ベイタロウとかくれんぼ
「疲れた~!」
僕は仕事が終わり、家に着いた。いつもの一人のアパートである。特に家に帰って料理をするわけでもないので、インスタント食品ばかりの日々である。
近頃はスマートフォンのアプリで日々の献立を決めて、その冷凍食品を受け取るサービスを使っている。冷凍食品といっても最近の冷凍食品はAIで解析されたデータに基づいて味付けがされ、栄養素も必要な分だけ加えられている。形はフードプリンターでつくられており、味も栄養も見た目も悪くないみたいである。だが、あまりに加工、調整されすぎて、何を食べているのか分からず不安になる。それでも便利で安価なのでそればかり食べている。
僕は家の中に入った。
静かな部屋の中、いつものようにバッグを置く。上着を脱ぐ。シャワーでも浴びようかなと思ったとき、気がついた。
ベイタロウがいない。
たしか、家を出る時に簡易なゲージに入れて「行ってくるね!」と言ったが、そのゲージを脱走したのかいない。この狭い部屋であの大きさのベイタロウを見失うことはないと思うのにいない。とりあえず、部屋中を見渡した。家電や家具がある。
最近の家電はコンセントやプラグを必要としないものが多い。ワイヤレス給電と呼ばれるエネルギーを無線で飛ばす技術である。スマートフォンも充電エリアにおいておけば勝手に充電されるし、他の家電もそのような形になってきている。将来、コンセントやプラグはなくなるかもしれない。しかし、エネルギーを無線で飛ばすことは健康への被害が出るとして、問題も多い。この空間の中でも目に見えない電波やエネルギーが飛び交っていると考えると、ちょっと怖くもなる。それ以上に今は目に見えていなくてはならないベイタロウが目に映らなくて怖い。
僕はベッドに注目した。明らかに膨らんでいる。そして、少し動いている。ちょっと怖いが、きっとそこにいる。勇気を出して、
「ベイタロウ!」
掛け布団をさっと引き上げた。
するとそこには気持ちよさそうに眠るベイタロウがいた。僕の布団ですやすや寝ている。僕は安心と驚きと呆れと可愛さで息をもらした。
「なんで、僕の布団で寝ているんだよ~。ベイタロウ用の毛布も用意したのに~。 仕事から帰って来て、ベイタロウがいないと思ったら、布団の中。もう~。かくれんぼなんかしないよ。」
しかし、あまりにもかわいかったので、寝顔を写真で撮ることにした。僕はスマートフォンを取り出して、写真を撮影し、寝ているベイタロウはそのままにしておいた。僕は撮った寝顔の写真を見た。この高性能な写真が撮れる時代、きっと、微笑ましい素敵な写真が撮れているはずである。
しかし、全然、微笑ましくなかった。その写真は手振れしてピントがあっておらず、ベイタロウの顔がぐにゃりと曲がった写真だった。ベイタロウの寝顔、無残に恐怖画像である。ベイタロウに見られたら怒られそうである。すぐに写真のファイルをごみ箱に移した。しかし、あえてもう一度、写真を撮ることはしなかった。気持ちよさそうなベイタロウを静かに寝かしておいてあげようと思ったからである。
だが、もう一度、布団の方を見るとベイタロウは起きていた。
「べぇ~!」とおっさんみたいなあくびをしている。
僕はベイタロウを抱っこして言った。
「晩ご飯にするか!」
「べぇ!」
ベイタロウは返事をした。
ベイタロウはどの程度のことまで理解をしているのか、ふいに気になる。結構、理解しているのだろうか? 僕が飼い主で自分がベイタロウってことは理解しているとは思うが。
僕は人工知能ペット専用ビスケットを持ってきた。ベイタロウは喜んで、一層、笑顔になる。
そして、ビスケットを食べる。
おいしそうに歯のない口で食べる。
本来のジンベエザメと違って、むしゃむしゃと食べる。
かわいい。
食べることによって、エネルギーを生み出し、そのエネルギーで生きていく。だからほぼ動物と同じである。人工知能ペットの中には、電気を必要とする充電式のものもあるが、最新の人工知能ペットはエサを食べる。だから、えさ代はかかるが、それくらいのお金はなんとかする。
僕は自分が食べるハンバーグ定食を持ってきた。
「さぁ~。食べよう! いただきます!」
「べぇ!」
僕とベイタロウはそれぞれのものを食べた。なんだか、嬉しかった。ベイタロウと一緒にご飯を食べれば、一人で食べている時よりもいつもの冷凍食品がおいしく感じた。これから、ベイタロウと生活するんだと改めて思うと、少し嬉しく感じた。
食後、僕はベイタロウをお風呂に入れることにした。シャワーで優しくベイタロウの体を流し、人工知能ペット専用のシャンプーで全身を洗った。気持ちよさそうである。
「ベイタロウ、気持ちがいい?」
「べぇ!」
なんだか美容師になった気分がした。
次にぬるま湯をはった湯船で泳がせてあげることにした。ベイタロウは自ら湯船に入って泳ぎ出した。さすが魚である。自ら泳ぐ。しかし、泳ぎ方が変である。全然、魚ではない。ジンベエザメなのに胸びれを手のように動かして、まるで平泳ぎのようである。アメンボのようにすいすいと泳いでいた。
「なんだ? その泳ぎ方。」
「べぇ~ べぇ~」
ベイタロウは泳ぎ方に関係なく気持ちよさそうに泳いでいた。それを見ていると僕もプールで泳ぎたい気分になってしまった。いつか、一緒に泳ぎたいなぁ。
その後、お風呂のプールからあがったベイタロウは犬のように体をブルブルさせていた。水が跳ねる。僕に水がかかる。「ちょっと!」とつぶやきながらベイタロウをタオルで優しく包み込んだ。まるで生まれたての赤ちゃんのようになった。ベイタロウは目をぱちくりさせていた。
「ベイタロウ、気持ちよかった?」
「ベぇ!」
なんだか、気持ちよさそうなベイタロウを見ていると、僕まで嬉しくなった。
そんなベイタロウと動画サイトのゲーム実況動画をみたあと、眠りつくことにした。ベイタロウはちゃんと自分の布団で寝ていた。良かった。
僕はベイタロウの寝顔を見た後、「明日も頑張ろう!」と眠りについた。
(つづく)
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