ベイタロウと海風の家族
今日は一人暮らしのアパートに両親が遊びに来るみたいである。どうも、ベイタロウに会いたいらしい。海風は両親が来るまでベイタロウとにらめっこをして遊んでいた。本当に変な顔をする。くすっ。すると、「着いたよ~。」と母がやって来た。
「ふふふ。海風~元気? 」
笑いながら、そう言って母は部屋に入って来た。
僕の母の名前は陽呼子という。カタカナで書くとヒヨコ。アニメなどで出てくる動物の名前とかをそのまま名付けたような名前である。(怒られる・・。)しかし、母は「太陽を呼ぶ子で陽呼子!」と言って、相当に大好きな名前のようである。
母の陽呼子は珍しいものを見るような顔で言った。
「わっ! もしかして、ベイタロウくん? かわいい!! ジンベエザメなのに地上で生きているのね! 不思議! 挨拶もできるのかしら? ベイタロウくん、おはよう!」
ベイタロウはその初めて見る母の陽呼子に挨拶されて、不思議そうな顔をしていた。しかし、それが僕の母だと気づいたのか、気づいていないのか、挨拶をした。
「べぇ!」
その反応に母は喜んでいた。
「挨拶ができるのね! 頭がいい!」
ベイタロウがちゃんと挨拶したので僕もちょっと嬉しくなった。
海風は母に聞いた。
「父さんは?」
母は答えた。
「今、ちょっと電話に出ているみたい。それが終わったらくるみたいよ。」
「そうなんだ!」
母と会話をするのが少し懐かしかった。この街に仕事に来てから、母と会う機会があまりなかった。そのため、少し母と話すのが嬉しく感じた。母は思いついたように言った。
「そういえば、最近、運行されているっていう飛行機バスって乗った?」
突然の問いである。
飛行機バスとは、最近、運行している空飛ぶバスである。人間乗車型のドローンって感じらしい。比較的低い高度でバス停を巡って飛んでいる。この飛行機バスは地上の渋滞などに影響を受けないため、交通手段として利用されている。しかし、風が強い日には運休することがあるため、通勤に使うには難ありである。
「乗ったよ! なんだか、ゆっくりと飛行していた。少し揺れていたけど、ほとんど静かだったよ。」
母は言った。
「バスが空を飛ぶなんて、私の子どもの頃には考えられなかったわ。私たちはすごい時代に生きているのね! そのうち、宇宙まで飛ぶのかしら? 最近、月面旅行も流行っているし。月面にテーマパーク的な施設があるってニュースでも言っていたでしょ。たぶん、もっと簡単に宇宙に行けるようになるね。私も行きたいなぁ。電車もそのうち空を飛ぶのかしら。電車が空を飛んで宇宙まで行ったら、それはもう銀河鉄道ね!」
そんな夢みたいなことを言っている母に笑ったように言った。
「母さんがもし月に行ったら、テンションが上がってクレーターの底に落ちちゃうんじゃない。あと、電車の形じゃ、構造上、空は飛べないでしょ。」
「もう~。クレーターになんか落ちるわけないじゃん。それに海風はロマンティックが足りないよ~。」
母はつまらなそうに言った。
僕はベイタロウに「どう?」と意見を求めるように見た。ベイタロウは机の上でくるくると回っている。宇宙空間にいるみたいである。
そんな時、父がやって来た。
「海風、おはよう! 元気にしているか!」
そう僕に挨拶したのは父の流湾である。父の流湾は母と同じく変なところもあるが、漫画を描いて僕に見せてくれたり、一緒にどこかへ出かけたりしてくれる優しいお父さんである。
そんな父の流湾はベイタロウを見て言った。
「君がベイタロウくんか! とてもかわいいね! 初めまして、海風のお父さんだよ!」
「べぇ!」
ベイタロウはそんな父を不思議そうに見ながら挨拶をした。
その後、母は秘密道具を取り出すように何かを持って、ベイタロウの前にちらつかせていた。しかし、失敗に終わったのか母は寂しそうに言った。
「ベイタロウ、あまり私とは遊んでくれないのね・・。」
そんなことをいう母の方を見た。すると、母はねこじゃらしをベイタロウの前でちらつかせていた。ベイタロウは猫じゃないのに。ベイタロウは無論、ただ見ているだけだった。
「いや、母さん! ベイタロウは猫じゃないの! ねこじゃらしでは遊ばないよ!」
呆れたようにそう言われた母は、少し悲しそうに言った。
「そうなの・・。せっかく、ベイタロウくんが喜ぶと思って買ってきたのに・・。」
「ベぇ!」
すると、ベイタロウは空気を読んだのか(人工知能なのに)、ねこじゃらしにじゃれ始めた。仕方がないという感じである。ベイタロウはあたかも楽しそうにねこじゃらしにじゃれていた。それを見た母は、やっと雨雲が去って青空になったというような渾身の笑顔になって言った。
「ベイタロウくん、楽しんでいるよ! やっぱり、どの動物も猫じゃらしが好きなのよ! ほら、こんなに楽しそう! ベイタロウくん、こっちだよ~! 捕まえさせてあげない~。あ~、獲られちゃった。もう、ベイタロウくん、そんな変な顔をして~。 楽しいのね!」
楽しんでいるのは、明らかに母の方である。母は子どものようにはしゃいでいる。そんな母をベイタロウが楽しませているという感じである。一応、ベイタロウも楽しそうである。呑気に鼻歌を歌っている。
「べぇ~! ベぇ~! ヴェ~!」
下手である。
今度は、父がやって来て、ベイタロウに向かって言った。
「ベイくん、これはできるかな? ベイくん、お手!」
変なことをさせる父にさすがに僕は呆れて言った。
「ベイタロウは犬でもない!! ジンベエザメ!!」
ベイタロウは父の合図に応えるように胸びれを父の方に出した。父は大喜びである。
「賢いね~。本当、いい子だ!」
父はベイタロウを抱きかかえて撫でていた。ベイタロウは「べぇ! べぇ!」と甘えた感じを出していた。本当に賢いのか、何でもしてくれる。
僕は楽しそうな両親を見て、父と母とベイタロウの3ショット写真を撮ってあげることにした。
「はい、チーズ!」
昔ながらの合図とともにシャッターを切った。今回はうまく撮れたみたいである。すぐに母の黄色いスマートフォンに転送した。すると、母は不満そうに僕に言った。
「この写真、ちょっと、海風の指が写っているよ~。」
僕はそう言われて、確認してみた。確かにそういわれてみれば少し写っている。しかし、あえてもう一度、撮り直すことはやめておいた。この自然で素敵な母と父とベイタロウの笑顔はもう撮れないと思ったからだ。
母は、帰る直前に思い出したように言った。
「海風、仕事はうまくやっている? ちゃんとご飯は食べている? ベイタロウくんに寂しい想いさせてない? 海風は寂しくない?」
僕は母にそう言われてコンマ数秒間、表情をなくして、その後に笑顔で答えた。
「大丈夫だよ! ベイタロウと楽しくやっているよ!」
そう答えた僕に母は言った。
「それなら、いいんだけど。あまり無理しないでね。海風には頑張りすぎるところがあるんだから。無理せずに頑張ってね。」
そう言い残して、母と父は「また海風とベイタロウに会いに来るよ! じゃ~ね!」と言って帰っていった。
僕は少し静かになった部屋で思った。
「こんなに思ってくれる両親に感謝だな~。」
(つづく)
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