ベイタロウとの出会い
僕は海を眺めている。何度も寄せては返す波。
その揺れる海面の上に空の彼方から伸びる光。
今、ちょうどその光が僕のところへ。
僕は暖かな光に包まれた。
「なんて、海は美しいのだろう。」
さっと心地良い風が吹いてくる。まるで、いつかの想いが流れて、この大きな海を漂い、それがもう一度、風にのって戻って来たような懐かしさ。そう、まさにそんな美しい風を表現したのかもしれない名前。
僕の名前は「海風」と書いて、「かいふう」である。
僕の名前は海風。現在、20代の会社員。ちょっと頑張りすぎるところがあって疲れ気味。趣味は特にないが、音楽を聴くのが好きである。現在、お付き合いしている人はいない。一人暮らしの生活である。特に面白いこともなくて、いつか運命の出会いが来ると、ドラマティックなことを考えている。
運命待ちの僕は、今日、一人で海に来ている。海が好きである。海を見ると小さくまとめていた心の中の感情が海の美しさと広さに開放された気分になる。それに今日の天気は晴々としている。青い空と青い海で視界はほぼ青である。心の中の青さも溶け込んでいく感じだ。
僕は青いバッグの中の青いスマートフォンを取り出した。この青い世界を写真に写そうと思ったのだ。今だ! と思う瞬間にシャッターを切った。美しい青い世界の写真が撮れた。
・・はずである。今の時代のスマートフォンは大概、綺麗にうつる。むしろ、現実よりも綺麗な場合もある。立体的にとることも可能で、VRゴーグルをつければ、その場にいるみたいな臨場感が楽しめる。そんな時代である。そのため、美しい写真が撮れるのはほぼ確実なことである。そのはずなのに、僕がさっき撮った写真を見返してみるとそうではなかった。美しくない。どんなカメラで撮った写真よりも酷く感じる。何を撮りたかったのかが分からない。全く臨場感も躍動感もない。誰に見せても低評価、間違いなし。そんな写真が撮れてしまった。それを見て、実際の海を見る。美しい。もう一度、画面を見る。美しくない。なぜだろう・・。しかし、あえてもう一度、写真を撮ることはやめておいた。なぜなら、もう心の中にこの景色が美しく残ったからである。写真には写せない景色もあると思う。そのため、それでいいと思うようにした。
僕はこんなに広い海を前にして、小さな画面と睨めっこしていた。すると、何かに気付いたように新着のメッセージを受信した。そのメッセージはベイタウンモールというショッピングセンターからの連絡だった。この前、参加した『ハッピーショッピング運試しくじ』というくじの当選発表である。お店で5,000円以上買い物したら参加できたくじだ。僕は危険なメッセージでないことを確認し、特にいいものも当たっていないだろうと当選結果をみてみた。
「ここをタップ」
画面をタップした。
おめでとう!
特賞! 『最新、人工知能ペット』!!
「・・・。えっ!!」
僕は『特賞』という文字を見てびっくりした。いきなり、とんでもないものが当たってしまった気がする。
「最新、人工知能ペット?」
最新の人工知能ペットと言えば、最近、話題のものである。最先端のAIを搭載した意思を持ったぬいぐるみ型のロボットで、まるで生きているぬいぐるみである。その種類は多く、猫型、犬型、ウサギ型、キツネ型、ヒヨコ型、ペンギン型など数多くいる。最新技術で生まれたものであり、価格は高い。特に、最新のぬいぐるみ型ロボットはとてつもない価格であり、普通の人が買えるようなものではない。まして、僕が買えるようなものではない。それが当選したのかもしれない。
僕は今回当選した人工知能ペットの情報をみた。『古いものから最新のものまでお好きな一体と引き換えが可能』と書いてある。動物の種類はペットショップに行って決めるみたいである。あと、指定のペットショップの一覧が載っていた。なんだかわくわくする。僕はかねてからペットが飼ってみたかったのでちょうど良いと思った。それに人工知能ペットは、今住んでいるアパートでも飼育が禁止されていない。これはとてもラッキーかもしれない。僕は後日、ペットショップに行って聞いてみることにした。僕もまだ運があるな! そして、スマートフォンの画面を閉じて、画面に注視していた眼を広大な海に移した。しばらく海風に吹かれていた。
数日後―
ペットショップに来た。あまり来ることがないので新鮮である。カラフルなポップで飾られている。今の時代のペットショップは猫や犬などの動物に値段をつけて販売することが禁止されているため、店に並んでいるのはペット用品と人工知能ペットのぬいぐるみ型ロボットである。
僕はぬいぐるみ型ロボットの子を見てまわった。人気のペンギン型ロボットは1メートルくらいの大きさで、歩き方がとてもかわいい。ペンギンの種類によっては毛並みもフワフワしている。飼うならペンギン型にしようと思った。しかし、さらに見てまわると他の動物もかわいかった。トラ型なんて現実のトラよりも小さくてかわいい。海の生物もいて、どれもぬいぐるみ化されたファンタジーな動物になっている。ポップでキュートな世界である。
僕は店員さんに声をかけた。
「すみません。」
店員さんは笑顔でやって来た。
「いらっしゃいませ! そのペンギンちゃんかわいいですよね~。」
「・・・ですね~。あの~。お聞きしたいのですが・・」
僕は恐る恐るスマートフォンを開いて、当選くじ引き換え画面を提示しながら言った。
「これは使えますか?」
店員さんはその画面をよく見て、いっそう笑顔になって言った。
「当選、おめでとうございます! 使えますよ! 幸運の持ち主なんですね! 新しい家族が増えますね! ぜひ、いろんな子をみていって、お決めになってくださいね!
