかティッシュペーパーがひらひらと舞ってきて、写真に写りこんだ。ナイスタイミングである。これぞ、奇跡という写真である。ベイタロウもゼリーもぼやけた白い物体の影になっている写真が撮れた。これはこれで芸術的かもしれない。しかし、あえて、もう一度撮り直すことはしなかった。なぜなら、希来美さんが素敵な写真を撮っていたからである。希来美さんは写真が好きで、バッグの中に一眼レフカメラを入れていた。その写真を後で送ってくれるとのことだったので、僕の写真より何十倍もそれがいいと思った。
そして、「また会いましょうね!」と希来美さんとゼリーちゃんと別れた。恋で夢見心地だった今日はとても楽しかった。当分、この恋のエネルギーは燃えていそうな気がする。希来美さんが僕のことをどう思っているかは分からないが、なんだか、この恋はうまくいきそうな気がする。運命だからだろうか? やっぱり、運命かもしれない? ベイタロウ、どう思う?
「べぇ~」
僕は帰って、チョコレートを食べた。手づくりチョコではないが、希来美さんからもらった大切なチョコである。食べるのがもったいないが、食べないともっともったいないので食べた。ストロベリーチョコレートである。見た目が美しい。食べると甘さが溶け出した。恋をしているからなのか、甘さだけでなくイチゴの酸味も強く感じた。ベイタロウも希来美さんからもらったビスケットをいつものよりおいしそうに食べている。良かったな! きちんとお返ししようと思った。
その時にはきっと・・。
希来美さんから送られてきた写真には笑顔で楽しそうなベイタロウとゼリーちゃんの姿が写っていた。
(つづく)
読んでくださってありがとうございます!!