・・・ そうだ! 先日、新しく生まれて、この店に新入りしてくれた子がいるんですよ! ぜひ、その子を抱っこしてあげてください!」
そう言って、笑顔の店員さんはバックヤードに小走りで入っていった。僕は当選が間違いでないことを知り、本当にこれからペットを飼うんだと改めて感じた。あの店員さんはどんな子をつれてくるのだろう?
そして、数十秒後―
店員さんは地上の動物でないようなぬいぐるみ型ロボットを抱えてやって来た。なんだろう?
「この子が先日やって来た新入りのジンベエザメちゃんです! 本物のジンベエザメに比べてとても小さくて丸くてかわいいですよ~! この子も地上で猫のように飼うことができます! ぜひ、抱っこしてあげてください!」
僕は笑顔の店員さんに言われるがまま、そのジンベエザメの子を抱えた。人間の赤ちゃんを抱っこするみたいである。初めて、人工知能ペットを抱っこする僕は心の中で思った。
「とてもすごい! この子は確かに呼吸をしている。手に持った感覚はぬいぐるみに近いが重さと生きているという感覚が明らかに違う。これをジンベエザメだというには無理があるが、ジンベエザメ型のロボットという一つの新しい動物である。サイズは人間の赤ちゃんサイズで、瞬きをする。口をパクパクさせる。えらやひれを動かしている。僕を見つめている。なんて、かわいいんだろう。」
いつの間にか、頭を撫でていた。なんだか癒される。
その後、僕はそのペットショップにいた子をたくさん見た。しかし、やっぱり最初に抱っこしたジンベエザメの子がお気に入りである。まだ他の店も見ていない。ここだけで決めてしまうのは良くないかもしれないが、どうしてもあのジンベエザメの子を家に連れて帰りたくなった。なんだか、運命を感じたのだ。僕は少し悩んで決めた。
「すみません、さっきのジンベエザメの子を飼いたいです。」
その突然の言葉に店員さんは一度瞬きをして、笑顔で答えた。
「あのジンベエザメちゃんですね! ありがとうございます! とてもなついていましたから相性がいいのだと思いますよ! また連れてきますので抱っこしてあげてください!」
僕はまたジンベエザメの子と会えるのを楽しみに待った。
数分後、店員さんはジンベエザメの子を抱えてやって来た。相変わらずかわいいジンベエザメの子である。店員さんは言った。
「抱っこしてあげて、本当に家族にするか決めてあげてくださいね。少しでも、不安なことがありましたら、決断は後日でも構いませんので、よく考えてお決めになってくださいね! 大切な家族が増える大事なことですからね。」
店員さんにそう言われたが、僕の心の中ではもう決まっていた。この子を家族にすると。
そのため、僕は言った。
「この子をください!」
店員さんはその言葉をきいて僕を見て嬉しそうに返した。
「はい! ありがとうございます! ジンベエザメちゃんですね! 良かったね~! ジンベエザメちゃん! 明日から優しいご主人様の家族だね! 良かった!」
店員さんは自分の子どものことのように喜んでいた。
そのあと、店員さんからまじめな説明を受けた。人工知能ペットは動物と同じで命があること。鳴き声は「ベぇ~」であること。餌は人工知能ペット用のビスケットやそれに近いものであること。食べさせてはいけないものがあること。しつけの方法。病気になった時、この店に連れてくること。(故障とはいわない。)寿命があること。家族として、たくさん愛情を注いであげることである。
そして、店員さんは言った。
「名前を付けてあげてくださいね!」
僕は名前をつけるという重役を担うことになって考えた。
「ジンベエザメ・・。ジンベイザメ・・。ジンベイ・・。タロウ・・。ベイタロウ!」
僕は店員さんに言った。
「名前はベイタロウです!」
笑顔の店員さんは「変なネーミングセンスですね。」とも言わず、嬉しそうに言った。
「名前をもらえて良かったね!」
僕は早速、ジンベエザメの子に名前を告げた。
「ベイタロウ。今日から名前はベイタロウだよ! よろしく! 今日から家族だ!」
僕は新しく家族になるベイタロウを抱きしめた。すると、ベイタロウは笑ったような顔をして目をぱちくりさせていた。なんてかわいいんだろう。これからの日々が楽しみである。
「べぇ~!」
ベイタロウも新しい日々が楽しみなのか鳴いた。
僕は必要事項を入力し、誓約書にサインもした。これで完了である。
ここからベイタロウとの新しい生活が始まる!
(つづく)
読んでくださってありがとうございます!!